第107話 『路地裏の声』
「はあ、疲れた……」
すでに外は夕暮れ時だった。
日中の熱さは薄れ、通りには涼し気な風が吹いている。
俺はギルドの入口の扉を閉めると、凝り固まった肩をゴリゴリとほぐし、ため息を吐いた。
『それにしても、ずいぶんと熱烈な歓迎でしたね、ご主人。まるで王族か英雄のようでした。あのような待遇ならば、毎日でも通いたいところですね』
『でもまー、おやついっぱいくれたじゃん? あーしは大満足だよー』
ちなみに俺が聖剣錬成師であることもすでにバレて(?)いた。
おかげでセパとレインの紹介することになった。
あとはまあ……お察しである。
ギルマスができた人でよかった。
とはいえ、である。
『ご主人、もう用事は終わりですか?』
そんなこともあって、現在セパとレインは実体化している状態だ。
二人は何かを期待するような顔をしている。
「ああ、今日の予定はこれで終わりだ」
俺は頷く。
『予定フリーってことはー?』
「決まってるだろ。観光だ!」
『さすがご主人!』
『やたー!』
俺の言葉に、セパとレインのテンションは爆上がりだ。
今回のトレスデン来訪の目的はゲイザーを探すことだが、こんな夕方から行動する気になるかといえば、答えは否である。
というか最近羽を伸ばしていなかった気がするしな。
せっかくだし、宿に向かう前に異国の街を堪能しようと思う。
『それでご主人、まずはどこに行きますか? 私の勘では、もう少し先に手おトレスデン名物、屋台街が――』
「そりゃ観光の目玉といえば、素材屋巡りだろうが」
それ以外、何があるというのか。
異国の首都の素材屋。
なんと甘美な響きだろうか。
俺のまだ見ぬ、あるいは王国では絶対に手に入らない素材の数々が俺を呼んでいるに違いない……!
『はあ…………ご主人は何か悪い病気に冒されていますね……もちろん頭の、です。多分病名は『素材ちゅきちゅき大ちゅき病』とかそんなのです』
『あーしはご飯が食べたいなー……』
俺の提案で、聖剣たちのテンションが最低になった。
「………………まあ、それは冗談だ」
分かっている、分かっている。
街の装いは完全にディナータイムのそれだ。
俺の腹時計も、然りである。
もちろん初めて来た街を当てもなく彷徨い、偶然見つけた素材屋に突撃するのも楽しいものだが……それをするには、さすがに腹が減りすぎていた。
なので、ここは二人の意見を尊重することにする。
「今日はもう遅い。素材巡りは明日に取っておこうか」
『ほっ…………』
『それじゃあー?』
セパはあからさまに安堵した顔になり、レインは希望に満ちた表情を取り戻した。
現金な聖剣どもである。
まあ、そんなところも可愛らしいのだが。
「うむ」
俺は偉そうに腕組みなどをしつつ頷いてみせる。
それから腕を伸ばし、街の向こう側をビシッ! と指さした。
「これより俺たちは屋台街に突撃する。異国の料理満載の激戦地だ。食い倒れに注意しろ。お前ら……準備はいいか?」
「当然ですとも!』
『当たり前だし!』
というわけで、まずは異国の料理を堪能することになった。
◇
トレスデンは荒野にできた国だ。
商人が交易のためにこの地を開拓するまでは、遊牧民や獣人の部族が大地を駆け、獣や魔物を狩っていたらしい。
だからだろうか、この国では普通の牛や羊のほか、食用になる魔物肉を使った料理が多い。
そして、王国に比べるとかなり暑い気候からそれらの食料を守るため、料理には香辛料がふんだんに使われている。
要するに何が言いたいかというと……
屋台街に足を踏み入れたあたりから食欲をそそりまくるエスニックかつ香ばしい匂いが立ち込めていて辛抱たまらん。
『ああああ……ダメです、私の魂があの串焼きを食べろと胸の内で囁き続けています……ご主人、串5本を所望します。もちろん全部違う種類のやつで』
『あー、マスターあのお店いこうよ! 鎧牛のてーるすーぷ? なんのスープかわかんないけど美味しそう!』
「慌てるな二人とも! まだ慌てる時間じゃない。まずはエリア全体を見て回って、最初の一口にふさわしいメニューを探し出すんだ。入念な偵察こそが勝敗を分かつ……!!」
『そのような小賢しい作戦、この場を支配する暴力的な香りの前ではなんの役にも立ちませんよご主人! さあ早くあの羊肉の串を!』
『あっ、マスター! あっちの鉄板焼きも食べたい! ソースを絡めて焼いた麺だって! しかも猪肉入り! あれが欲しいかも!』
ダメだ、コイツら……
完全に食欲の奴隷と化していて、理性を失っている。
まるで血肉を求めるアンデッドだ。
とはいえ、俺の理性も崩壊寸前だった。
……よし、まずはセパの希望通りあそこの串焼き屋から始めよう。レインには焼き麺とスープだ。
そうと決まってからは、行動は迅速だった。
「まいどー!」
最初の食べ物を購入して、近くに置かれたイスとテーブルを確保。
料理を食べやすいようにテーブルの上に並べる。
食欲に任せて買いまくったせいで、いささか多すぎる気もするが……きっと気のせいだろう。
「ごくり……」
さて……運命の時間だ。
俺はセパと同じ串焼き。
ただし俺は角軍鶏とかいう鳥型魔物のネック、セパは順当にラム肉のサーロイン。
どちらもたっぷりの香草とタレに漬けてあり、抗いがたい香りを漂わせている。
レインは独特の香りを放つ焼き麺と鎧牛という魔物のテールスープだ。
『『「いただきます!!」』』
声を揃えて、三人同時に食べ物にかぶりついた。
『『「うめぇ(うまーい)!!!」』』』
思わず全員で叫んでしまう。
俺の串の肉……角軍鶏については屋台の店主にどんな姿をしているか聞いたところ、トサカの代わりに鋭い角が何本も生えており、その角と強靭な鉤爪で獲物を引き裂いて喰らう獰猛な鳥型魔物だということだった。
その角を支える首周りの筋肉は非常に強靭で、それが十分な噛み応えを生んでいる。
もちろん噛み切れないというわけでもなく、適度な弾力と歯切れのよさが心地よく、噛めば噛むほど肉の奥から暴力的な旨味があふれ出てくるのだ。
叫ばない方がおかしい。
そしてそれらを最大限に引き立たせるのは、トレスデン特有のたっぷり香草と漬けダレの濃厚な香味と甘辛さ。
まさに王国では味わえない異国の料理だった。
『ハフッ、ハムッ……』
『ズルルッ、ズルルルッ!!』
セパとレインはもはや無言で料理を貪っている状況だ。
しかし、そんな勢いで食事をしていれば、あっというまにテーブルの上は空っぽになる。
だが、俺の食欲はまだまだ収まる気配はない。
「よし……それじゃあ第二回戦、開始といこうか?」
『さすがご主人、男前!』
『そうこなくっちゃ! マスター大好き!』
その後、俺たちは腹がはち切れそうになるまで屋台を攻略し続けたのだった。
◇
「はあ……食った食った」
『うう……ご主人、苦しいです……』
『ふあぁ……あーし、今すっごい幸せだよー……』
至福の時間というのはあっという間に過ぎ去るものだ。
結局腹いっぱいになるまで屋台街で飲み食いを続け、気づけば夜空は満天の星々に彩られていた。
屋台街もところどころ照明を落としており、周囲は静けさが満ち始めている。
「そろそろ帰るか」
腹と心を満足感で満たした俺たちは、宿に戻ることにしたのだが……
夜風に当たりながらのんびり大通りを歩いていた、その時だった。
「ちょっ……何するんですか! 変なとこ触らないでくださいッス! ていうかこれは別にお金じゃないッスよ――」
「るせぇっ! 大人しくそいつをよこしやがれ!」
建物の隙間に伸びる路地の奥から、誰かの争う声が聞こえてきた。




