第112話 『対話』
「……なるほど、そういうご関係だったのですね。まさか、貴方がリタをかばってくれた方だったとは……改めて、先ほどは手荒な真似をして申し訳ありませんでした」
エキドナがそう言って、頭を下げた。
あの突発的な戦闘のあと。
レインに触れたせいで昏倒してしまったリタを店舗の二階にある住居部分のソファに横たえたあと、あらためてエキドナに事情を説明することになったのだが……
存外、彼女は話が分かる魔族だった。
「いや、気にしないでいい。こっちもきちんと説明しなかったわけだし」
俺は居間のテーブルに就き、向かい側に座るエキドナに話しかける。
「そう言って頂けるのなら、私としても救われます」
言って、彼女はもう一度頭を下げた。
まあ、あの場で話をしたところで聞き入れてくれなかっただろうが……それは今さら言いっこなしだ。
彼女との会話の中で、いろいろと分かったことがある。
まずエキドナ自身のことだ。
彼女は赤銅色の肌と下半身の形状のとおり蛇魔族の一族で、元々魔族領の出身だ。年齢は……四十と少々。
もっとも魔族の寿命が人族の倍以上はあり成長も遅いことが普通だ。
彼女も見た目はまだ二十代前半ほどである。
それはさておき。
で、エキドナは思うところあって(ここは話してくれなかった。まあ彼女も色々あるのだろう)、二十年ほど前に、単身でケルツに移住してきたそうだ。
だから、彼女は魔族と人族の戦争に関わっていない。
それと、彼女の目のことだ。
彼女は生まれつきの盲目だ。詳細はぼかしていたが、そのせいで家族も含め他の魔族からあまりいい扱いを受けなかったらしい。
もしかしたら、そのせいでトレスデンに移住してきたのだろうか……などと考えたが、口には出さなかった。
もっとも幸運なことに、目が見えない代わりに他の蛇魔族と比べて温度と魔力をはるかに敏感に感じ取る才能を持っており、おかげで魔道具職人として身を立てることができたのです――と彼女は笑っていたが。
で、そんなこんなで細々と生活していたところ……リタがやってきた。
ほとんど浮浪者同然の様子で、最初彼女はまともに口がきけないほどに憔悴していたそうだ。
まあ、俺が最後に見たときもかなりひどい有様だったからな。
とはいえ彼女は、元々聖剣錬成師としての腕は確かだったのは俺も知っている。
そしてエキドナに拾われてからは徐々にいつもの調子を取り戻し、今に至る、と。
とまあ、こんな感じだった。
で、過去が語り尽くされれば、話題は徐々に今に移ってゆく。
俺はエキドナに、気になっていることを聞くことにした。
「話は変わるが、さっきあんたが使っていた魔術杖……王国では見たことのないタイプだ。込められているのは……死霊魔術だな?」
「まさにそのとおりです。私は魔道具師ですが、死霊魔術も修めております。先ほどの魔術杖は、実は彼女の発案による新製品なのですよ」
そうほほ笑んで、エキドナはソファで眠るリタに顔を向けた。
「そうだったのか」
通常、魔術杖には特定の術式を仕込み、魔力を通すことによりいつでも魔術を発動させることが可能になる、という魔道具だ。
広義では聖剣と同類の武具ということになる。
死霊術を込めるのはかなり斬新なアイデアだが、元聖剣錬成師であるリタの発案ならば納得ではある。
だとすれば、俺が勝ってしまったのは少々マズかったかな?
もう少し苦戦しておけばよかった気がする。
だが、さすがにガチなケンカで手を抜くのは……俺のプライドにも、エキドナの名誉にもよろしくない。
「……ゴホン。アイデア自体は悪くないと思うぞ。対人ではさっきみたいに動きを読まれ対処される可能性があるが、ダンジョン探索で魔物と戦う分には有用だ」
「そうおっしゃっていただけると救われます」
彼女はそう謙遜するが、生きた魔物を使役する魔物使いと違って、魔物を同行させる必要もないというのはなかなかの利点だ。
おそらく、レインのように魔力そのものにダメージを与える攻撃を喰らわない限り、そうそう損耗することはないだろうし。
この時点で相当に強いことは間違いない。
「いや、実際大したものだ。発想を形にするのはそう簡単じゃない」
言って、俺は眠りこけるリタに目をやった。
彼女は聖剣工房時代、相当に優秀だったからな。
入ってきてすぐ、先代や先輩の俺が教えた技術を真綿に水がしみ込むような速度で習得してゆき、あっという間に一人前になった。
工房主がザルツに変わらなければ、今頃王都でも有数の聖剣錬成師になっていたはずだ。
その技がこうして別の形で花開いたと思えば……悪くない気分だった。
……ただ、寝顔は間抜けだが。
つーか魔力欠乏で昏倒しているのに半目でヨダレ垂らして気持ちよさそうに寝てるんじゃねえよさっさと起きやがれ。
と、そのときだった。
「む……はっ!? 師匠!? 先輩!?」
と、俺の念が届いたのかリタが目を覚まし、ガバッ! と起き上がった。
「起きたか」
「……なんだか、先輩にすごく褒められている夢を見ていた気がするッス」
「まだ寝ぼけてんのか?」
「ようやく起きましたね、リタ」
エキドナがホッとしたように肩の力を抜いた。
「すいません……なんか急に貧血を起こしたみたいになってしまって」
そういうリタの顔色は、まだ少し青い。
「それは俺の聖剣に触れたからだ。もう少し寝てろ。ごく軽いとは思うが、魔力欠乏に陥っていたはずだからな」
「えっ、そうなんですか? 先輩の聖剣、ヤバ……昔錬成してたヤツのどれよりもデンジャラスじゃないっスか!?」
「まあ実戦仕様だからな」
「そういえば、その剣でブラック・ドッグの霊体を一瞬で消し去ってましたからね……恐ろしい性能です。もう一本の短剣も、もしや……」
「まあ、そうだな。あっちは魔力や呪詛を『切断』する力がある。最後の一帯は、杖と霊体の魔力経路を断ち斬った形になるな。そっちはまだ、霊魂の形で家の中を彷徨ってるんじゃないか?」
「えぇ……なにそれ怖……」
「なんという……」
リタとエキドナがドン引きした様子で呟いている。
師弟で褒めそやすんじゃない。
胸のあたりがムズムズして落ち着かなくなるだろ。
『ドヤァ……』
『ふふーん』
セパとレインが俺たちの会話を聞いてたらしく、念話経由で得意げな息遣いが聞こえてきた。
おっと、そういえば二人を紹介していなかったな。
どうやらエキドナは魔力で存在を検知していたようだが。
「そうだ、二人に紹介したいヤツがいるんだ。セパとレインだ。二人とも実体化していいぞ」
『ドヤァ……』
『おいすー!』
セパはキメ顔で、レインはいつもの軽いノリで俺の背後に出現した。
「このちんまいのが聖剣『セパ』、そっちの金髪が聖剣『レイン』だ。しばらく俺たち三人でケルツに滞在するから、よろしく頼む」
「……なっっ!?!? 人造精霊っていうかほぼ人じゃないッスか!?」
「これは……剣の精、というものでしょうか……!?」
リタとエキドナが驚きのあまりガタッ! と同時に立ち上がる。
うん、二人ともいいコンビだな。
……その後エキドナとリタの二人に夜遅くまで質問攻めにあい、どうにか宿に戻れたのは日付が過ぎてずいぶん経ってからだった。




