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第122話 『魔術の正体』

「お主、妾に妙な魔術を掛けたであろう! 今すぐそれを解くのじゃ!」


 怒り心頭といった様子で、ノスフェラトゥがビシビシと俺に指を突き付けてくる。


 ……魔術??


 一体なんの話だ?


 コイツの言っていることが何一つ分からない。


 俺はノスフェラトゥを刺激しないよう、できるだけ落ち着いた声で彼女に話しかけた。


「すまんが、どういうことか説明してくれないか」


「……お主、今日ダンジョンで冒険者たちを助けたであろう? そのうちの一人が妾だったのじゃ。(わらわ)が『変化』で姿を変えられることは知っておろう」


「……あのノンナとかいう女魔術師か」


 なるほど。


 思い返してみれば、確かにノンナ氏は口調や身のこなしがコイツに似ていた。


 容姿を変えても、身に付いた仕草はなかなか変えられないからな。


「じゃが、それはどうでもいい。肝心なのは、お主がかつて邪神を狩るほどの手練れの魔術師であり、術式の改造に()けた者であったという事実じゃ」


 そこで彼女は俺を睨みつけながら、再びビシッ! と指を突き付けてきた。


「言え! 妾に掛けた魔術はなんじゃ! さっさとこれを解くのじゃ!」


 どうやらノスフェラトゥは、俺に何かしらの魔術を掛けられたと信じ込んでいるようだ。


 彼女の見た目に変化がないことから、掛かっていると思われる術式は精神に作用する魔術か、遅効性の毒、それか呪詛など……と推察される。


 とは言ってもだな……


 俺がそんな回りくどいことをするわけがないだろ。


 だいたい俺は、その手の地味で陰湿な魔術が嫌いだ。


 やっぱり魔術で敵をぶっ飛ばすのなら、ド派手なヤツがいいに決まっているからな!


 しかし、ノスフェラトゥが逆に状態異常魔術を喰らって慌てているところなんて初めて見たぞ。


「一応聞いておくが、お前は俺がどんな魔術を掛けたと考えているんだ?」


「ハッ! それを妾の口から言わせたいというのか? なんと陰湿なヤツじゃ! 恥を知るのじゃ、この()れ者が!」


「酷い言われようだな!?」


 ノスフェラトゥに絡まれ続けた昔でも、ここまでボロカスに罵られたことはなかったぞ!?


 腹が立つよりも、むしろ興味が湧いてくるほどだ。


「……とにかく、言ってみろ」


「……いいじゃろう、そうまでして答えさせたいというのなら、答えてやるのじゃ」


 ノスフェラトゥが吐き捨てるような口調でそう言った。


「お主が妾に掛けたのは、『隷属魔術』の一種じゃろう。じゃがお主、かなり術式を弄っておるな? 状態異常系魔術を極めたはずの妾ですら解除方法が分からぬのじゃから、大したものじゃ。褒めてつかわすのじゃ」


「いやそんな魔術知らねえよ……」


 なにそれこわい。


 というか……コイツの話の通りならば、俺は初対面のノンナにいきなり『隷属魔術』を掛けたことになるんだが?


 魔術うんぬんより、どう考えてもそっちの方がヤバいだろ。


 こいつの中の俺、一体どれだけ危険人物なんだ。


「一応聞いておくが、その『魔術』とやらはダンジョンの罠とか魔物から喰らったものじゃないのか?」


「そんな訳があるか! この感情はお主が魔物たちを倒したあとに湧きだしてきたのじゃぞ? 下手人はお主以外にありえぬ!」


「そう言われてもだな……」


 そもそも……である。


 コイツは本当に魔術に掛かっているのか?


 いくらノスフェラトゥが状態異常魔術を極めているとしても、『隷属魔術』の影響化にあるのに器用に俺の寝込みを襲ったり、こうやってペラペラ喋り倒すことができるのだろうか。


 無理だろう。


 正直、俺にはコイツが正気にしか見えない。


「なあ、ノスフェラトゥ。……誓って言うが、俺はお前に魔術なんて掛けていない。そもそもお前ほどの手練れに悟られず『隷属魔術』を掛けられるほど、俺はその手の術式に()けていない」


「だとするのなら、この感情はなんなのじゃ! こうしてお主と対峙しているだけで、胸が締め付けられるように苦しくなるのじゃ。それに……もっとお主と触れ合いたいと感じてしまうのを、止めることができぬ……これが『隷属魔術』でないというのなら……一体この湧き上がる感情は……なんだというのじゃ……説明するのじゃ……『邪神狩り』……ッ!」


 徐々に、ノスフェラトゥの口調が弱々しくなってゆき、やがて消え入りそうな吐息に変わる。


 彼女は切なそうな表情で俺を睨みつけながらも、自分の胸を鷲掴みにしていた。


 その様子は、まるで。


 俺の勘が正しければ――


「お前、まさか」


 言いかけて、やめた。


 たしかにノスフェラトゥはかつての敵だ。


 はらわた煮えくりかえるような思い出も、片手じゃ足りないほどある。


 だが……過去は過去だ。


 弱っているヤツをさらに追い詰めるのは、俺の趣味じゃない。


 とはいえ。


 俺が黙り込んだのを見て、彼女は察したらしい。


「ありえぬ」


 大きく目を見開き、数歩後ずさる。


 が、彼女が動揺していたのは、ほんの一瞬のことだった。


 ハッと我に返り、バンバンと自分の両頬を叩く。


「ぐぬっ……今日のところはこの辺で勘弁してやるのじゃ……っ! 覚えておれ、『邪神狩り』……!」


 涙目で指を突き付け、そう言い捨てると。


 彼女は脱兎のごとく、開いたままの窓から飛び出していったのだった。




 ◇




 眠れぬ夜を過ごし、朝がやってきた。


『……ご主人、ずいぶんと具合が悪そうですね? 二日酔いですか?』


『あっ、おはよーマスター!』


 俺がベッドを抜け出し階下に降りると、開口一番、セパがそんなセリフを投げかけてきた。


 こういう時に限って鋭いヤツめ。


「……なんでもない。気にするな」


 まさかセパの偽物……ノスフェラトゥに色仕掛け込みで襲われかけたなんて、口が裂けても言えない。


 それはさておき。


 やはりセパとレインは下の酒場兼食堂でずっと飲み食いしていたようだ。


 彼女たちは食堂の一角にあるテーブルに陣取り、朝食用に出されたと思しきパンをモリモリと頬張っている真っ最中だった。元気なことだ。


 まあ宿屋の食堂は酒場も兼ねているから一日中営業しているし、旅でテンションが上がりすぎた彼女たちが朝までおしゃべりに興じていたのなら、上階での騒ぎに気づかなくても仕方ない。


 それはまあ、いいんだが。


 俺の目の前には、理解に苦しむ光景が広がっていた。


「で、これは?」


 俺は二人に問いかけた。


 どういう経緯をたどったのか、そこかしこのテーブルの下で酒瓶を抱え眠りこける男たちの姿が見える。


 その隙間を縫うように、散らかったテーブルやら床やらを掃除する給仕のお姉さんたち。


「レインが悪いんですよ」


 セパが言った。


 俺とは目を合わせずに。


「セパが煽るからじゃん!」


 レインはセパを指さしてそう言った。


 口にパンを咥えながら。


 傍らに空っぽになった何かの瓶が十数本並べられている。


 ラベルからするとワインらしかった。結構高そうなやつだ。


「お前ら二人のせいなのはよく分かった」


 俺はこめかみをグリグリと揉み込みながらため息を吐いた。


 状況からして、コイツら酒場の男どもと飲み比べでもしていたのは間違いなかった。


 それならば、連中に勝ち目はないだろう。


 何しろ人造精霊相手だ。


 酔っぱらうなんて機能は、彼女たちに付いていない。


 もっともそういう気分になることはあるかもしれないが……樽ごと酒を飲み干したところで、倒れることなんてありえない。


「はあ……」


 俺は頭を抱えた。


 ノスフェラトゥのことは別にしても、今後この宿は使えそうにないな……


 あとで店主に謝っておこう。



 ……ちなみに店主にセパどもの粗相を謝りに行ったら、やたら上機嫌でむしろ感謝された。


 それどころか、しばらく値下げするからどうか連泊してくれと懇願された。



 なんでも昨夜は食堂開いて以来の売り上げだったそうだ。


 アイツら、そこに転がってる野郎どもにどんだけ酒飲ませたんだ……


 ちなみにビクビクしながら聞いた食事代は、昨日の夕食と朝食を合わせた額だけだった。


 どうやら男どもは自分たちで酒を注文して、二人に食事をおごりつつ勝負を挑んだらしかった。


 その事実に、ホッと胸をなでおろす。



 連泊はもちろん固辞した。

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