第210話 王都冒険者ギルド
翌日。
俺とカミラは、セパとレインを連れて王都の中心部へとやってきていた。
目的は冒険者ギルドの王都本部だ。
「ずいぶんと綺麗になったものだねえ」
新市街の大通りからギルド本部を見上げ、カミラが感心したようにため息をついた。
そう言うのも当然だった。
彼女が知る王都本部は、移転前のもののはずだからな。
王都本部は俺がオルディスに移住する前に旧市街から新市街へと移っていたが、移転前の建物はかなりボロかったからな。
『ご主人、ここが王都の冒険者ギルドなんですか? オルディスよりも随分と小ぢんまりとしていますねえ』
『もしかして、お金がないとか?』
セパとレインは口々にそう言うが、王都の、それも新市街の一等地にある建物としてはかなり立派なものだ。
高さは三階まであり、幅も他の建物の倍くらいはある。
そもそもの話、オルディスの冒険者ギルドが大きすぎるのだ。
あそこはダンジョン都市と呼ばれるくらいには、冒険者が多いからな。
単純に、ガワが大きくなければ冒険者たちを収容しきれないのだ。
「とりあえず中に入ろう。呪詛持ちともなれば上位個体を狙うのが一番だ。なるべく難易度が高い依頼を探すぞ」
扉の前まで来ると、扉がひとりでに開いた。
魔導式の自動扉らしい。
『おー! 見てくださいご主人! 扉がひとりでに開きましたよ! さすがは王都ですね!』
『もしかして、あーしらと同じ人造精霊が中に入ってるのかな?』
『おそらくそうですね! だとすれば、同じ人造精霊である私たちを歓迎してくれているのかもしれません』
『へー! 扉の精霊さん、今度は閉じてみて! あっ、閉じた!』
セパとレインは魔導式自動扉に大興奮だ。
二人で扉の前に立ったり離れたりして、扉が反応するのを楽しんでいる。
とても微笑ましい光景だった。
だが……悲しいかな、この手の魔道具はオルディスにも存在する。
例えば商工ギルドの扉とか。
確かにまだ普及しているとはいいがたいが、王国内の主要な都市ならばそこまで珍しいものでもないはずだ。
まあ、二人の夢を壊すのは悪いので黙っておくが。
ちなみにカミラは二人の奇行を眺めながら、俯いたり頬を引きつらせていた。
ドン引きしたり怒っている訳ではない。あれは笑いを堪えている顔だ。
一方、俺は二人のトンチキな行動を取るのが日常なので笑わなかった。
慣れとは恐ろしいものである。
「おい、そろそろ入るぞー」
『ふう……少々興奮しすぎてしまいました。承知しました、ご主人』
『りょーかい、マスター』
さすがに他人の目が気になったのか、俺が注意をすると二人とも大人しくなった。
……と思ったのだが、どうやらセパは違ったようだ。
『ではご主人。ここは私めが扉を開いてみせましょう! ……さあ扉の精霊よ、私の願いを聞き届け扉を開――へぶしっ』
何やら畏まったようなドヤったような表情のあと、彼女が勢いよく扉へと突撃してゆき――べしゃっ、と音がした。
扉は開かなかった。
どうやら扉が反応していたのはレインのみで、セパのサイズでは扉は反応しないらしい。
それを見て堪えきれなくなったのか、カミラが盛大に吹き出した。
◇
王都冒険者ギルドの内部は、思ったより広々としていた。
一階部分はバックヤード部分を除き壁は全て取り払われており、ホール状のフロアのあちこちに冒険者たちがたむろしている。
一番奥まった場所に依頼受付カウンター。その裏で職員が待機しているのは、どのギルドも同じ仕様だ。
依頼掲示板はかなり広く、左の壁面のほとんど全部を使っている。
もっとも依頼書の数はそう多くなかった。
だいたい、50枚から60枚といった程度だろうか。
訪れた時間が遅めだったのと、そもそも広々とした掲示板のせいもあるだろうが、オルディスのものより少なめな印象を受ける。
「難易度の高いのは、奥側のようだね」
カミラの指さすとおり、向かって奥の掲示板の辺りは人が少ない。
そして依頼を物色している連中の装備も良いものばかりだった。
『うう……ひどい目に遭いました……あれには知性というものは存在しません。ただの魔道具です。信じていたのに……』
『あーしは最初からただの魔道具だと思ってたよ?』
自動扉に裏切られた(?)のがよほどショックだったらしく、セパがべそべそ泣き言を言っている。
人造精霊の感覚を人族の俺が完全に理解することはできないかもしれないが、聖剣と自動扉を同じカテゴリーに入れるのはどうかと思う。
あとレインはセパと一緒にはしゃいでただろ。
「お! カミラ、これなんかどうだ」
「どれどれ」
掲示板を物色していたら、良さげな依頼を見つけたのでカミラを呼ぶ。
依頼主は王都冒険者ギルド自身。
場所は『第十三街区地下墳墓遺跡』。
旧市街の外れにある地下墳墓遺跡の、さらに深い場所にあるダンジョンだ。
郊外まで出かける必要がないのはありがたい。
依頼内容は、アンデッドの駆除。
上位個体、複数体あり。
必ず呪詛対策をして臨むべし、と注意書きもある。
特に最近は魔剣装備の強力なアンデッドが出没して、初級冒険者立ち入り禁止に指定されているようだ。
報酬は……金貨が五枚。
金額自体は悪くないが、アンデッドは基本的に素材を落とさないから割に合う依頼ではない。
しかしながら、俺たちが探し求めているタイプの依頼だった。
「幸先がいいね。アンデッドの上位個体なら、『腐れの呪詛』を持つモノが多い」
当面の目的は、呪詛の逆位相実験のため、なるべく多くの呪詛を集めることだ。
もちろん『怪力の呪詛』が望ましいが、『腐れの呪詛』でも実験材料としては事足りる。
「とりあえず、これを受けてみるか」
他にこれといった依頼もなかったので、依頼書を掲示板から剥ぎ取った。
と、そのとき。
「おいおい兄ちゃんたち、そいつはやめといた方がいいぜ」
横から声が掛けられた。
見れば、俺と同年代……二十代半ばくらいの男がこっちを見ていた。
観た感じ、剣士だろうか。
精悍な顔つきの、赤髪の男だ。
その後ろに、弓兵らしい優男と魔術師らしき女性が控えている。
「あんたら、見ない顔だな。他所の支部の増援組か?」
そう言いながら赤髪の男が近づいてくると、掲示板を指さした。
「とにかく、そこらに貼ってあるのは全部『カス依頼』だぜ」
ちょうど俺が剥がした依頼書が貼ってあった箇所だ。
どうやらアンデッドまみれの依頼は王都でもカス扱いらしい。
「おっと悪い、自己紹介がまだだったな。俺はリックだ。こっちがジェイド、隣がウルスラ。パーティー名は『血の嵐』。等級は全員Bだ。王都は長いから、依頼の質はそこそこ分かってるつもりだぜ」
赤髪の男――リックはそう言って、ニカッと笑ってみせた。
どうやら俺たちが王都初心者だと思って、わざわざ注意をしに来てくれたらしい。
パーティー名はともかく、彼自身は見た目通りのナイスガイだった。
となれば、俺たちも無愛想にしている訳にも行くまい。
「忠告、助かる。俺はブラッド。こっちはカミラだ。後ろにいるのは……レインとセパだ。パーティー名は特に設定してない」
「即席ってことか? まあ、よろしくな」
リックは言ってから、セパに視線を向けた。
「それにしても、妖精系の使い魔を連れてる冒険者は珍しいな」
「ぴょっ!?」
セパは意外と人見知りだ。
リックの視線に怯えたのか、俺の影に隠れてしまった。
「すまん、コイツは人見知りでな。気を悪くしないでくれ」
「いいってことよ。それより……あんたがこの子の主ってことなら、魔物使いってことだよな? ……いや、違うな。魔物使いが、そんな立派な剣を腰に帯びているのはおかしい」
「おいリック、初対面だろ。詮索は失礼にあたるぞ」
なにやら俺の素性を探り出したリックの肩を、弓兵の兄ちゃん――たしかジェイドと言ったか――が掴む。
ついでに魔術師のお姉さん――ウルスラだったと思う――が、無言のまま、手に持った魔術杖でゴツンとリックの頭を小突いた。
「痛てっ!?」
「すいません、うちのリックがとんだご迷惑を」
彼女はしずしずと俺たちの前に出てくると深々とお辞儀をした。
三人がどんな関係性か分からないが、幼馴染のような仲の良さだ。
きっと、俺の推測はそう外れてはいないだろう。
「別に気にしてないさ。それより、さっき『他所の支部の増援組』がどうとか言っていたな? 王都で何かあったのか?」
俺が気になったのはそこだ。
冒険者ギルドが他の支部から増援を要請する事態というのはそうそうない。
あるとすれば、やたら強力な魔物が近くに出現したとか、隣国で戦争が起きそうだから国境を守備するための人員をかき集める時とかだ。
どのみち後者は先に傭兵などに声が掛かるだろうし、少々妙な状況である。
俺としては、依頼の妨げになるかどうか気になるところだ。
「ありゃ、もしかして普通に依頼を見に来ただけか? まあいいか。これだ」
言って、リックは掲示板の依頼を剥ぎ取ってきて、俺たちに見せてきた。
「実は今、王都やその周辺の街で、魔剣で武装した犯罪組織が暗躍していてな。そいつらの討伐のために腕の立つ冒険者を周囲の支部からかき集めているんだよ。俺たちもこれから討伐隊に参加する予定なんだ」
「そうだったのか」
なんか、聞き覚えのある状況だな……
そういえばアリスが以前、王都で魔剣持ち共が暗躍しているとか言っていたような。
一度、掃討作戦を実施したと言っていた気がするが、まだ撲滅には至っていないようだ。
ちなみにリックの持った依頼書には、ゴロツキみたいな奴が賞金首として挙げられていた。
正直、魔剣狩りはオルディスでうんざりするほどやったが……
魔剣はたいてい呪詛持ちだ。
今の状況ならば好都合かもしれないな。
「情報提供助かった。いずれ俺たちも参戦するかもしれない。その時はよろしく頼むよ」
「もちろんだ。……で、そのカス依頼は本当に受けるのか?」
「当然だろ。このためにギルドまで来たんだからな」
「そ、そうか……まあ、好き好きだからな」
リックの俺を見る目が変人を見るそれになった。
ちなみに受付のギルド職員に依頼書を持っていったら、そいつにも変人を見る目で見られた。
リックはともかくとして、掲示板に張り出しておいてその態度はどうなんだ。




