第164話 『死者の聖剣 上』
工房の中央に置かれた作業台を覆うように、革製の魔法陣が敷かれている。
魔法陣は直径約1メートル、積層式。
大規模かつ多重構造の術式だったため、三日ほどかけて俺とリリア嬢で描き上げた。
魔法陣はすでに待機状態にあり、複雑な紋様が淡い光を帯び浮かび上がっている。
何百回と見た光景だが、何度見ても美しいと思う気持ちに変わりはない。
「魔法陣、よし。気温、湿度……よし。光量は……ブラッド、工房の魔導灯を、もう少し暗くしてもらってもいいかしら?」
「了解。これくらいでいいか?」
「ありがとう。完璧だわ」
真剣な顔つきのリリア嬢が、メモや自分で準備した魔道具の数値などを見ながら、あらゆるモノや条件などを指さし確認している。
どんなに腕の確かな聖剣錬成師でも、普段どんなにミスのない仕事ぶりでも、体調や場所や状況によっては万が一の事態が生じうる。
ゆえにこの確認作業は非常に重要だ。
確かにある程度腕に自信が出てくると、省略しても『通常は』問題ない工程を省略したり適当に済ませてしまいがちだが……
本当の意味で『万が一』のリスクを理解している聖剣錬成師は、絶対にこの確認作業を怠らない。
ゆえにこの当たり前の行動そのものが、彼女が極めて優秀な聖剣錬成師であることを裏付けていた。
もちろん、俺もこの手の事前確認作業を欠かしたことはない。
「ふうん……ただの生意気な小娘というわけでもないようだね」
今回作業を手伝ってくれるカミラも、リリア嬢の立ち回りを見て小さく唸っている。
どうやら彼女に対する評価を少しだけ引き上げたようだ。
「ほわぁ……工房の湿度まで! リリア様はものすごくこまかいところまで見ているんですね!」
一方、ステラは目をまんまるにしながら、リリア嬢の動きを追っていた。
そういえば彼女は聖剣錬成に興味があるのか、俺が訓練しているときに何度か覗きにきたことがあったが……本格的な聖剣錬成の現場はこれが初めてだったか。
「聖剣錬成に湿度は重要だぞ、ステラ」
俺は彼女の隣で中腰になり、魔法陣を指さした。
「工房などの完璧に整えられた環境で使用する魔法陣には、魔力の伝導性を重視して水溶性の顔料を使用するからな。大気中に含まれる水分は、魔法陣の安定性にかなり大きな影響を与えるんだ」
「ほえ……」
ステラは俺の説明を聞いてもポカンと口を開いたままだ。
少し分かりづらかっただろうか?
「要するに、工房の中がジメジメしていると魔法陣に描かれた術式がすぐに傷んでしまうし、乾きすぎてカラカラの空気でも魔法陣がパリパリになって魔力を伝えにくくなってしまうというわけだ」
「ほえぇ……そうなんですね! 魔術の勉強はしているのですが、まだまだわたしの知らないことばかりです……」
ステラは不勉強を恥じたのか、ペタンと耳を伏せてしまった。
まいったな、別に咎めるつもりはなかったんだが……
そもそもこの手の知識は実際に現場で仕事をしていく中で得ていく類のものだから、彼女が知らなくても当然の話だ。
落ち込む理由なんて一つもない。
とはいえ、このままの状態で聖剣錬成の見学をしても得るものが少なくなってしまうかもしれない。
少し話題を変えてみるか。
「そういえばステラは今、魔術の勉強をしているんだったか?」
「はい! じつは最近、『火炎』の初級魔術をあつかえるようになりました!」
よくぞ聞いてくれましたとばかりにステラの耳がピンと立つ。
彼女はそれからすぐに右手の指を一本立て、その先に炎を灯してみせてくれた。
ロウソクの火よりもずっと小さな炎だが、それはまぎれもなく魔術によって生み出された炎だった。
「おお、すごいじゃないか」
「えへん、なのです」
俺に褒められたのが嬉しかったのか、ステラはピンと背筋を伸ばし得意げな様子だ。
どうやら無事自信を取り戻したらしい。
ふう、よかったよかった。
実際のところ、獣人は身体能力に恵まれている反面、人族や魔族と比較して魔術の才に乏しい者が多い。
だからステラがこの歳で魔術を扱えるようになったというのは、驚くべきことだった。
幸運にも本人に素質があったのだろうが、師事する相手が良かったのだろう。
「……なんだいブラッド」
俺の視線に気づいたのか、カミラがこちらにやってきた。
「いや、ステラに魔術を見せてもらっていてな」
「ふむ。君も見たのかい。どうやらステラには魔術の才能があるようでね、少し教えたらなんと三日で火炎魔術を扱えるようになった。この調子でいけば、成人することには優秀な魔術師となっていることだろう……ククク!」
こっちはこっちで自分のことでもないのに妙に得意げだ。
この感じ……師匠というよりは親バカの匂いがするぞ。
まあ気持ちは分からないでもないが。
「ちょっとそこの三人、サボらない! そろそろ始めるわよ」
「おっと、すまん」
どうやらリリア嬢の方も準備が整ったようだ。
それじゃ、始めるとするか。




