第123話 『魔力回路剥離』
「あっ、先輩お疲れ様ッス。先日はありがとうございました!」
ノスフェラトゥ対策で宿を替えた数日後。
ゲイザーの魔術回路剥離のためにエキドナの魔道具店を訪ねると、リタが元気に出迎えてくれた。
「おう。今日は職場を借りるぞ。こっちこそよろしく頼む」
この処置を確実に行うためには、それなりに設備の整った工房が必要だ。
それでエキドナにダメ元で申し出たら、快く了承してくれた。
不幸なすれ違いがあったとはいえ一度はケンカをした間柄だというのに、彼女には感謝しかない。
「ブラッドさん、お話は聞いています。自分の工房だと思って気兼ねなく使ってくださいね」
リタと話していると、店の奥からエキドナがやってきた。
手には、魔術杖を持っている。
初めて見る形状だ。
もしかして。
「それは?」
「ブラッドさんの取ってきてくれたミノタウロスの魂を込めた魔術杖です。正式名称は『降霊杖』と言います。リタの、言葉通り入魂の一本となっております」
やはりそうだったようだ。
リタが「ふふーん♪」とドヤ顔をしている。
「……ふふ。魔力攻撃に対する防御術式や耐性術式などもしっかり施しているので、今度は負けませんよ?」
「いやいや、勘弁してくれよ……」
それでレインの『魔力漏出』を防げるとは思えないが、勝ち負け以前にこんな狭い店内であの巨体を顕現されたらたまらん。
まあ、それはさておき。
「ともかく、今日は工房を貸してくれて助かった。この礼はきちんとするよ。……その杖の実験台以外で勘弁してほしいがな」
「うふふ……どういたしまして。もちろん、『降霊杖』の話は冗談ですよ」
……それにしては、杖を握る手に力が入っていやしませんかね?
とはいえ、彼女も本気で言っているわけではなかったようだ。
すぐに雰囲気を緩め、先を続ける。
「それと、ですが。今日を指定させていただいたのは、お店の定休日だからでして。私たちも、一線級の聖剣錬成師であるブラッドさんの手際をぜひ見学させてもらいたく思います。……構いませんよね?」
「ああ、もちろんだ」
エキドナとリタには、あらかじめこれからやる作業を伝えてあった。
魔物や素材の魔術回路剥離作業は魔道具製作をしていればそれほど珍しい作業ではないはずだが、こちらも工房を借りている身だ。断る理由はない。
「では、こちらへ」
エキドナの案内で地下の工房に通される。
彼女の工房は、ぱっと見た感じはごく一般的な魔術工房といった趣だった。
気温と湿度の変化が少ない地下にあり、さほど広くもなく、日光を嫌う素材を扱うことがあるためか照明の光量は控えめだ。
それと……各種結界魔術は綻びができないよう、入念に張られていることが分かった。
部屋の真ん中には作業台。
埃一つ落ちていない。
奥には事務やら何やらを行うための机と椅子。
机上は綺麗に整理整頓されている。
片方の壁面全部を埋める棚に道具類や素材がみっしりと詰め込まれているが、それらは用途や種類によってキチンと整理整頓されており、なおかつ必要なものがすぐに手に取れるような配置になっている。
これだけ見ればよく分かる。
「なるほど……いい工房だ。あんた、相当腕がいいと見た」
実際、リタの『降霊杖』だって彼女一人ですべて仕上げたわけではないだろう。
なんといっても、エキドナは彼女が『師匠』と崇めるくらいだからな。
「ブラッドさんにそう言って頂けると、とても嬉しく思います」
エキドナがそう言って口元を綻ばせる。
「じゃあ、さっそく取り掛かろう」
俺は作業台の上に、台が汚れないよう革製の下敷きを敷いてから、魔導鞄から取り出したゲイザーを置いた。
「おー……久しぶりに見たッス。やっぱグログロッスねー、この魔物」
リタは俺の肩越しに作業台を覗き込んで、そんな感想を漏らしている。
確かにゲイザーの見た目は他の魔物よりもグロテスクではあるな。
表面はナメクジのような粘膜に覆われているし、なにより体の大半を占める巨大な眼球がギョロリと虚空を見つめている。
触手についてはいわずもがな。
捕獲と同時に締めたから動きだしたりはしないだろうが、利用価値を知らない者からすれば触りたいなどと思えないだろう。
まあ今の俺にとっては、コイツが宝石よりも価値のある宝物にしか見えないわけだが。
「エキドナ、すまないが生体切開用のナイフを貸してもらえないか」
「はい、こちらです」
エキドナに視線を向ける前に、スッとナイフが差し出された。
小型の魔物を切るのにちょうどいいサイズのやつだ。
やはりこの魔族、かなりできる……!
「……助かる」
とはいえ、今は目の前のゲイザーに集中だ。
コイツの魔力回路は、眼球の内部に存在する。
確か、水晶体とかいう部位の裏側だったかな。
薄く脆い部位のため、慎重に眼球をナイフで切り開いていく。
「うわ……前から思ってましたが、先輩って見かけによらず手先器用ッスね」
リタが俺の手元を覗き込みながら、今度は感心したような声を上げる。
「そうか? まあ冒険者をやっているといろいろ身に付くからな」
「そうなんスか? あたしはこういうチマチマした作業苦手ッスね……」
「別に手先の器用さは聖剣錬成にあまり関係がないだろ」
「まあ、そうッスけど」
そんな会話をしながらも、俺は淡々と作業を進めていく。
そういえば、リタは武術も魔術も得意だったが、唯一細かい作業だけがあまり得意でなかったな。
とはいえ、この手の作業は未加工の素材を手に入れたあとにきちんと使えるようにするときにするくらいで、聖剣錬成そのものの工程では手先の器用さが必ずしも必要というわけではない。
それよりも、素材の目利きだとか、聖剣錬成に使用する魔法陣に記述する術式の構成がしっかりしている……などの方がよっぽど重要だ。
リタはもともと商人の娘だから素材の目利きはそこらの聖剣錬成師よりも上だったし、計算が得意だったから術式の構成も理路整然としていた。
手先が多少不器用だからといって、なんら問題ない。
実際、今もミノタウロスの魂で立派な魔術杖を仕立てているしな。
「……よし、次はセパの出番だな」
首尾よく水晶体を取り出したら、あとはセパの『切断』の力で魔力回路だけを剥離し、準備しておいた羊皮紙に一時的に移植する。
これで処置は完了だ。
『それでは、私の活躍をとくとご覧いただきましょう……!』
そんな得意げにする作業でもないけどな。
地味だし。
「なっ……これは……!?」
「え……へっ!? これ、ブラックドッグを斬ってた聖剣ッスよね!? こんなこともできるんスか!?」
ゲイザーの魔術回路の剥離作業を始めたとたん、リタが背後で驚嘆の声を上げた。
「あれ、言わなかったか? コイツ……セパの聖剣としての力は、『魔力の切断』だ。むしろこっちの方が本来の使い道だぞ」
「なるほど……そう言われればそうですね。確かに対峙したとき、こんな短い剣で一体どうするのかと思っていました」
「はえ~……やっぱ先輩の腕って異常っていうか化け物ッスね……もしかして、聖剣錬成の神様の腕とか食べたことあります?」
「そんなもの食ったことねえよ……」
「ふふ、本当に食べたことないんですか?」
「ねえよ! エキドナさんも乗ってこないでくれ!」
エキドナとリタはそんな軽口を叩きつつ、俺の一挙一動を眺めては感嘆の声を上げている。
ただ俺としては、こっぱずかしいったらありゃしない。
まあ工房を借りている手前、見るなとはいうつもりはないが。
『くふふ……くふふふ……! 褒めるのです……称えるのです……もっともっと私に賞賛の言葉を……!』
おお、セパが恍惚の声を上げてるぞ。
今は実体化していないが……していたら、さぞかし気色の悪い顔をしていたことだろう。
もちろん見たくはない。
そんなこんなで作業を続け……すべての工程が無事完了した。
「……よし。こんなものか」
作業台の上に広げた羊皮紙には、淡く光る輪形の紋様が浮かび上がっていた。




