第101話 『閑話③:マリアと女子会』
マリアは自動人形である。
生みの親は『傀儡の魔女』カミラ・オストラヴァ。
彼女の精霊魔術をもって生み出された、魔導生命だ。
その存在理由は、主人であるカミラの身の回りの世話を行い、彼女の快適な生活をサポートすること。
そのために必要な、あらゆる機能と能力が付与されている。
料理に洗濯、掃除に店番。
そして――もちろん、客人をもてなす能力も完璧に備えている。
◇
「「おじゃましまーす!!」」
夕食の準備がおおかた終わったころ。
カミラ邸の玄関に元気な声がふたつ、響き渡った。
「いらっしゃいませ、セパ様、レイン様」
やってきたのは、ご主人様のご友人……否、未来の旦那様となられるブラッド氏が所有する聖剣たちであった(ご主人様がいつもそう言っているので間違いない)。
「お久しぶりです、マリアさん。今日はよろしくお願いしますね!」
「おいすー! 今日はよろしくね!」
「あっ、セパどの、レインどの、いらっしゃいませ!」
二人を出迎えていると。
小柄な影が、廊下の奥からパタパタとやってきた。
少し前に新しく同居人となった、獅子獣人のステラである。
「ステラちゃん! おいっすー!」
「おいすー、です! セパどのも、おいすー!」
「おいすー!」
互いにパン、と手を打ちわせる三人。
「レイン様……ステラさんに変な挨拶を教えないで欲しいのですが……」
「えー、いいじゃん! ほら、マリアちゃんも、おいすー!」
「……やりませんよ? さあ、どうぞお上がりください。すでに夕食の準備はできておりますので」
レインがシュパッ! と差し出してきた手をスルーしつつ、ダイニングへ向かうよう促す。
はあ……
マリアは心の中でため息をついた。
ブラッド氏の聖剣は、セパもレインも自由奔放だ。
我が家にやってくる度、何かしら爪痕を残していく。
今日は「おいすー」とかいう奇妙な挨拶だ。
まだ幼いステラの情操教育にもよろしくないと思われるのだが、残念ながら当の本人はすでに習得済みらしい。
おそらく、先日ブラッド邸に素材を届けに行ったさいに……。
とはいえ、それが間違っているとはマリアも思っていない。
自分がそう創られていないだけで、人間により近い感情を持つ彼女たちの振る舞いの方が、正しいのだ……と。
それよりも。
マリアは益体もない考えを頭の中から追い払った。
いつまでも玄関で談笑していては、せっかく作った夕食が冷めてしまう。
「さあ、皆さん。すでにお夕食ができておりますよ。続きはテーブルに就いてからにいたしましょう。今日の献立のメインは、シシ肉のシチューと川魚のパイです。デザートには、夕市で買い付けた新鮮な果物もご準備しております」
「おー、お肉にお魚に果物! やったー!」
「むほ……早くもよだれが……さあ早く行きましょう!」
「了解です!」
元気に返事してから、三人がダイニングへと駆けていく。
その後ろ姿を眺めながら、マリアは彼女たちの食事を準備すべく後をついていった。
◇
「――それでねー、ものすっごい大量の魔物が出てきて、マスターと一緒にそいつらを手当たり次第バッサバッサと斬りまくっていったんだよ!」
「ほわぁ……やはりブラッドどのとレインどのはとてもお強いのです!」
食事のあとは二階の寝室へと移動。
マリアが食器の片づけや台所の清掃を終え、追加の寝具を運び込むため寝室の扉を開くと、ステラとセパ、レインはお喋り大会の真っ最中だった。
「――そうしたらね、ご主人がとんでもない数の聖剣を喚び出して、魔物を滅多刺しにして――もちろん、ボスのとどめは私が刺したんですけどね? すべての戦いは、そのためにあったのですよ」
「セパどのも、すごいのです!」
ステラはベッドに座りながら、聖剣たちの話に聞き入っている。
彼女の目はキラキラと輝いており、尻尾はフリフリとせわしなく動いている。ずいぶんと二人の話を楽しんでいるようだ。
とはいえ、夕食を終えてからそれなりの時間が経っている。
「皆さま、そろそろ就寝のお時間ですよ。明日は三人で朝市を回るのでしょう?」
「えー、これからがいいところなのにー」
「マリアどの、もうちょっとだけお願いなのです!」
客人のレインはともかくとして、いつもは素直なステラが、珍しく懇願するような声を上げる。
「いいですか、ステラさん。あまり夜更かしすると、ご主人様のように目の下に隈ができてしまいますよ」
「むー……しかしブラッドどのは、カミラどののそんなところもお好きなのではないのですか? わたしには、そのように見えるのですが」
「それは…………………否定しませんが」
ステラもまだ幼いところがあるとはいえ、年頃の女の子だ。
ご主人様とブラッド氏の関係など、とっくに見抜いているらしかった。
そのうえで、なかなかに鋭い質問を投げ込んできたものだ。
もちろんブラッド氏の女性を見る目は確かだと、マリアは認識している。
何しろ、我が主人を選んだのだ。
それについては疑いようもない。
しかしながら、彼の『趣味』についてはまだ測りかねるところがある。
ご主人様の儚く可憐でついお世話を焼いてあげたくなるところが好みなのか、それともステラの言うように、目の下の隈に惹かれたのか。
もう少し理解できれば、ご主人様にもアドバイスできるのだが。
と、そこでマリアはハッと我に返った。
「……そうではありません!」
ブンブンと首を振り、体勢を立て直す。
危くステラのペースに巻き込まれるところだった。
私は彼女たちを寝かしつけにきたのだ。
(やはり、調子が狂いますね……)
もしかしたら、自分も彼女たちの楽しげな空気に当てられたのかもしれない。
「さあ皆さま、そろそろ明かりを消しますので――ふわっ!?」
部屋の明かりを消そうとした、そのときだった。
いきなり誰かにグイと手を引っぱられ、マリアはベッドのうえに腰を落としてしまった。
「あ、申し訳ございません! ですが……これは何の戯れですか? レイン様」
手を引いた犯人は、レインだった。
なぜか鼻息が荒い。
なんか目が妖しく輝いている。
マリアは何か危険な雰囲気を感じとった。
「ふむー! ……あーし、今日はマリアちゃんともお話してみたかったんだよね! いつもお仕事ばかりだから、たまには息抜きも必要っしょ!」
「ですが……」
「ほう……たまにはレインも役に立つことを言いますね! これであと三十分、いえ一時間は消灯時間が延長されます……!」
「マリアどの! 最近お仕事終わりにこっそりお菓子屋さんに立ち寄っているところを目撃したのです! ずるいのです! 今度はわたしも一緒に連れていってほしいのです!」
三人の攻勢は、おしゃべりの時間を引き延ばしたいがゆえ。
そんな魂胆はお見通しである。
しかし。
それはつまり彼女たちが、この楽しい時間をまだまだ共有していたい、ということでもある。
そして……マリアはこうやって皆に巻き込まれていることで、言いようのない、フワフワとした気持ちが湧き上がってくるのを感じ取っていた。
「はあ……まったく」
マリアは逡巡したのち、ため息を吐いて見せた。
そうしなければ、このよく分からない気持ちの整理が付かなかったからだ。
とても不思議な気分だった。
自分の仕事を邪魔されているというのに、不快ではない。
むしろ心地よい。
(楽しい……というのは、このような感覚を言うのでしょうか)
今日はなぜか、この気分をもう少し味わっていたかった。
だから。
「……仕方ないですね。あともう少しですよ?」
「「「やりい!!」」」
ステラ、セパ、レインが仲良くハイタッチする。
まあ、今日くらいは仕方ないだろう。
ほんのもう少し、もう少しだけ。
そうマリアは思っていたのだが……
「ふぁ…………ふぁっ!?」
ものすごい違和感を覚え、がばっとベッドから起き上がる。
すでに窓の外は明るくなっていた。




