第117話 『封印瓶』
「おい、ウソだろ……オーガ三体を一瞬で!?」
「なんじゃアイツ……」
背後で冒険者たちの声が聞こえるがスルーだ。
まだ他にも魔物は大量に残っているからな。
さすがにこの調子だと、素材を取るために手加減をしている余裕はなさそうだ。
とはいえ依頼の『ミノタウロスの魂』は1つだけだ。
群れの一体だけ残しておけばいい。
まずは、冒険者たちの安全が確保できるまで数を減らすか。
「悪いが、俺だけじゃ全部を片付けるのは無理だ。一番強いミノタウロスは俺がどうにかするから、残りはあんたらが片付けろ」
「あ、ああ」
「くそ、どうにかするしかねえよな!」
「う、うむ……今は仕方ないのじゃ」
冒険者たちが頷き合う。
女魔術師は微妙な顔をしていたが、まあ今は放っておく。
「じゃあ、いくぞ!」
『『『『ブモオオオオォォォッッ!!』』』
幸いなことに、冒険者たちはそれなりの戦闘力を持っていたようだ。
男たちは比較的弱いオークやレッドオーガを一体ずつ倒してゆき、それをときおり俺がフォローしつつ、俺は俺でミノタウロスを倒してゆく。
女魔術師はというと、男たちに守られていたわりにはかなり強力な状態異常魔術の使い手だったらしい。
周囲の余計な魔物たちを幻惑魔術や麻痺魔術で足止めして、俺たちの戦闘をサポートしていた。
…………。
……。
それなりに激しい戦いののち。
残す魔物は、素材用ミノタウロス一体のみとなった。
「よし……じゃあ、お前もさっさと素材にしてやるっ!」
『ブ、ブモォォォッ!!』
最後のミノタウロスが咆哮し、大斧を叩きつけてきた。
乾坤一擲、相打ち覚悟の一撃を繰り出したつもりなのだろう。
だが、遅い。
十分な余裕をもって回避。
斜め下に潜り込み、俺はミノタウロスの腹を斬り裂いた。
『ブモ…………』
――ズズン!
胴体が二つに分かたれ――絶命したミノタウロスが地響きを立て、ダンジョンの床に崩れ落ちた。
とはいえ、その死体がすぐに消滅することはない。
素材用に魂を捕獲する必要があるから、コイツだけはレインの出力最小まで絞って倒したのだ。
「……よし。セパ、ここからはお前の出番だ」
『了解です、ご主人』
セパに語りかけると、彼女が姿を現した。
待ってました、といった表情だ。
別に姿を現すようには言っていないんだが……まあいいか。
「なんだあれ!?」
「あいつ、魔物使いだったのか? 剣士じゃないのか?」
「さっきミノタウロスを真っ二つにしてたよな……?」
「ぬう、あれは……?」
いきなり出てきたセパに、冒険者たちは驚いているようだ。
これでレインが出てきたら説明が面倒だな。
『レイン、お前は姿を現すなよ?』
『えー? なんで?』
『手のひらサイズのセパならともかく、いきなり普通サイズのお前が現れたら、あいつらパニックになるだろ』
『ふーん、まあいいけどー? あーしもちょっとお休みしたいし』
レインは魔物をたくさん倒したせいか満足気というかお疲れな様子で、冒険者たちにはあまり興味を示していないようだった。
このまま放置しておいても問題ないだろう。
「じゃあ、さっさと仕事を済ませるか」
俺は聖剣セパを腰から引き抜き、さらに魔導鞄から小瓶――魔道具『封印瓶』を取り出した。
ここからは手早く行う必要がある。
魔物の死体は放置すればやがてダンジョンに吸収されてしまうからだ。
まず俺は、死んだミノタウロスの胸をレインの刃で切り開いた。
分厚い胸骨ごと肉片を切除し、停止した心臓を露出させる。
心臓のすぐそばには、クルミ大の赤い宝石が存在している。
これは魔力核といい、魔物の魂を収める器のような臓器の役割をしている。
ここから、セパの『切断』の力により魂を分離する。
この処置を行うために、今回はレインの出力を絞って魔物を倒したのだ。
本来ならば、オーガ種――とくに牛頭鬼の『魔力核』はかなり高価な素材になるのだが……今回必要なのは、中に収まっている魂だけだ。
「…………」
ほんの一瞬だけ逡巡し、俺はその『魔力核』にセパを突き刺した。
魔力や呪詛だけを『切断』する彼女の刃は、何の抵抗もなく『魔力核』に差し込まれてゆき……やがて、何かがプツン、と切れた感触が手から伝わってきた。
「……よし」
素早く小瓶のふたを開け、『魔力核』に近づける。
すると――
「おっ、きたきた」
セパを突き刺したあたりからふわりと淡い光の塊が浮き出てきて――小瓶の中にするん、と吸い込まれていった。
急いで蓋をする。
「……これでよし、と」
小瓶を透かして見ると、内部に淡い光の塊が浮かんでいるのが見えた。
ミノタウロスの死体が魔力の粒子となり消滅したのは、そのすぐ後だった。
「おい、あんたら大丈夫か?」
こっちの仕事が片付いたので、冒険者たちに声をかける。
「……あ、ああ」
四人は危機を脱した安堵感からか、放心状態だ。
「もうダンジョン探索なんてこりごりだぜ……」
「し、死ぬかと思ったのじゃ……」
それにしてもコイツら……落ち着いてみてみれば、女魔術師はともかくとして、どいつもコイツも顔つきがイカついかチャラいかのどちらかだ。
男たちの年齢は、二十代前半から三十代ほど。
言ってみれば、街のアウトローのような風体だ。
そして女魔術師はというと、彼女は十代後半くらいだろうか。
髪はピンクブロンド。
顔立ちは綺麗に整っており、かなりの美少女だ。
ただ、少々言動がおかしいのが気になる。
なんというか、言葉の端々になぜか妙な既視感を感じるのだ。
さきほどからその違和感の正体を思い出そうとしているのだが、どうにも判然としない。
どこかで出会った気がするような、ないような……
そんなことを考えていると。
「なあアンタ」
冒険者の一人がどうにか気を持ち直したのか、声を掛けてきた。
「マジで助かったよ。……しかし、まさかアンタに死ぬほどデカい貸しを作っちまうとはな。一生頭が上がらねえよ」
深く頭を下げてから、ものすごくバツの悪そうな顔で俺をまじまじと見てくる冒険者の男。
「……あ」
そこで思い出した。
コイツ、この前リタの鞄を強奪しようとしてたヤツじゃねーか。
「おい、お前……」
「待て! 待ってくれ! あのときは悪かった! こっちにも事情があるんだ!」
一度鞘に納めたレインにふたたび手をかけた俺を、男が慌てた様子で制止してくる。
「……一応、訳は聞いてやる」
とりあえず、先を促す。
「……こっちにものっぴきならねぇ事情があってな。俺らはどうしても魔物の魂が必要なんだ。……あの子にも、最初は穏便に済ませたかったから、少なくねえ金を払うって言ったんだ。だが、拒否されちまった。だから――」
男が説明を始めた。
◇
結論から言うと、冒険者たちの話は、ありきたりなものだった。
いわく、連中のボスが重い病にかかった。
いずれ死に至る病だそうだ。
しかしお抱えの魔術師……そこにいる女魔術師ノンナによれば、延命方法に心当たりがあるとのことだった。
そのために、魔物の魂をはじめとした素材が必要で、それらを集めるため奔走している。
ざっくりまとめるとそういうことだった。
一応連中はイカツいものの裏社会の人間でないらしい。
はっきりと名前を出さなかったが、とある商会に属する人間だそうだ。
いずれにしても、あるかも分からない延命方法のために他人の素材を強奪したり冒険に出ることではなく、ボスの後継者でも探すことではなかろうか……と思ったが、さすがに口に出しては伝えていない。
連中はまだ先を目指すそうだ。
じっさいのところ戦闘力自体はそう酷いものではなかったし、また『モンスターハウス』のような罠を踏まなければ大丈夫だろう。
『ご主人、これからの予定は?』
出口が見えてきたところで、セパがそんなことを聞いてくる。
「決まってるだろ」
俺は言った。
「お前のためにゲイザーを捕まえるっていう仕事が残ってる」




