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第113話 『職権濫用魔女』

「な、な、なんだってええええぇぇぇぇぇっ!?!?」


 抜けるような青空の下。


 カミラ魔道具店に、絶叫が響き渡った。


 声の主は、店主カミラだ。


 彼女は朝食の載ったテーブルをバン! と両手で叩くと勢いよく立ち上がり、近くにいたマリアの肩をガッ! と掴みユサユサと激しく揺さぶった。


 その顔は、半泣きだった。


「マリアッ! なぜ! それを! 早く伝えてくれなかったんだ……ッ!!」


「そう言われましても……聞かれませんでしたので」


 彼女は慌てず騒がず、いつもの無表情でそう返した。


「ぬ、ぬああぁぁぁ……」


 カミラが奇妙な鳴き声を上げる。


 マリアの肩を掴む手が緩んだ。


 ……と思ったら、彼女はガクリと膝をついてしまった。


 完全に抜け殻だった。


「ご主人様、魂が口から抜けてますよ」


 もっとも、このように様子がおかしくなったカミラの姿を見るのは、マリアも初めてというわけではない。


 確か前回は、将来の旦那様(マリア調べ)であるブラッド氏と、『屍竜の谷』という場所から帰還したあとのことだ。


 あの時は一日中夢遊病者のように家の中を彷徨っては、「マリア、不純な愛というのもこの世に存在するのだよ」とアンニュイな表情で口走ったりだとか、「もう終わりだ……私の中の獣が解き放たれてしまった……」などとうわごとを口にしながら頭を抱え悶えてみたり、なにかよく分からない奇声を発しながら壁に頭をガンガンと叩きつける奇行を見せていた。


 今回はそのときに比べれば、まだマシな方である。


「確かに、私は聞かなかった……! ブラッドがトレスデンに一人で向かい、しばらく帰ってこないかどうかなんて……!」


 そこでカミラの首だけが、ぐりん、とマリアの方を向く。


 マリアは「あら、ご主人様も実は自動人形だったのでしょうか?」と思った。


「いつだ! いつ帰ってくる! ブラッドは!」


「ご主人様、心なしか言語能力が怪しくなってきていますよ。ステラさんが御使いから戻るまでに直してください。そうですね、帰還予定は……トレスデンまで往復で2週間ほどですから、早ければ3週間後でしょうか。目的からすすれば、もう少々かかると思いますが」


「なんということだ……セパ君用の自動人形、2日で仕上げたというのに……!」


「ご主人様、さすがです」


「憎い……私の恐ろしいほどの手際の良さが、今は憎くてたまらない……!」


 ちなみに自分の身体を造り上げるのに、ひと月以上を要したと聞いている。


 あれから5年以上は経っている。


 ご主人様のたゆまぬ努力と研究により技術革新があったことは想像に(かた)くない。


 だがそれでもひと月以上から、不眠不休ゆえ実質たった1日への期間短縮は……完全に異能の域だ。


 愛の力とはこうも容易く人の限界を超えるのか。


 マリアは少しばかり『感動』という感情を理解したような気がした。


 そしてこうも思った。


 できれば、その愛の力というものをひと欠片分でもいいから私生活に回して欲しい――と。


 具体的には睡眠時間の確保に。


 帰ってきたら、ブラッド氏からそれとなく注意してもらうようにしましょう。


 マリアはそう決めた。


「ときに、マリア」


「はい、何でしょうご主人様」


 さっきまで自動人形もドン引きの奇行を繰り広げていた主がいきなり我に返ったときに思わずツッコミを入れてしまわないのも、優秀なメイドの条件である。


 マリアは完璧にその条件を満たしているという、自負がある。


 なので。


 いろいろ胸に渦巻く感情は表に出さず――彼女は何食わぬ口調で主に返事を返した。


「魔術師ギルドに行って、転移魔法陣の使用許可を申請しておいてくれないか。私はブラッドに自動人形を届けるため、トレスデンへ向かうため準備を急がなければならなくなった。これから街に買い出しに行ってくる」


 役目が逆では? とマリアは思った。


 それと、別にご主人様がトレスデン共和国に向かう必要性は皆無では? とも思った。


 ひと月など、一瞬だ。


 だからご主人様はセパ様用の自動人形を準備して、のんびり待っていればいい。


 マリアの時間感覚では、そういう認識だった。


 だが、主の命令は絶対である。


 ゆえに、答えるべき言葉は一つしかない。


「承知しました、ご主人様」


「ああ、それとマリア。行き先は、さすがにトレスデン直行のものはないから『ヨーキ古代神殿跡地』行きの魔法陣の使用許可で頼む。あの辺りは禁域指定を受けているから、機密レベル5の申請をしておくように」


「承知しました、ご主人」


 魔術師ギルドならば何度か用事で向かったことがある。


 機密レベル5に属する許可申請ならば、訪れる先は職員窓口ではなくギルド長へ直接、だ。


 彼ならば、ご主人様と共にギルドを訪れた時に一度会ったことがある。


 問題はない。


「マリア、ギルドにはこの徽章を持っていきたまえ。それで君は私の代理人として扱われる」


「承知しました、ご主人様」


 工房のテーブルの引き出しに無造作に放り込まれていた黄金色の徽章が、マリアの手にそっと収められた。


「よし。それと、しばらくステラの世話を頼む。私が不在の間は店は閉めてしまって構わないし、防犯のため必要な防衛術式を施しておくから安心してくれたまえ。もちろん君にも扱えるように、手順書は残しておく。ああ、それと……」


 カミラが「うーむ」と少しだけ悩んだあと、口を開いた。


「今、魔術師ギルドで働いている職員の人数を確認しておいてくれないか? 一般事務の者からギルドマスターまで、全員分だ」


「……それはなぜでしょうか?」


 意図をはかりかね、マリアは首を傾げる。


「ああ、いや……なに」


 カミラが少しバツの悪そうな様子で、顔にかかった髪の束をくるくると指で巻く。


「さすがに今回はほぼ私用であるし、ギルドには多少の迷惑をかけることになるからね。一応転移魔法陣の使用に見合った何かしらは持ち帰るつもりだが……せっかくトレスデンまで足を伸ばすのだから、職員に土産くらいは買って帰るべきだろう」


「なるほど」


 さすがのご主人様も、欠片ほどの正気は残っていたらしい。


 果たしてお土産程度で転移魔法陣の私的利用を正当化できるどうかについては、自動人形であるマリアには分かりかねたが……主の指示とあれば、確実に遂行するまでである。


 ゆえに彼女が発する言葉はただ一つ。


「承知しました、ご主人様」


「うむ……それでは、行動だ!」


 カミラは頷いたあと、家を飛び出して行った。


 彼女を見送ったあと、マリアはステラの帰宅を待ってから魔術師ギルドへと向かったのだった。

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