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第102話 『閑話④:シルさんがしつこい』

「ブラッドさん! なんでランクアップ拒否するんですか!」


 昼下がりの冒険者ギルドに、シルさんの大声が響き渡った。


 依頼を終え談笑していた冒険者たちが、ぎょっとしたようにこちらに顔を向けてくる。


 肩身が狭い。


「シルさん、声が大きいって!」


「あっ、すいません……つい興奮してしまって」


 俺がなだめると、シルさんは顔を赤らめて口元を押さえた。


「ともかく、これ以上の昇級(ランクアップ)なんぞ御免被る」


「なぜですか!? 等級Aですよ!? 王国の冒険者が誰しも憧れる地位なんですよ!?」


「いや……だってな……俺、本業聖剣錬成師だし……」


 すでにこの押し問答、小一時間続いている。


 そろそろ勘弁してほしいんだが……




 ◇




 魔剣狩りの一件から、一週間ほどが経った。


 ダンジョンからオルディスに戻ってから、三日がかりで冒険者ギルドと商工ギルドへの依頼完了の報告を済ませ、ぼちぼち不足していた素材集めに出向こうかと思っていた、そんな時だった。


 今回の作戦を取り仕切っていたシルさんから、依頼に関する書類について至急確認したいことがあると連絡が入ったのだ。


 いつも世話になっている彼女からの連絡だ。


 急いで冒険者ギルドに出向いたところ……一枚の書類を差し出された。


 書類のタイトルは、「昇級に関する同意書」。


 どうやら俺に確認してほしい書類とは、等級アップに関するものだったらしい。


 これにサインして欲しい、シルさんはそう言った。


 もちろん拒否一択だ。


 理由は……言うまでもないだろう。


 つまり面倒だからだ。いろいろと。


 しかし、何度断っても今回ばかりは彼女が食い下がってきて折れなかったのだ。


 結果。


 こうして小一時間、押し問答が続いている。


「ともかく、こいつにはサインできない」


 俺はシルさんから差し出された書類を突き返した。


 通算15回目の却下である。


「くっ、ですが……!」


 シルさんいわく、これまでの実績に加え今回の依頼が決め手となり、ギルド内で話し合い俺の冒険者等級を上げることにしたらしいのだが……


 俺からしたら、余計なお世話以外の何物でもない。


「何度でも申し上げますが、等級Aですよ!? もちろん後日、形だけ昇級試験は受けていただくことになりますが……それで、名実ともに高ランク冒険者になれるんですよ!? 断る理由なんてありはしないはずです!」


「断固拒否だ」


 16回目の「断固拒否」を発動。


「くっ……! な、なぜですか……!?」


 さすがに心が折れ始めたのか、半歩ほど後ずさり言葉を返してくるシルさん。


 なぜ……と言われてもな。


「何度も言っているが、俺は聖剣錬成師だ。冒険者が本業じゃない。ほどほどの等級があればそれでいいし、今回はたまたま利害が一致しただけだ」


 確かに等級が上がると難度の高い依頼をこなすことができる。


 等級Aならば、国内のほとんどのダンジョンで探索が可能となるだろう。


 それ自体は得難いメリットだ。


 今までお目にかかる事すら難しかった、レアな素材が眠るダンジョンや階層へ向かうこともできるだろう。


 だが、その代わりにギルドが指定する特定の依頼を請ける義務が発生する。


 例を挙げれば、今回合同作戦に参加したライル氏らがそうだ。


 そして、この要請はよほどの理由がなければ、拒否することができない。


 せっかくブラック工房を抜け出してマイペースに聖剣工房を営むため、このオルディスまでやってきたのだ。


 自分でレア素材を探してくるための交換条件として、冒険者ギルドの首輪付きになるなんぞ本末転倒、笑えない冗談だ。


 ともかく……聖剣錬成師として生活をするうえで、等級B以上の冒険者ランクは必要ない。


「話はそれだけか? ならば、そろそろ帰らせてもらう。午後も仕事で忙しいからな」


 今回は魔剣が大量に手に入ったからな。


 先日からカミラと一緒に解析を続けかなりの部分を解明しているが、まだまだよく分からない部分も多い。今はとにかく時間が必要だ。


 よく分からんギルドの都合なんぞ、知ったことではない。



 ……とはいえ、である。



 これらの魔剣を得られたのは冒険者ギルド(と商工ギルド)の依頼によるものなのは確かだ。


 それに彼女のメンツをつぶすような真似をするのも、本意ではない。


「…………」


 カウンターから数歩離れたところで、足を止める。


 ガシガシと頭を掻く。


 はあ……俺も甘ちゃんだな。


「だがまあ……そうだな、シルさん」


 振り返らずに、独り言のように呟いた。


「レア素材が手に入りそうな依頼ならば、今後も受けるつもりはある。どんな高難度でも、な。……等級アップについては断固拒否するが」


 これが俺の精一杯の譲歩だ。


「そうですか……そうまでおっしゃるならば、仕方ありません。今回は(・・・)本人の同意が得られず、と上には報告しておきます」


 さすがにシルさんも引き際だと考えたようだ。


 観念したような気配とともに、大きなため息を吐くのが聞こえた。


「それにしても……なぜシルさんは俺にランクアップして欲しいんだ?」


 そもそも俺は素材集めのために、冒険者として登録しているだけだ。


 これは以前から彼女に伝えている。


 だいたい、昇級させるにしても俺みたいに気まぐれに依頼を受けたり受けなかったりする冒険者よりも、もっと誠実で人格も実績も相応しいヤツがいると思うんだが。


「そっ、それは……っ!」


 なぜかシルさんが口ごもる。


 そのあとに続く言葉は、いつまで待っても聞こえてこない。


 不思議に思って振り返る。


 なぜか彼女は顔を真っ赤にして俯いていた。


「シルさん?」


「っ! い、いえ……何でもないです!」


 シルさんがチラりとこちらを伺う。


 一瞬視線が合った。


「……!」


 彼女の目が見開かれ、バッ! と勢いよくそっぽを向かれてしまった。


「とと、とにかく! ギルド(・・・)はまだ諦めたわけじゃないですからね!」


「もう諦めてくれよ……」


 ギルドと言葉を濁したが、この昇級、どう考えてもシルさんのゴリ押しだろ……


 それがなぜかと言えば、一つだけ思い当たる節があるからだ。


 どうやら冒険者ギルド職員の人事システムは、自分の担当している冒険者――最近は『推し冒険者』とか言うらしい――が昇級すると、それが本人の実績となり評価が上がるようになっているらしいのだ。


 このシステムは、十年前に俺が冒険者を一度引退する時には存在しなかった。導入されたのは、三年前の戦役からだそうだ(フレイから聞いた)。


 で、である。


 どうやらシルさんの『推し』が、俺らしいのだ。


 だから俺が目覚ましい成果を上げたり昇級したりすると彼女の評価が上がり、昇進だとか給料とかにいい影響を与えることになる。


 要するに、彼女の異常な俺推しはその辺りに理由がありそうなのだ。


 まあ、そういうことならば俺もそれなりの働きをしてやることも(やぶさ)かじゃない。


 彼女には再登録の時から何かと世話になっているからな。



 まあ、今後もこんなやり取りが無限に続くことを思うと、げんなりしなくもないが……


 たまには彼女との押し問答に付き合ってやってもいいだろう。





 ……ランクアップだけは、断固拒否するが。

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