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第11話 『魔女の悪だくみ』

「それで……この面倒ごとの種はどこで拾ってきたのかな?」


 珈琲を飲んで落ち着いたころ。


 カミラがテーブルの上で寝息を立てる獣人少女をちらりと見やる。


「さっきも言ったが、ダンジョンだ。第七寺院遺跡だったかな」


「……ふむ」


 カミラが嫌そうに顔をしかめた。


「何か気になる事でもあったのか?」


「いや……ね。面倒ごとの中でも特上の面倒ごとだよ、この子は」


 カミラは立ち上がるとテーブルの前まで行き、獣人少女の髪をかきわけた。


「見たまえ。彼女の首筋には『奴隷紋』が刻まれている。ほら、ここだ」


 彼女の指さした先、獣人少女の首筋には複雑な紋様が刻まれていた。


 紋様は細かい文字――おそらく魔術文字(ルーン)だろう――で構成されている。内容は、門外漢の俺には分からなかったが。


「術式を見るに、かなり強力なもののようだね。所有者に反抗心を抱くと全身に苦痛を生じさせる術式に、反撃をしないよう強制的に肉体を弛緩させる術式。ほかの術式も、どれもこの子の尊厳を踏みにじるようなものばかりだ。この子がここに来るまでに、どんな酷い目に遭ったのか……想像するだけで反吐が出そうだよ…………む?」


 カミラは何かに気づいたかのようだ。


 奴隷紋を指でなぞりながら、一点を凝視している。


「何かおかしな点でもあったのか?」


「いや、なに。どうやらこの奴隷紋は壊れているようでね……そうか、君の聖剣か」


 カミラがこっちを見た。


 俺もその原因に思い当たる。


「腐れの呪詛を切断したときに、同時に奴隷紋も切断したのか」


「そのようだね。……彼女は自由だ」


 お互い顔を見合わせ、ほっと息をつく。


 奴隷紋、と聞いて一番最初に思い浮かんだのが所有者の存在だった。


 カミラの言う通りの術式が込められているのならば、さすがにこの子を返すことは心情的に憚られた。


 だが彼女の言う通りならば、その心配もなさそうだ。

 

「ダンジョンで拾った獣人の子に、奴隷紋が彫られていた。……なにがあったのかは何となく想像がつくよ。けれども、一応話を聞こう」


「そうだな」


 俺はカミラにダンジョン内での出来事を話した。


 依頼をこなしていたら別の冒険者が獣人少女を囮に使って逃げてきたこと、その先で魔剣スケルトンを倒し魔剣を回収してきたこと、などなど。


「ふん、いまだにそんなことをする連中がいたとはな」


 カミラが険しい顔でそう吐き捨てる。


「なあ傀ぐ……カミラ。奴隷紋は、あの冒険者たちが刻んだものだと思うか?」


「いや、違うだろう」


 カミラが首を振った。


「君も知ってのとおり、王国には奴隷を扱う市場はもう存在しない。そもそも周辺国においても獣人奴隷はそれなりに高価だ。たいていは専門的な技能を持ってたり、護衛用の戦闘訓練を受けていたりするからね。へたをすれば、そこらの傭兵を一個小隊迎え入れるよりもずっと高い。ここいらの冒険者たち程度では、一生かかっても無理さ」


「そうか」


 そういえば以前、元いた工房に隣国の商人が商談の護衛に獣人を連れてきたことがあったな。かなり屈強なやつだ。


 商人は彼らが戦闘奴隷だと自慢していた。


 ふとそんなことを思い出す。


「術式の過酷さから見ても、おそらくは非合法な人身売買組織から買い付けてきたとか、逃げてきた彼女を捕まえたんだろう。小さな子供ならば、獣人とはいえ冒険者なら腕力で反抗される恐れは少ないだろうし……言っていて吐き気がしてくるけどね」


「俺も同じ考えだ」


「それで、ブラッド。この子をどうするつもりだ?」


 カミラが聞いてきた。


「そうだな……」


 実のところ、とっさの行動であまり先のことは考えていなかった。


 とはいえ……やってしまったものは仕方がない。


「カミラ、しばらくお前のもとに置いてやってくれないか? 腕が治るまででいい。俺の撒いた種だ、彼女にかかる費用は俺が出すよ」


 あとは、家族がいれば返してやるか、身元が分からなければせめて冒険者登録までは手伝ってやりたい。


「いいだろう。どのみち肩と部品が完全に接合するまでは置いておくつもりだったからね。ああ、それと……」


 何かを思いついたのか、カミラがいたずらっぽい笑みを浮かべる。


「ブラッド、君はこの街で工房をひらくつもりだったね? その意思はまだ変わっていないかい?」


「当然だ」


「ならば、最初の仕事を依頼するとしよう。この子の義手を造ってくれないか?」


「……は?」


 カミラがとんでもないことを言い出した。


 マリアのスペアを使うとばかり思っていたんだが。


「一応言っておくがな、カミラ。俺は聖剣錬成師だ。魔道具技師じゃない。それに義手ならば自動人形の腕部を使えばいいんじゃないか?」


「自動人形の腕を? それでは生体に(・・・・・・・)取り付けても(・・・・・・)動かないだろう(・・・・・・・)。君はそんなことも知らないのかい?」


「知るわけないだろ……」


「ともかく」


 彼女は二杯目の珈琲を飲み干してから、にやりと笑った。


「知ってのとおり、私は精霊術師だ。魔道具師でもある。精霊を『還流する龍脈』より呼び出し、適切な形に加工する知識は誰よりもあるつもりだ。たとえば、生体に馴染むよう神経を形成するように、とかね」


「なるほど」


 合点がいった。


 カミラは彼女なりの方法で獣人少女の腕を再生させるつもりだ。


 だが……ちょっとまて。


「……それ、人体実験だよな?」


 建前上、王国では魔術の実験に生きた人間を使うことは禁忌とされる。


 もちろん獣人だって人間であることに変わりはない。


 人造精霊入りの義手の装着が禁忌に触れるかどうかといえば微妙だが……


 そんな俺の葛藤を見抜いたのか、カミラはニヤリと笑みを浮かべた。


「……まさか君、このまま彼女を冒険者ギルドに連れていくつもりかい?  獣人が身体能力に秀でた種族だとはいえ、女の身空で一生隻腕で暮らすのは苦労が絶えないと思うがね? 冒険者としても、戦力にならないとパーティーを組んでもらえないかもしれない。ああ、可哀そうだなあ」


「……ぐ」


 そう言われてしまえば反論のしようがない。


「まあ、私だってこの子を危険な目に遭わせるつもりはないさ。ククク……だからこそ、君にはしっかりと働いてもらおうじゃないか」


 カミラは悪そうな笑みを浮かべてから、三杯目の珈琲に手を付けた。


 ……はあ。


 やっぱこの女、『魔女』だ。

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