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第125話 『執事と黒服』

「そろそろ気が済んだでしょう? ファビオ様も心配しておられます、お嬢様」


 初老の執事は、あくまで穏やかな口調で語りかけてくる。


 だが同時に、有無を言わせぬ圧力もあった。


「……っ!」


 俺の腕の中で、リタの身体が強張るのが分かった。


 俯いているせいで、彼女の表情は分からない。


 けれども、俺の腕をぎゅっと掴む手は、小刻みに震えていた。


「……なんだかよく分からんが、面白いことになってきたな」


 俺は周囲を見回して、そう呟いた。


 気が付けば、周囲に人影が消えていた。


 ここはそれなりの通りだったはずだ。


 だというのに、今は執事と黒服を除き誰も歩いていない。


 建物に目をやれば、すべての窓は閉じられている。


 人払いは完璧ってことか。


 見事な手際だ。


 

 権力的な意味でも、暴力的な意味でも、背筋が寒くなるほどに。




 ……だが。




 ここでハイそうですかとリタを連中に引き渡す気にはなれなかった。


 久々に再開した後輩との楽しい一日を、なんだかよく分からん連中に台無しにされかけているという憤りで、腹の奥がザワザワと波立っている。


 それに俺は、こうやって権力や武力を振りかざして言うことを聞かせるタイプの人間が大嫌いだ。


 だから俺の返答はこうだ。


「おたくとコイツの関係も事情もよく分からんが……人様のデートにいきなり割って入るってのは、少々無粋じゃないか?」


 ジロリと、執事と背後の黒服を睨みつける。


「野良犬が舐めた口きいてんじゃねぇぞ!」


 俺の言葉に、黒服の一人がいきり立つ。


 一番ガタイのいいヤツだ。


 そのまま肩をいからせながら、俺に詰め寄ろうとして――


「落ち着きなさい。まだ話し中ですよ?」


 飛び出してきた黒服を、執事が鋭く睨みつける。


「ひっ……!? も、申し訳ありませんッ!」


 すると黒服は顔を引きつらせながら、慌てて元の位置に戻った。


 どうやら執事と黒服の上下関係は絶対的らしい。


「ふむ」


 執事は自分の白い顎鬚を撫でながら、俺をジロリと一瞥する。


 それと同時に、急に執事の雰囲気が変わった。


 例えるならば……そう、ドラゴンと対峙しているようなビリビリとした威圧感だ。


「……っ!」


 リタが、俺の胸にしがみつく。


 確かに彼女にはキツかろう。


 取り囲む黒服たちの数人も、顔を青ざめさせている者がいる。


 が、その手の威嚇(ハッタリ)は俺には効かん。


 この程度の威圧感なんぞ、怒り狂った邪神と対峙したときに比べれば春のそよ風と変わらない。


「……ふむ。どうやら多少骨のある御仁とお見受けします。さすがはお嬢様、人を見る目はファビオ様譲りと言ったところでしょうか」


「そいつはどうも」


 俺が平然としているのを見て、執事は無駄だと悟ったようだ。


 威圧感が消え失せ、もとの紳士然とした雰囲気に戻る。


 だが、執事の鋭い眼光は、いまだ俺を見据えたままだ。


「ですが、御仁」


 執事が続ける。


「これは我々身内間の話です。他所様に口を差しはさまれるいわれは有りませんのですよ。貴方がいくら強かろうと、所詮は一人です。一方我々には『数』がある」


 執事が言い終わるのと同時に、黒服たちが俺たちの周りを取り囲んだ。


 連中は一応こちらを警戒しているのか、俺たちから少し距離を離した場所に位置どっている。


 だが身のこなしは素早く、統率のとれたものだ。


 抜け出す隙間はない。


 分かってはいたが、少なくとも連中は身なりだけを取り繕ったゴロツキではないらしい。


「さあ、お嬢様を返してもらいましょうか。貴方が自らの意思で解放したのなら、さほど痛い目に遭わないことをお約束いたします」


 ということはリタを解放したとしても、痛い目に遭うことは確定事項らしい。


 舐められたものだ。


「……手練れのようですので、ダリオ様の手の者かも知れません。抵抗するならば手足の一本くらいなら折っても構いませんが、必ず生け捕りにしなさい。ですが、お嬢様に傷をつけることは許しませんよ……やれ」


 最後の「やれ」は、底冷えのする声だった。


「「「ハッ!」」」


 それと同時に黒服たちが動く。


「おら、さっさとお嬢様を離せ、野良犬ッ!」


 黒服の一人が勢いよく飛び出し、俺の腕を掴もうとする。


 おーおー、ずいぶんと丁重なもてなし(・・・・・・・)だな!


 もちろん、俺の答えは否だ。


「やなこった」


 伸びてきた腕が俺に触れる直前に、ひょいと躱す。


 ついでに黒服の足に俺の足を引っかけてやる。


「ぬわっ!?」


 バランスを崩し転倒する黒服。


「ぐっ……舐めやがってッ!」


 もちろん、ただ転ばせただけだ。黒服にダメージはない。


 もっとも、プライドには多大なダメージが入ったらしく、こちらを見上げ睨みつける目は血走っていたが。


 ハハッ、ざまぁみろ。


「ほう……?」


 執事の反応はというと、驚いた様子で眉を跳ね上げている。


 俺が避けたのが想定外だったのか?


「悪いな爺さん。あんたらがリタの身内であることを証明できないうちは、コイツを渡してやることはできん」


「せ、先輩っ……!」


 何やらリタが嬉しそうな声を上げているが、さすがにかまってやる余裕はない。


「リタ、一応聞いておくがコイツらはお前の知り合いか?」


「…………はい」


 一瞬彼女は俺の顔を見つめて、それからコクン、と頷いた。


 まあ、そうだろうとは思っていた。


 だが。


「お前はこいつらと一緒に行きたくはない。そうだな?」


「…………」


 これには、無言で頷く。


 だがまあ、それで十分だ。


「お前、あとできっちり説明しろよ? ……隙を作ってここを抜け出す。いくぞ!」


「っ!? あの男、何かしてしてきますよ! その前に捕らえなさい!」


「「「うおおぉっ!!」」」


 さすがに一人では厳しいと悟ったのか、黒服たちが一斉に襲い掛かってきた。


 が、俺はすでに逃走の準備を整えている。


「次からは、相手の素性くらい調べてからケンカを売るんだな!」


 懐に隠していた紙片の束を掴み魔力を流し込むと、空にぶちまけた。


 ぶわっ、と大量の紙が通りに舞う。


「こんな紙切れが目くらましになるかっ!」


「舐めやがって!」


「ボコボコにしてやる!」


 当然、黒服たちは構わず突っ込んでくる。


「……綺麗」


 リタが腕の中で小さく呟くのが聞こえた。


 確かに見た目は綺麗だろうな。


 だが、その性能は凶悪だ。


 記述されているのは、転写前(・・・)の聖剣錬成魔法陣。


 こいつをそのままの状態で発動させるとどうなるか。


 答えはこうだ。


「――《射出》」


 俺が言葉を口にした、次の瞬間。


 風そのもの(・・・・・)で生成された小さな聖剣が、舞い散る紙片のすべてから勢いよく射出された。


 もちろんそれらは、魔術『風刃』どころか、軽く小石をぶつけられる程度の威力しか有していない。


 だが、これを想定していなければ……ちょっとした余興程度にはなる。


「くっ……!?」


「うわっ!?」


「ぐあっ!? 目がぁっ!?」


「いてっ! なんだこれは!」


 紙吹雪の一枚一枚から射出される不可視の小聖剣を全身に浴び、執事は素早く顔を覆い、突進してきた黒幕たちは右往左往している。


 紙片の一つからは、一振りのごく小さな聖剣しか射出されない。


 連中を足止めできるのは、ほんの一瞬にすぎない。


 だがその一瞬があれば、俺には十分だった。


「今だ、行くぞリタ!」


「は、はい!」


 彼女の手を引いて、黒服たちの間をすり抜けていく。


「くっ、しまったッ! お前たち、逃すな!」


 執事が焦りを含んだ声で叫ぶが、手遅れだ。


 すでに俺たちは連中の包囲網を抜け、通りの横に伸びる細い路地へと駆けこんでいた。


「絶対に逃がすな!」


「卑怯な真似を使いやがってッ……!」


「……こだ……! ……がせ……!」


 徐々に、黒服たちの声が遠ざかっていく。


 そしてさらに走ると……やがて完全に聞こえなくなった。




 ◇




「……よし、ここまで来れば大丈夫だろ」


「はあ……はあ……先輩、体力ありすぎでしょ……」


 手を繋いだまま全力で走ったせいか、リタは息も絶え絶えだ。


 俺はまあ……日ごろから身体は鍛えているし、荒事にも慣れているからな。


 それはさておき。


 今俺たちがいるのは廃屋や古びた家屋が立ち並ぶ、スラムのような場所のようだった。


 時刻のせいもあってか影が濃く、どこも薄暗い。


 路地は狭くあちこちガタガタで、どこも人一人がどうにか通れるような幅だったが、その分逃亡者が身を隠すにはもってこいの場所だった。


 物陰も多く、ここならばすぐに見つかるようなことはないだろう。


 リタの呼吸が落ち着くのを待って、俺は話を切り出した。


「……で、リタ。あいつらは何者なんだ?」

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