第12話 『ザルツ聖剣工房②』
「お初にお目にかかる、ザルツ殿。私の名はガウルという。クロディス伯より貴工房を紹介され、参った。このような機会をいただいたこと、大変感謝している」
応接間の扉をくぐるように入ってきたのは、見上げるほどの巨躯を持つ獅子獣人の騎士だった。
ザルツが獅子獣人を騎士と判断したのは、彼が腰に直剣を差していたからだ。
武骨ではあるが、たしかにリグリアの紋章が刻まれている。
「…………はっ」
ザルツはその威容にしばし圧倒されていたが、すぐに気を取り直す。
同じくぽかんと口をあけたまま圧倒されている部下のトマスを肘で小突いた。
「うぐっ」
(「うぐっ」じゃねえだろ! 失礼だろうが!)
(す、すいません)
自分のことを棚に上げ小声でトマスを叱り飛ばした後、ザルツは笑顔を顔に貼り付け直した。
「ガ、ガウル殿、ようこそ我が『ザルツ聖剣工房』にお越しくださった。私が工房主のザルツです。当工房は王都の数ある聖剣工房の中でも、王家にも聖剣を献上したこともある由緒正しい工房です。ガウル殿にふさわしい聖剣が見つかることを祈っておりますぞ」
「うむ、今日はよろしく頼む」
「~~~~っ!?」
ザルツが手を差し出すと、ガウルががっしりとその手を握る。
すさまじい握力に一瞬呻き声が出かけるが、どうにか押し殺す。
「こ、こちらこそよろしくお願いします。ささ、どうぞソファに」
「うむ。それではお言葉に甘えさせていただく」
ガウルは腹の底に響くような声でそう言って、どっかとソファに座った。
あまりの巨躯のせいで、最近入れ替えたばかりのソファがギシギシと悲鳴を上げた。
(クソ……最近入れ替えたばかりなんだぞ。壊れたらどうしてくれるんだ!)
都市貴族のザルツにとって、獣人など騎士だろうが貴族だろうが変わらない。
ただの外様で元奴隷階級の劣等種だ。
そんな者のせいで応接室のソファが汚されるなど……我慢ならない。
だが、堪えた。
そして同時に、ほっと胸をなでおろす。
獣人に、ブラッドが造ったものかどうかを判断する目など、あるはずもない。
ザルツは笑みを顔に貼り付けたまま、対面のソファに腰掛ける。
トマスは背後で立たせたままにしておく。
「……ん?」
と、そこでザルツは気づく。
ソファに腰掛けたガウルの背後に、小柄な少女が立っていた。
歳は十二か三。
どうやらガウルの後ろに立っていたようだが、その巨躯と荒々しい気配に圧倒されていたせいで、完全に見落していたらしい。
ガウルもそのことに気づいたようで、軽く少女の方に顔を向けた。
「ああ、申し訳ない、ザルツ殿。紹介が遅れてしまった。今日限りではあるが……彼女は私の従者だ。名をアリスという。王国では、騎士が貴族と会談するときには従者を側に置くのが礼儀と聞いている。私もその慣例に則ったのだが……問題はないだろうか」
「ええ、ええ。これはご丁寧に。もちろん構いませんよ」
(獣人風情が王国騎士の真似事だと? 片腹痛いわ!)
ザルツは内心とは裏腹に微笑みながら答える。
確かに騎士が貴族に見えるときは騎士側が従者を側に置くのが王国の習わしだ。
だがそれは帯剣が許されない社交場での話であって、商談の場での話ではない。
そもそも従者を同伴させる趣旨は、不測の事態が起きた時に丸腰の貴族と騎士を、身を挺して守るためなのだ。
だから従者は目の前にいる親類の子供などではなく、配下の騎士見習いであることが通常なのだが……
どうやら王国の慣例を中途半端に理解しているらしかった。
そもそもガウルは、帯剣している。
従者に帯剣させる意味もなければ、そもそも従者を連れてくる意味すらない。
ガウルたちを送り出すクロディス家は、それを止めなかったのだろうか。
一瞬疑問に思うが、すぐに思い直す。
(クロディス家は辺境伯とはいえ所詮は武人の家系だ。昔社交場で会った先代の当主も、貴族のしきたりに少々疎いところもあった。……ふん、やはりクロディス家の連中は脳みそまで筋肉でできているようだな。ならばよい。せいぜいふんだくってやるさ)
「しかし、ずいぶんと可愛らしい従者様ですな。ガウル殿に縁のあるお方で?」
「まあ、そんなところだ。私の妻は王国出身でな。その親類の子なのだ。もちろん彼女は純粋な人族だ」
(なるほど。確か、クロディス家の子弟は男子ばかりだったはずだからな。だからこそ、女系の王家と親密な関係を築いているわけではあるし……少し心配しすぎたか)
「お褒めにあずかり大変光栄にございます、ザルツ様」
アリスとかいう従者がソファの後ろで、静か頭を下げた。
鈴を転がすような美しい声色だった。
顔立ちもあどけなさが残るものの、整っている。
髪は王国貴族の証である淡い金色。
年のころは、十二、三くらいだろうか。
五、六年もすれば、きっと美人になるだろう。ザルツは思った。
帯剣なぞさせずに、ドレスでも着せておけばいいものを。
そして、そこで彼女から興味を失った。
金を持っているのはあくまで目の前に座る獣人だ。
後ろの子供ではない。
それからザルツとガウルは少々の雑談に興じた。
これも貴族のたしなみの一つだ。
雑談はその人物の人となりと、若干の背景を教えてくれる。
それによれば、ガウルはリグリア神聖国の聖騎士団に所属していたらしい。
もっとも当時は武官として別の国に駐在していたため、家族ともども難を逃れたらしい。
それからはガウルは妻の故郷である王国にやってきたときに、妻の親族が仕えていたクロディス家に食客として迎え入れられ、今に至るというわけだ。
本人は戦いに参加できなかったことを悔いていたが、ザルツにしてみれば、不幸中の幸いどころか僥倖中の僥倖にしか思えなかった。
いったいどこの世界に、進んで魔族と戦って死にたいバカがいるのか。
生粋の都市貴族であるザルツには、騎士の忠義とやらに知識はあるものの、まったく理解ができなかった。
頃合いを見て、ザルツは後ろに立つトマスに目配せする。
「さて。雑談はこれくらいにして、さっそく商談に移りましょう。……トマス君、あれを」
「はっ」
ザルツの後ろで直立不動で立っていたトマスに命じ、聖剣を持ってこさせる。
「どうぞ、お手に取ってご覧ください。名工ブラッドの最新鋭モデル、『雷降』です」
「ほう、これがブラッド殿の」
差し出した聖剣は、複雑な紋様と精緻な意匠を施した、黄金の聖剣だ。
もちろん美しいだけはない。
能力は、『電撃』。
刃には超高電圧をまとわせ、触れるものに電撃を見舞うことができる。
能力管制用の人造精霊はこの日のために無理を言って魔術師ギルド随一の精霊術師に造らせた特注品で、出力も大中小と自由自在。
しかも念話により、なんと十以上の指令をこなすこともできる、まさに最新鋭なのである。
いささか持ち手の魔力が激しいものの、職人のトマスですら試し斬り用の巻き藁を一瞬で消し炭にした業物だ。
実戦ならば、オーク程度ならば刃をかすらせるだけでも絶命させることができるだろう。
「――と、このような性能となっております」
ザルツは得意げに、前日より頭の中でシミュレートしてきた説明を述べる。
もちろん錬成した職人はブラッドなどではない。
まだ名前こそ売れていないものの、貴族出身の期待の新人である。
そもそも、だ。
ザルツは思う。
聖剣とは、貴族や王家が持つにふさわしい格が必要だ。
つまり、可能な限り華美であるべきなのだ。
この剣一振りだけでも、ブラッドの造ったみすぼらしい剣を百本並べても及ばない価値と、そして美しさがある。
異国の獣人騎士にこの剣がふさわしいかと言われれば否と答えるほかないが、クロディス家にはふさわしいだろう。
「ふむ。さすがは聖剣と呼ばれるだけある。いささか華美ではあるが、ただの剣とは威力が比べ物にならぬようだ」
「そうでしょう、そうでしょう。戦場に持って行ってもよし、貴族たちとの社交場に帯剣してもよし。まさにガウル殿、貴方様のようなお方にこそ相応しい逸品かと。どうです、実際に持ってみては――」
ガウルに剣を渡そうとした、そのときだった。
「ぷぷっ……バカを言え。こんな子供だましが、ブラッド様の聖剣なものか」
応接に失笑がこだました。
声の主は、従者のアリスだった。
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