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第34話 『アンチェインド 下』

「…………」


 ステラは何食わぬ顔でしばらく商業区の表通りを歩き、頃合いをみて裏路地に入り込んだ。


 少ししてから、数人の人影が同じく路地裏に入ってくるのが見えた。


「…………あなたたちでしたか」


 ステラが吐き捨てる。


 先ほどまでのニコニコ顔はどこにもない。


 あるのは、底冷えのする金色の視線だけだった。


 ステラを追ってきたのは、ガラの悪い冒険者たちだ。


 みなタトゥーを腕や首に入れており、顔はニヤついているが目つきは鋭い。


 街中だからか目に見える武器は持っていないものの、暴力の臭いを濃密に漂わせているのがステラには分かった。


「おっと、もしかして気づかれてたか?」


 そのうちの一人がおどけたように肩を竦めて見せる。


「このガキ、獣人だからな。鼻が利くんだろ」


「おいコラガキ! いっちょ前に俺らを()けるとでも思ったか?」


 冒険者たちが口々に勝手なことをさえずっている。


「つーかよ。お前、生きてたんなら連絡してこいよ。俺らはお前のご主人様だったよなぁ?」


「だよなぁ。どこをチョロチョロしてたんだよお前。おかげで別の荷物持ちを雇うハメになったんだぞ? その分の埋め合わせは、もちろんテメーが払うんだよなぁ?」


 言っていることは完全にメチャクチャだ。


 だがステラは、それを黙って聞いていた。


 というか、彼らとおしゃべりをする口を持ち合わせていなかった。


「…………」


「おい何とか言えよガキ! 黙ってりゃ許してもらえると思ってんのか!」


「なんだぁ? もしかしてブルッてんのかぁ? そりゃ怖えーよなぁ、奴隷紋の拘束術式は痛てーらしいからなぁ」


「つーか、実はもう発動してんだよな」


 ヘラヘラ笑いながら、冒険者の一人が短い棒のようなものを取り出した。


 棒の先端には、怪しく紫の光を放つ石がはめ込まれている。


「まあ、何度も試したから知ってんだろ? どんなに頑張っても動けねえよ。テメーの奴隷紋は、魔族が刻んだ特別製だからな」


「ギャハハ! 痛いなら、痛いって言ってみろよ!」


 ステラは喋らない。


 喋る価値がない。


 最初は、気のいい冒険者だと思った。


 まだ子供の自分を、奴隷としてだが買い付けてくれたのだから。


 それに連中が身体に入れているタトゥー。


 それを刻むことは、獣人にとって一人前の戦士の証だった。


 ステラは戦士になる前に魔族につかまってしまったから、まだ入れられていないが……いずれはかっこいいものを入れてもらうつもりだ。


 だから、奴隷商の元に来た彼らは、自分を救いに来た同志だと思った。


 だというのに。


 こいつらは自分に遊び半分に奴隷紋による拘束魔術を掛けただけに飽き足らず、多少手ごわいアンデッドに出くわしただけで、情けない逃げっぷりを晒した。


 こいつらは戦士ではない。


「つーかよ、何だその腕。義手か? 高く売れそうだな」


 冒険者のうちの一人が、ステラの左腕に手を伸ばした。


「さわるなッ!! です!」


 バチンッ!


 ステラはその手を右手で振り払う。


 こんな連中の薄汚い手で、ブラッドどのとカミラどのが造ってくれた義手に触れられたくなかった。


 この義手は……ステラにとって初めての、人との絆なのだ。


 それを汚されるわけにはいかない。


 絶対に、絶対に。


「ぐわっ!? い、痛てぇぇっ!? 俺の腕が、腕があああぁぁ!」


 手を伸ばしてきた冒険者が、自分の腕を押さえて転げまわっている。


 見れば、腕がひしゃげているようだった。


 ……弱いし、脆すぎる。


 こちらの攻撃とも言えない攻撃に反応すらできていないし、攻撃を受けた後に力を逃すという、基本的な回避動作すらできていない。


 ちょっと強いアンデッドが襲ってきたから自分を囮にして逃げるような連中だ、強いとは思っていなかったが……


 わたしは、こんな弱者に従わされていたのか。


 あまりの失望感に脱力しそうになる。


「コイツ奴隷紋が効いてないぞ! どうなってんだ!」


「いや、わかんねーって! 故障か?」


「奴隷紋がなかろうが、ただのガキだ! 全員で抑え込んじまえばこっちのもんだろ! やっちまえ!」


 ステラの両親は傭兵だ。


 パパもママも、とても強かった。


 ステラ自身だって、魔族につかまり奴隷として売られるまでは、一人前の戦士だった。


 縦横無尽に戦場を駆け巡り、魔族の操るオーガやワイバーンを何体も仕留めたものだ。


 それに比べれば……目の前の冒険者など、生まれたての子犬だ。


 連中の恫喝も、ただ乳を求めてキャンキャン吠えているだけにしか見えない。


「はあ……おまえたちなど、右腕だけでじゅうぶんです」


「なっ……舐めんなよチビガキがッ!」


 ステラの挑発……ではなく事実の提示に、冒険者たちが激高した。


 顔を真っ赤にして襲い掛かってくる冒険者たち。


「はあ……おそいし、よわすぎる、です」



 ステラが冒険者たち全員を地べたに這いつくばらせるのに、大した時間はかからなかった。




 ◇




「ただいまです!」


「あら、お帰りなさい、ステラ。今日は少し遅かったですね」


 カミラ邸に戻ると、マリアが出迎えてくれた。


 マリアは少しだけ顔をしかめると、(たしな)めるように話しかけてくる。


「最近は商業区でもひったくりやけんかが増えているそうですので、もう少し早く帰ってきて頂けると、私も安心できるのですが」


「もうしわけありません……マルクどのにおこづかいをもらったので、買い物をしておりました」


「あらまあ。それでは仕方ありませんね」


 マリアはなんだかんだ言って、ステラに甘かった。


 もちろんステラも、そんな彼女に甘えっきりのつもりはない。


「あの……マリアどの、これをどうぞ!」


 ステラは荷物袋からペンダントを取り出して、マリアに手渡した。


「ありがとうございます、ステラ。それで……これは?」


「マリアどのには、いつもおせわになっております。仕事も、たくさん教わりました。そのお礼をさせていただきたく」


「まあ、ありがとうございます。ぜひ、大事にさせて頂きますね」


 マリアは『おーとまーた』という種族だと、カミラから教わっている。


 獣人のような戦士ではないが、とても仕事が早く、丁寧だ。


 それになにより、いつも自分に優しく接してくれる。

 

 ステラはマリアの微笑みを見るのが好きだった。


「さあ、お昼ご飯はもうできていますよ。ご主人様とブラッド様が返ってくるのは、夕方ごろになるそうです。ですからその分、ステラ様がたくさん食べてくださいね」


「はい、ぜひとも!」


 ステラの穏やかな日常は、始まったばかりだ。

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