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第10話 『精霊術師の荒療治』

「すまない。アイツの力が必要なんだ。助けてくれ」


 俺が街に戻り最初に訪ねたのは、『傀儡の魔女』の店だった。


 マリアは俺が獣人の子を背負っているのを見て、おおよその事情を察したようだ。


 すぐに扉を開き、工房へと通してくれた。


 すでにセパとレインは実体化を解いて、聖剣に収まり大人しくしている。


 さすがに二人とも、最低限の空気は読めるようだ。


 『傀儡の魔女』は例によって人造精霊を創っている最中だった。


 俺が工房に入るとすぐに彼女は手を止め、こちらを見た。


 おそらく獣人少女から漂う血の匂いに反応したのだろう。


「……その子は?」


 ジロリとこちらを睨む『傀儡の魔女』。


「ちょっとダンジョンで拾ってな。詳細を説明している余裕はない。悪いがすぐに応急処置が必要だ」


「……見れば分かるよ。片腕がない」


「腐れの呪詛を受けてから、時間が経ちすぎていたんだ。ほとんどゾンビ化していた。呪詛自体は、どうにか断ち切れたが」


「腕が腐り落ちるような状態から、よくここまで持ち直したものだ。最高位の神官でも、ここまで綺麗に治せるとは思えないぞ」


 『傀儡の魔女』が驚いた顔をする。


「まあ、セパのおかげだ」


『……ふんす』


 セパが得意げに、小さく鼻を鳴らす。


「ひとまずの状況は把握した。……ブラッド、ひとついいかな」


「なんだ」


 『傀儡の魔女』は年季の入った椅子に腰かけたまま、俺と俺の背負っている獣人の子へ視線を何度も往復させる。


「私は面倒ごとが嫌いだ。君もよく知っていると思うが」


 彼女の眠そうな半目が、さらに細くなる。


「知ってる。だが、こういうときに手を貸してくれることも知ってる」


「…………はぁ」


 『傀儡の魔女』はしばらく俺を睨んでから、大きなため息をついた。


「ずるいなぁ、君は。そう言われて、私に断れるわけがないだろう」


「すまない」


「……獣人を診る治癒術師はこの街にいない。私のところに連れてきたのは正解だよ。……これで一つ貸しだからな」


「借りは返すさ」


「そのつもりならば、まずは利子分だけ、今すぐ返してもらおうか」


 ひどい高利貸があったものだ。


「ずいぶんと急だな。……で、何をすればいいんだ?」


「私のことを『傀儡の魔女』と呼ぶのはよせ。だいたい、いつの二つ名だと思っているんだ君は。十年前のだぞ!? まったく……今後は私のことはカミラと呼べ。いいね?」


「……努力する」


 十年間ずっと『傀儡の魔女』と呼び続けていたから、すぐには無理そうだが……何とかするしかない。


「だいたい、この二つ名は冒険者ギルドが勝手に付けたものだろう……さあブラッド、はやくその子をテーブルに寝かせてくれ。マリア、準備を」


「かしこまりました」


 カミラはぶつくさ文句を言いながらも、すでにテーブルの上に載っている邪魔な小物をどけ、代わりに獣革を敷いている。


 口ではいろいろ言っているが、これが彼女の本質なのだ。


 だからこそ、これまで友人関係を続けてこれたし、この子を連れてきたのだが。


 マリアがてきぱきと準備を進めているのを横目で見ながら、俺は獣人少女をテーブルの上にそっと横たえた。


 肩から先がごっそりなくなった彼女は、苦しそうな表情でうわごとを呟いている。


 一応傷口は応急処置として清潔な布で覆い紐でしっかりと縛ってあるが、とても止血できているとはいえない状況だ。


「どうだ、治せるか?」


「無理だ」


 カミラがきっぱりと言った。


「君も知ってのとおり、私の使う魔術は『還流する龍脈』から精霊たちを召喚して行使するものだ」


「ああ、知っている」


「もちろん、精霊の中には人体を治癒する力を持つものもいる。だが、存在しないものを一から創造することはできない。そんなことは本職の治癒術師だって無理さ。君も、それを期待してここに来たわけじゃないだろう? ……マリア、術式十二番の魔法陣をここに」


「はい」


 マリアが『傀儡の魔女』に手渡したのは、小さな魔法陣の描かれた油紙だった。


 すでに俺が獣人少女に施した布やひもは取り払われ、傷口があらわになっている。


「まずは傷口をふさぐ。……炎の精霊は少々手荒だ。すこし痛むぞ」


 言って、カミラが油紙を獣人少女の傷口にあてがった。


 とたん、油紙に描かれた魔法陣が赤熱したように発光し、火の粉が舞い散った。


「ああああああっ!」


 獣人少女が叫び、苦痛に顔をゆがめる。


 油紙を剥がすと、いまだ赤黒い傷口が見えたままだったが、血は止まっていた。


「これでよし。……マリア、あれを」


「はい」


 部屋に据え置かれた戸棚からマリアが持ってきたのは、半球状の器具だった。


「これはなんだ?」


自動人形(オートマータ)用の肩関節だ。本来はマリア用のスペアだが、傷が開いている今ならば、生体に取り付けることが可能だ」


 カミラが意味ありげに俺を見る。


 彼女が何を言わんとしているかは、すぐに分かった。


「義手だな」


「ああ」


 獣人少女の腕はもう元に戻らない。


 ならば、義手用のアタッチメントを埋め込んでしまおうという魂胆だった。


「いいのか? 了承を得なくても」


「傷を癒したのちに、再度切開するのかい? ブラッド、君もなかなか酷い奴だね」


「そういう意味じゃないが……」


 とはいえ、カミラの主張は正しい。


 今のうちならば、義手用の部品を埋め込んでも獣人少女の苦痛は少ない。


 部品で傷口を覆うため、傷の治りも早いだろう。


「さあ、これでいいだろう」


 そうこうしているうちに、カミラは様々な術式と器具を使い、獣人少女の肩に部品を取り付け終わっていた。


 さすが『傀儡の魔女』の二つ名を持つだけある。鮮やかな手並みだ。


 獣人少女はいまだぐったりしているが、表情は穏やかなものに戻っていた。


 テーブルに体を横たえ、静かに寝息を立てている。


「施術は完了だ。はあ……慣れないことをしたせいで肩が凝ったな」


 そう言うと、カミラは疲れた表情で近くの椅子にどかっと腰掛ける。


「お疲れ様です、ご主人様」


「うむ」


 カミラは、いつのまにかマリアが淹れていた珈琲を受け取り、一口啜った。


 俺も手近な木箱に座った。


「ブラッド様、どうぞ」


「ありがとう」


 マリアが珈琲を差し出してきたので、とりあえず受け取る。


 深い黒色の液体を口に含む。ほろ苦く優しい香りが鼻腔を満たした。


 心なしかふっと楽になった気がした。


「珈琲には心を静める効果があると聞きます。今この状況では、必要かと思いました」


 さすがマリアだ。


 本当に自動人形なのかたまに分からなくなるが、彼女の服から露出した手や足には球体の関節が見て取れる。


 しかし彼女は、このままどこかの貴族に召し抱えられたとしてもやっていけるのでは?


 まあ、そうなるとカミラの生活が破綻してしまうだろうが。

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