第124話 『二人で買い物』
「お疲れ様です、ブラッドさん。見事な手際でした」
おおむね処置が終わったところで、エキドナが声をかけてきた。
「いや、スムーズに事を運べたのは、この工房の環境や道具がよかったからだよ。ゲイザーが悪くなる前に作業ができて、こちらこそ助かった」
実際問題、想定よりずっと早くゲイザーを手に入れられたのは良かったのだが……そうなると、腐敗が始まる前に急いでオルディスに戻る必要があった。
いくら腐敗防止の術式でくるんでいるとはいえ、さすがに一週間以上も鮮度を完璧に維持するのは不可能だからな。
よほど腐敗が進まない限り魔術回路が崩壊することはないだろうが、それでも死臭を放つ魔物を弄りたいかと言えば、当然『否』だろう。
だから、彼女から工房の使用許可をもらえたのはまさに僥倖と言えた。
「それで、先輩……この後はどうするんスか?」
「どうする、ってのは、この後の処置をどうするかってことか? それなら、この後は魔術回路の術式拡張をやる必要があるな。かなり集中力を要する作業になるから、今日は切り上げて、明日から数日宿にこもって進めようと思っているんだが……こっちも見学したいのか?」
「あー、いや……そうじゃなくて……今日の、これからの予定ッス」
リタが聞きたかったのは、今日の予定だったらしい。
「そうだな……魔術回路の剥離がすんなり終わったからな。時間も余っているし、この後は素材とか魔導書を探しに街に出るつもりだ」
「そ、そうッスか……なるほど、ッスね……」
俺の予定を聞いた後、リタが急にモジモジしだす。
俺をチラチラと見たり、エキドナに縋るような視線を送ったり、かなり挙動不審である。
もちろん目の見えないエキドナがリタの視線に気づくことはない……と思ったが、彼女はニマニマと口元に微笑を湛えながらこちらの様子を伺っている。
あー……なるほど。
そこで俺は気づいてしまった。
これは……エキドナのやつ、分かったうえでスルーしてるな。
もちろん俺としても、リタが何を言わんとしているのか分からないほど鈍くはないつもりだ。
仕方ない。
こういう時は男が切り出すものと相場が決まっている。
「あー……確かお前、今日は休みだったんだよな。この後、空いてるか?」
「……ハイッ! もちろん暇ッス! 超絶暇人ッス!!」
とたん、リタの表情がパアッ! と明るくなる。
……お前は散歩前の犬か。
そのうちイヌ耳とか尻尾とか生えてきそうだな。
「……ぷふっ!」
横で、吹き出す声が聞こえた。
じろりとそちらを見やれば、顔を背け肩を震わせるエキドナの姿があった。
◇
聖剣錬成師と元聖剣錬成師がつるむことになれば、やることは一つしかない。
つまりは素材屋巡りだ。
もちろんセパとレインは宿でお留守番である。
あいつら素材屋巡りの楽しさを全く理解できないらしい。
なんてかわいそうなやつらだ。
まあ、二人とも近所に繰り出す分には構わないと言ってあるから、適当に遊んでいるだろう。小遣い程度だが金も持たせたし。
しかしあいつら、何で俺を送り出すときに敬礼なんかしたんだ?
セパなんか『ご武運を、ご主人』とか言い出すし、レインはレインでニマニマしていたし……あいつら絶対勘違いしてるだろ。
それはさておき、俺とリタはと言えば。
「あっ、先輩こっちこっち! このお店の素材がヤバいんスよ! ユニコーンの肝に、砂バジリスクの石化袋もありますよ! この鋭い針はデス・スティンガーの尾針ッス!」
「おお、このデス・スティンガーってのは王国では見たことないな。やっぱ毒系か?」
「そうッスね。強力な神経毒だから、昔は商人間の権力闘争なんかで暗殺とかによく使われているらしいッスよ」
トレスデンの商人も王国貴族みたいな暗闘を繰り広げてるようだ。
まあ、この国では有力商人が貴族みたいなポジションらしいからな。
さもありなん、である。
「へえ……しかし聖剣に使うとなると……まあ、順当に毒付与か。いや、強化素材としてなら、持ち手の毒耐性付与とかにも使えなくないか……?」
「あたしなら、毒耐性付与一択ッスねぇ。間違って刃で指とか斬ったら悲惨だし」
「それもそうだな。……おっ、こっちの棚の黒いイガイガはなんだ? やたら厳重に保管されてるぞ」
「それは炸裂ウニっッスね。内臓に含まれる重金属に素材同士の結合強度を高める役割があるッス。たしか、ヴーロ塩湖ってところに生息してる魔物で、危険を感じたら自爆するヤバいヤツっス。ケースは耐爆仕様だと思うけど、あんまし近づかないほうがいいッスね」
「危ねーな! ……つーか危機を感じて爆死するとか、よく絶滅しないで生き残ってきたな」
「まあ、魔物ッスからねぇ……」
「そっか……魔物なら仕方ないな、コイツ」
素材屋の軒先に置かれた木棚を物色しながら、リタとワイワイ言葉を交わしていく。
それにしても……
やはり、話の通じるヤツと一緒に巡る素材屋は楽しいな!
もちろんカミラと一緒に巡るのも楽しいんだが、聖剣錬成師と精霊魔術師ではどうしても見解の相違だとか、素材使用方法の違いだとかで話がかみ合わない時があるからな。
その点、聖剣錬成師同士ならば見るべきポイントが同じなせいか、自然と会話も弾む。
「それじゃあ次は、魔導書店行ってみるか」
「了解ッス! とっておきの古書店を案内するッスよ!」
…………。
…………………。
「やべぇ、買いすぎた……」
我に返った時には、すでに太陽は街の影に沈み、乾いた空は赤く滲んでいた。
腰の魔導鞄には、すでに満杯に近い素材と魔導書が詰め込まれている。
とはいえ、今日はリタのおかげで満足度が高い買い物ができたのは確かである。
「悪いな、リタ。今日はいろいろ案内してもらって助かった」
「いえいえ、あたしこそ先輩のお役に立てて光栄ッス! それに今日は久しぶりに先輩と遊べて楽しかったですし」
「俺も久しぶりにお前と話せて楽しかったよ」
これは本音だ。
ついでに言うと、かなり安心している。
元職場を辞めてから、よくもここまで元気になってくれたものだ。
「それじゃあ先輩、あたしはこれで――」
リタが名残惜しそうな顔で別れを告げ、軽く手を振る。
俺はその手を掴んで、彼女を強引に抱き寄せた。
「待て。まだ帰るな」
「ふぁっ……!? せ、せせっ、先輩……!? 」
リタがびっくりしたような声を上げる。
俺の腕の中でまるで小動物のように身体を縮こませながら、どうしたらいいのか分からないような様子で俺を見上げている。
「ま、待っ、あたし……その、こ、心の準備が……でも、先輩なら……」
消え入りそうな声で呟きつつ、身体の力を抜いた。
目を閉じ、何かを受け入れようとしている。
……ちょっと待て。
なんか勘違いされている気がする。
だが、今は彼女のフォローをしている場合じゃない。
「リタ、マズいぞ。囲まれている」
「……へっ!?」
通りを行き交う人々の中に、妙な気配があった。
こちらをじっと監視しているような、鋭い視線を感じる。
いつからだ?
それすら分からないほど、どうやら俺は浮かれていたらしい。
だが、向こうもこちらが尾行に気づいたことを察したようだった。
人混みから、男が一人、進み出てくる。
紳士然とした、白髪の壮年だ。
身なりはよく、先日リタに絡んでいたチンピラとは対照的な佇まいである。
一言でいえば、貴族などに仕える執事、だろうか。
それに続き、続々と人混みから男が現れた。
全員が黒服に身を包み、屈強な体格をしている。
……身なりはキチンとしているが、荒事慣れしている雰囲気を感じる。
男たちが揃ったのを確認してから執事が男たちに目配せをしてからリタに向き直り、スッと頭を下げた。
「そろそろ気が済んだでしょう? ファビオ様も心配しておられます、お嬢様」




