第116話 『冒険者救助』
「うわあああぁぁぁーーーー!!!」
『ブモオオオォォォーーーーッ!!!』
通路の奥から突如誰かの叫び声が聞こえてきた。
次いで、魔物と思しき咆哮。
『『「…………」』』
三人で顔を見合わせる。
こんなダンジョン深くで聞こえる人の声なんぞ、冒険者以外にはありえない。
それに叫び声が聞こえた以上、形勢が不利な可能性が高い。
さすがにこのまま見過ごすわけにはいかなかった。
「……二人とも戦闘準備だ。実体化を解いておけ」
『了解です、ご主人!』
『よっしゃ、戦いの予感!』
元気な返事とともに二人の姿が消える。
それを合図に、俺は叫び声の聞こえた方角へと一気に駆け出した。
◇
「……いた」
狭い通路を抜けた先は、ホール状の空間だった。
縦横50メートルほどの広間に、大量の魔物がひしめいている。
種類は、赤悪鬼に豚頭鬼、そして目当ての牛頭鬼。
三種ともいわゆる『オーガ種』に分類される。
愚鈍ではあるものの巨体かつ怪力で重量武器を扱うため、概して危険度が高い魔物だ。
それが、ざっと数えただけで三十体近くいる。
普通の冒険者ならば、確実に死を覚悟するような状況だった。
「くそ、なんなんだ! こいつらいきなり現れやがったぞ!」
「だから俺はあの宝箱を空けるなって言ったんだよ!」
「クソ、クソ、クソ……! こんなところで死にたくねぇよ!」
「おお、おおお、お前ら……お前ら落ち着くのじゃ!」
『『『ブモオオオオオォォォォォ!!!!』』』
魔物たちの奥から、冒険者たちの叫び声が聞こえてくる。
連中の状況までは確認できないが、少なくとも生きてはいるらしい。
このまま間に合えばいいんだが。
『ご主人、空間の広さの割にずいぶんと魔物の密集度が高いですね? それに複数の魔物であのように群れているところは、初めて見ました』
聖剣状態のセパが、至極まっとうな疑問を呈してくる。
それに対する答えは、すでに出ている。
「見ろ、広間の隅に開いた宝箱があるだろう。あいつらはあれを開けちまったんだ。こいつは『モンスターハウス』という罠の一種だ」
『もんすたーはうす? なんだか楽しそうな名前だね? レッツパーリーな感じ!』
レインは能天気にそんなことを言っているが、あれはダンジョンの罠の中では最悪レベルの代物だ。
起動の仕掛けは、たいていは宝箱だとか祭壇の宝物の姿をしている。
欲に目がくらみそいつを開いたり持ち上げたりすると……結果は目の前のとおりだ。
冒険者ギルドが公開している罠の情報によれば、即死系の罠に分類されている。
要するに絶対に引っかかってはいけない罠ということだ。
もっとも、罠自体はかなりあからさまに設置してあるから、少しでも経験を積んだ冒険者ならば、通常は引っかかることはない。
それを起動してしまったということは……
そこの冒険者たちが完全なド素人か、よほどバカで欲深いか、どんなに怪しい宝箱であろうと開けざるを得ないほど切羽詰まった状況だったか……
理由はさておき、彼らを見過ごすことはできない。
「レイン、全力で行くぞ。ひとまず目の前の五体ほどを一気に削り取る。それで冒険者たちまでの道を切り開く」
『りょーかい、マスター!』
「いくぞ!」
レインの返事を合図に、一息で魔物の群れに接近。
まずはこちらに背を向けたままのオークの胴体を薙ぎ払った。
『…………!?』
――ボシュッ!
こちらに気づかないまま、オークの巨体が最大出力の『魔力漏出』で消滅する。
「次!」
『ガゥッ!?』
隣のレッドオーガはこちらに気づいたようだが、そのときには既に胴体が上下に分かたれた後だ。
――バシュン!
驚いたような顔のまま、レッドオーガが消滅。
「もういっちょ! さらにもういっちょ! オラオラオラオラッッ!!」
――ボシュ! バシュッ! ボシュン!
この手の魔物は、力は強いが反応は鈍い。
じっさい魔物たちは、俺たちをまったく認識していなかったようだ。
面白いほど無反応のまま、次々とレインの餌食となっていく。
そして――
あっという間に五体ほどの魔物が魔力の粒子と化し消滅した。
『ひゅーっ! きーもちいいー!』
テンション高めのレインの声が頭の中に響く。うるさいが、まあ俺も似たような気分だ。
そして。
魔物の包囲網に穴が空き、ようやく冒険者たちの状況が正確に把握できるようになった。
冒険者たちは全部で四人いた。
戦士風の男三人が、若い女魔術師が一人。
彼女を守るように、男たちが三方で武器を構えている。
今のところ全員無事のようだが、あまりにも多勢に無勢。
全滅は時間の問題だ。
『ブモッ!』
……と。
一体のオークが包囲網から、静かに突出した。
ちょうど、女魔術師の背後を突く形だ。
男たちも女魔術師も気づいていない。
他の魔物が大声で吼えたり武器を打ち鳴らし威嚇を続けているせいで、意識を逸らされているようだ。
おかげで俺の存在も、魔物を含め誰にも気づかれていないが。
とはいえ、状況は切迫している。
あの豚頭は、オーガ種の中でもとりわけ人族やエルフの女性に異常な執着を示す。
そして群れの中に引きずり込まれてしまえば、あれだけの数だ、そう簡単には助けることができない。
そのわずかな間に彼女がどんな目に遭うか……想像するまでもない。
『ブヒッ!』
オークの太い腕が女魔術師のローブを掴んだ。
そこでようやく彼女が敵の存在に気づく。
「ひっ!?」
予想していなかったのか、彼女はただ小さい悲鳴を上げただけだった。
オークが群れの中に彼女を連れ去ろうとする。
「おい、ノンナさんが!」
そこで男たちもようやく気付き、慌てて彼女を助けにかかる。
だが。
『ガアアッ!』
『ブルルァッ!!』
オークが女魔術師を捕獲したのと同時に、他の魔物たちが一気に男たちに襲い掛かってきた。
そのせいで連中は攻撃を凌ぐので精一杯だ。
「クソ、こいつら同時に仕掛けてきやがった!」
「最初からこれを狙って……!」
「た、助けっ……!」
オークが群れの中に女魔術師を引きずり込もうとしている。
男たちはだれも助けることができない。
だが、俺の手は空いている。
「させるか!」
一足飛びに魔物たちの包囲網に入りこみ、件のオークに接近。
「せあっ」
レインの刃がオークの頭を刎ね飛ばす。
『ブヒッ――!?』
直後、断末魔を残しオークが消滅した。
「誰か助け……って、あれ?」
「おい、しっかりしろ! 助けに来た。もう少し頑張れ」
残る魔物たちに剣を向けたまま、俺は女魔術師をチラリと見やる。
彼女は尻餅をついたまま、呆けたような表情で俺を見上げている。
服は一部破れているが、どうやら怪我はなさそうだ。
「た、助かったのじゃ……げえぇっ!? どど、どうしてお主がっ!?」
なぜか女魔術師は俺の顔を見るなり、表情が一変。
顔を引きつらせ、指をさして震え出した。
……なんかオークに連れ去られそうになったときよりビビッてないか? この女。
「あん? 俺のこと知ってるのか?」
トレスデンで知っている顔は、元後輩のリタと最近知り合った蛇魔族のエキドナだけだ。
もしかして、誰かと間違えているのだろうか。
「……っ!? し、知らぬっ!」
が、彼女はブンブンと首を振ると自分の口を両手で塞いでみせる。
……なんだこいつ。
若々しい見た目の割に古風な言葉遣いだし、怪しいヤツだ。
それに、なぜか彼女の言動には妙な既視感がある。
うーむ……
もうちょっとで思い出せそうな気がするのだが、喉に引っかかって出てこない。
ただ、今はこんなやり取りをしている場合じゃない。
何をするにしても、まずは魔物どもを片付けてからだ。
『ブモオオオオォォォッ!!』
『ブフォッ……! ブフゥッ……!』
『ヴオオオオオオォォォッッ!!』
多くの仲間を殺されたせいか、次々に咆哮する魔物たち。
ビリビリと空気が震える。
「ひいっ!?」
「くっ……」
そんな様子に、冒険者たちが怯んでいる。
「クソ……いくらなんでも数が多すぎる! おいアンタ! 助けてくれたのは感謝するが、さっさと逃げろ! お前まで死ぬぞ!」
男の一人が魔物に武器を向けつつも、俺に声を掛けてきた。
「気遣ってもらって悪いが、そいつは無理な相談だ」
『ガアアアァァァッ!』
すでに数体のレッドオーガが一気にこちらに襲い掛かってきていた。
完全に俺も敵と認識されている。
「レイン、さっさと片付けるぞ」
『あいあーい!』
『ガアッ!』
「遅えッ!」
最初に襲い掛かってきたレッドオーガたちの攻撃をかいくぐり、ガラ空きのわき腹にレインを叩き込む。
『ガッ……!?』
――バシュン!
次の瞬間、レッドオーガの巨体が二つに分離。魔力の粒子と化し、消滅。
「この調子でいくぞ!」
『りょーかい!』
『『ガアアァァァッ!』』
「……シッ!」
――バシュン! バシュン!
レッドオーガは怪力だが、鈍重だ。
俺にとって、連中は試し斬り用の木偶と大して変わらない。
「おい、ウソだろ……レッドオーガ三体を一瞬で!?」
「なんじゃアイツ……」
背後で冒険者たちの声が聞こえるがスルーだ。
他にも魔物は大量に残っているからな。
サクサク行こう。




