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第109話 『工房時代の後輩』

 リタ・ファニックは元聖剣工房の後輩だ。


 トレスデン商人の娘で、今年で21だったかな。


 彼女は小さなころから聖剣錬成師に憧れていたらしく、16歳になったときに国を飛び出し、俺が元いた王都の聖剣工房に弟子入りしてきたのだ。


 彼女は夢をかなえ憧れの工房に入れたせいか、最初からとんでもない質問魔だったのを覚えている。


 それでいろんな職人を質問攻めにしては「仕事の邪魔だ!」と怒られていたっけか。


 もっとも素直で屈託のない性格だったから、俺なんかはいろいろなノウハウを教えてやっていたけどな。


 そのせいか、やたら懐かれてしまっていたのを覚えている。


 そして……今でもその関係は続いていたらしい。




 ◇




「いやー、まさか先輩がトレスデンまで来てると夢にも思わなかったッスよー」


「俺もお前に会えると思ってなかったよ」


 男を倒し鞄を取り戻したあと。


 俺とリタは、静かな夜の街を歩いていた。


 どうやら俺の泊まる宿と彼女の職場が同じ方向らしく、しばらく一緒に歩くことになったのだ。


「しかしケルツってのは意外と治安が悪いんだな。いきなり知り合いが追いはぎに遭ってるところに出くわすとは思わなかったぞ」


「あー……いやまあ、あれは何ていうかそうともいうというか」


 俺から目を逸らし、妙に歯切れの悪い言葉を返してくるリタ。


 もしかして答えにくい質問だったか?


 少々気まずい空気が流れる。


「あー、悪い。忘れてくれ。変なことを聞いちまったな」


「いや、大丈夫ッス! まあ先輩なら……ほら、これッス」


 リタは逡巡してから鞄を開き、中身を見せてくれた。


 財布や小物類などに混じって、特徴的な形の小瓶が入っているのが確認できた。


「なるほど、封印瓶か」


「ですです! 別にケルツ全体が危ない街ってわけじゃないんスけど、持ち物が持ち物なんで、たま~にこういうことがあるっていうか」


 封印瓶は、小瓶の形状をした魔道具で、主に形のない魔力や霊魂の類を保管するために用いられる。


 俺たち聖剣錬成師には馴染みのある道具だ。


 つまり彼女は、精霊魔術師から人造精霊の御霊を買い付けて、職場に運んでいる最中だったのだろう。


 一般的に人造精霊は非常に高価だ。


 アウトローどもの手に渡れば、それなりの価格で転売できる。


 それで、狙われたのだろう。


「そうか。まあ、相手は災難だったな」


 確か彼女は、親父さんの方針で小さい頃から拳闘士の道場に通っていたらしく、そのせいでケンカがとんでもなく強いのだ。


 そのへんの輩なんぞ、屁でもないだろう。


「はは……結局先輩に助けてもらった格好になったッスけどね」


「気にするな。いくら不利になったからといって毒ナイフは反則だろ」


 おそらくさっきの輩は、冒険者くずれだ。


 彼女のようにまっとうに生きている人間には、少々荷が重いだろう。


「そういえば……もう大丈夫なのか?」


「あー……、今はなんとか」


 俺の聞かんとすることを察し、たはは、と曖昧な笑みを浮かべるリタ。


 彼女は聖剣工房時代、ザルツに目を付けられ、ひどいパワハラを受けていた。


 噂では、商人の娘であるリタがザルツのずさんな会計に気づき指摘したからだとか、ヤツが自分の女にしようと彼女に言い寄ってフラれたのが原因だったとか、そのときに持ち前の腕っぷしの強さでヤツを思いっきり張り倒したからだとも言われていたが……


 いずれにせよ、それを境に持ち前のハイテンションと笑顔が徐々に消えてゆき、無口になり、いつもなら絶対にしないようなミスを連発するようになり、それでまたザルツに罵倒され、日に日にやつれている姿は……見ていて辛いものがあった。


 結局、俺も彼女をかばったせいでザルツに目を付けられることになったのだが……それでも、もっと早くそうしていれば良かったと今でも思う。


 だから。


 こうして彼女が異国の地で笑顔を取り戻しているのなら、俺としては救われた気になる。


「……そっか」


 すっかり寝静まった街の中、しばらく無言で歩く。


「そういえば、先輩はまだ聖剣錬成師続けてるんスか?」


 しばらく歩いていると、思い出したようにリタが話しかけてきた。


 もしかしたら、沈黙が気まずかったのかもしれない。


 ザルツに目を付けられるまでは、とにかくよく喋る子だったからな。


「ああ。けど、ちょっと前にザルツんところは辞めてな。で、今はオルディスで自分の工房を開いている」


「ええっ、マジッスか!?」


 静まり返った路地に、リタが大声が響き渡る。


 普段ならば静かにするように窘めるところだ。


 だが今日ばかりは……その大声がなんだか懐かしくて、そのまま彼女に応じてしまう。


「おう、マジマジ」


「スゲー! 先輩、めっちゃ出世したじゃないッスか!」


 昔のようなハイテンションで、俺の手を両手でギュッと握り、ブンブンと振ってくるリタ。


 こいつ、昔から思っていたがまるで犬だな。


 なんか耳と尻尾が幻視できそうだ。


 コイツの前世は獣人だったのかもしれない。


「お、おうありがとな。だが、さすがにこの時間にそのテンションだと近所迷惑だぞ」


「あっ……サーセン先輩! つい、嬉しくて」


「いや、いんだけどな」


 これだけ喜んでくれるのなら、俺としても嬉しい限りではある。


「あ、そういえば先輩。今あたしも工房で働いてるんス。ジャンルはちょっと違うッスけど、前のスキルを活かした転職ってやつッス。……何だと思いますか?」


 と、リタがそんなことを言ってくる。


 どうやら照れ隠しで話題を変えたいらしい。


 まあ、俺としてもそっちの方が助かる。


「そうだな。魔道具屋とかか?」


 彼女は元聖剣錬成師だ。


 元気娘の印象が強いが手先は器用で、魔術の才能もあった。


 それを生かせる職場ならば……魔道具屋だろう。


「うーん……半分正解ッス」


 リタがニシシ、と悪戯っぽく笑う。


 なんだそれ。


 とはいえ、せっかくの再会だ。


 彼女に付き合ってやることにする。


「じゃあ、もう半分は?」


「それは……」


 言いかけて、リタがふと俺の目を見た。


「先輩、これから少し時間ありますか?」


「別に構わんが……なんだ?」


 宿泊しているのは、それなりに値の張る宿だ。


 多少戻るのが遅くなっても、文句は言われんだろう。


「今の職場、お見せしたいと思って。あと、あたしの師匠も紹介したいと思って」


 なんと、職場への招待の申し出だった。


 だが彼女は俺を驚かせたいのか、この場で自分の職場を明かすつもりはないようだ。


 俺もこれから宿に帰って寝るだけだからな。


 せっかくだから誘いに乗ってやろうじゃないか。


「いいのか? もう夜も遅いぞ」


「あー、大丈夫ッス。ウチは夜遅くまで店開けてるんで。……やっぱ先輩、ノリだけはいいですよね」


「ノリだけってなんだよノリだけはって」


 そもそも俺、ノリいいのか……?


 なんかコイツに乗せられてるだけのような気がするんだが。


「ニシシ……!」


 だがまぁ、彼女の快活な笑顔を見ているとそんな気分も吹き飛んでしまう。


『あらあらまぁまぁ見てくださいレインさん! なんとご主人には現地妻がいるみたいですよ!?』


『……マスター、結構女たらしだよねー』


『二人ともうるせえ! リタはただの後輩だ!』


 などと聖剣たちと念話で言い合いをしつつ。


 俺たちはリタの職場に向かうことになったのだった。

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