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第26話 『ステラvs引ったくり』

「ほわーっ。この辺りは変なお店ばかりですね!」


 ステラが路地の真ん中に立ち、歓声を上げる。


 やってきたのは街の商業区の一角である。


 日課が終わった後。


 俺がこれから街に出かけると言うと、彼女がついていきたいと言い出した。


 特段断る理由もなく、彼女と一緒に街へ繰り出すことにしたのだ。


 大通りから一本裏手に入ったこの路地には、素材屋が立ち並んでいる。


 鋼材専門店、貴金属専門店に魔石専門店。


 木の実専門店ら魔物のツノだけを取り扱った店なんかもある。


 どの店舗も、普通の店に比べてオンボロ……個性的な店構えだ。


 目的は、新居の工房に施す魔術処理用の素材や今まで保管場所が足りずに買えなかった各種基本素材の物色である。


「ステラ、はぐれるなよー」


「分かってるです!」


 言いながらも、ぐいぐいと通りを進んでいくステラ。


 まあ彼女のエキサイトぶりも、分からなくはないが。


 どうやら彼女はここらに来たのは初めてらしく、頭の獣耳がいろんな音や声を聞き漏らすまいとせわしなく動き回り、髪の毛だけでなく尻尾までもがふわふわに膨らんでいる。


 とても可愛らしい様子である。


「まったく……」


 俺も苦笑いしつつ、彼女を見失わないよう進んでゆく。


 しかし、ゴチャゴチャした路地だ。

 

 おそらくここは旧市街区のような場所なのだろう。


 ここがダンジョン都市である以上、素材の流通は街ができた最初期から存在していたはずだ。


 古い町並みも当然、といったところだろうか。


 どの店の前も木製の台が路地にはみ出すように乱雑に置かれている。


 台の上に並べられた籠や木箱に盛られているのは魔術触媒や貴重な素材だ。


 知識のない者が見れば、ガラクタにしか見えないだろうが。


 店の奥は薄暗く、ほとんど見通せない。


 なにやらお香を焚きしめているらしく、甘ったるい香りが漂ってくる。


 実に怪しい雰囲気だ。


 王都にあるスラムの市場を思わせる。


 だがもちろん、売っているのは盗品や怪しい薬物などではないが。


 行き交う人々も、当然スラムの住民ではなく魔術師や武具職人ばかりだ。


「ブラッドどの! このまっ黒でキレイな石はなんという素材なのですか?」


 あちこち興味深げに見て回っていたステラが、近くの店先にある木箱の前で手を振っている。


 近づくと、彼女の小さな手には黒く輝く石が握られていた。


「これはただの黒曜石だな。一度融けた石が固まったものだ。割れた角のところで手を切らないよう気を付けろよ」


「じゃあ、こっちのピンク色の塊はなんですか? 飴みたいで美味しそうですね!」


「それは幻桃蔓(ゲントウカズラ)という植物の花粉を固めたものだな。聖剣錬成というより魔術師向きの素材だ。別の魔力触媒と混ぜて抽出することにより、媚や……精神に作用する薬物になる」


 ……と以前カミラが言っていた。


 お子様の手前、詳しい効果は自主規制だ。


 まあ、俺も実際に使ったこともないし、使っているところを見たこともないからな。


 聞きかじりというやつである。


「はわっ! ここは危険物も売っているのですね……」


「精製には特殊な術式が必要だから、ただ触るだけなら害はないぞ」


「そ、そうなのですか、ほっ……」


 ステラがピンク色の欠片をそっと木箱に戻した。


 しかし、この手の禁制薬物スレスレの素材が堂々と店頭に並んでいるとは……オルディスはなかなか懐の深い街らしい。


 王都ならば見つかったら即押収で店主は牢獄行きだからな。


 そんな感じで、通りの店を順繰りに見ていく。


 よさげな素材、見たことのない素材があれば即買いだ。


 そんな感じで見て回っていくと。


「むう……これまでか」


 小一時間もしないうちに、予算を使い切ってしまった。


 工房開設の資金も貯める必要があるから、あまり無駄遣いはできない。


 至福のお買い物タイム、終了である。


 しかし、さすがはダンジョン都市というだけある。


 王都でも似たような専門店街はあったが、ここはさらに倍くらいの規模がある。


 取り揃えてある素材の種類も多く、品質も悪くない。


 しばらくは、毎日ここに通うことになりそうだ。


「ブラッドどの、次のお店を見てまわりましょう! さあ、早く早く!」


 ステラが俺の手をぐいぐい引っ張ってくる。


 子供は無限の体力があるというが……本当だな。


 しかし、彼女を連れだしたのは正解だったようだ。


 カミラ邸で療養していたときは少なからず塞ぎ込んだ様子だったからな。


「そう急かすなって」


 彼女に引っ張られるままに、いろいろな素材屋を巡っていく。


 まあ、もう予算がないから冷やかしで、だが。


 そういえば、ステラは何の獣人なんだろうか。


 俺の手を引っ張りながら楽しそうに歩く彼女を眺めながら、そんなことをふと思う。


 最初は狼の獣人かと思った。


 だが、それにしては耳が丸い。


 尻尾も、ずっと細くて滑らかな毛が生えている。


 口の中には鋭い犬歯が生えているのは知っているが、それで種族を推し量るのも難しい。


 瞳の感じから、猫に近い肉食獣がルーツなのだろうな、と思う程度だ。


 というか、こういうことは彼女に直接聞けばいいか。


 別に聞いてマズい話題ではないし、今後のことを考えると、彼女がどこの生まれでどの部族出身なのかも聞いておくべきだろう。


 いずれ里帰りすることだってあるだろうからな。


「なあ、ステラ――」


 と、その時だった。


「誰かっ! あの男を捕まえてくださいっ……! 引ったくりですッ!」


 通りの先から女性の叫び声が聞こえた。


「うわっ!?」


「なんだなんだ?」


「ひったくり?」


「おい、ぶつかるなよ!」


「いてっ!? おいテメェコラ、待てや!」


 怒声やら叫び声やらが、徐々にこちらに近づいてくる。


「あれは……」


 人混みの奥に、ちらりと男の姿が見えた。


 痩躯の男だ。何かを小脇に抱えている。


 そいつは通行人を押しのけ、ときには体当たりしながら、こちらに向かってきているようだった。


「ステラ!」


「はいです!」


 ステラを抱き寄せる。


 いくら元気だといっても、昨日義手を取り付けたばかりの病み上がりだ。


 引ったくりとぶつかってケガをしないとも限らない。


 だが彼女の瞳には、どういうわけか決意の色が満ちていた。


「ブラッドどの、あの賊を捕らえればいいんですね!?」


「……は?」


 一瞬何を言っているのか分からず、聞き返す。


「だいじょうぶです。義手どのが(・・・・・)わたしの力を(・・・・・・)引き出す(・・・・)と、そう言っています」


 彼女が俺の腕からするりと抜け出た。


 次の瞬間。


「おい、ステラ――」


 ステラの姿が消えた。


 砂埃だけがあとに残る。

 

 いや、ちがう。


 右斜め上だ。


 ――いた。


 彼女はすぐ近くの店の壁に取り付いていた。


 建物の二階、その窓の小さなでっぱりに義手で器用にぶら下がりながら、通りの先を睨みつけている。


「いた……ですッ!」


 ステラが小さく叫んだ。


 バッ、と土埃が舞う。


 猫のような跳躍。


 通りの上空を放物線を描きながら飛んでゆき――人混みの真ん中に着地。


 それと同時に、「ぐえっ!?」とカエルがつぶれたような声がした。


「ステラ!」


 人混みをかき分け、慌てて近寄る。


「ふうー……犯人確保、です」


 彼女の着地点に駆けつけてみれば、すでに犯人は取り押さえられていた。


 というか、白目を剥いて完全に昏倒している。


 さすがに十歳程度の女の子でも、数メートル上空からのボディプレスは相当な威力になるだろう。


 一応、犯人の息はあるようだ。ホッと息を吐く。


「ステラ、けがはないか?」


「す、すいません。目の前で獲物が走っていると、つい興奮してしまう性格で」


「まあ、お前が無事ならばそれでいいが」


「……! はい、です!」


「とりあえず、コイツを衛兵に引き渡そう。……ステラ、よくやったな。お手柄だ」


 やれやれ、とんだ騒動に巻き込まれたものだ。


 そういえば、彼女を見つけたダンジョンでも、魔物の襲撃から仲間を守ろうとしていた形跡があったからな。


 生来、正義感が強い子なのだろう。


 もっともその仲間は彼女を捨て駒とみなしていたようだが……


 それはさておき。


 実は俺、ちょっと引いている。


 この義手、チート過ぎるだろ。


 いや、俺も設計図を見ているし、組み込みもやった。


 だが人造精霊に関する機能については、全容はつかめていない。


 ただ、意思通りに動く義手ってだけじゃないことは知っていたが……


 ともあれ、これでステラが以前のように危険な目に遭うことが劇的に減ったことは分かった。


 ……彼女が好んで鉄火場に頭を突っ込む性格でないことを切に祈る。


 その後、俺たちは引ったくり犯を衛兵に引き渡し、被害者の魔術師からたいそう感謝をされることになった。

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