第6話 朝礼って意外と大事
「おはよ~。」「ああ、おはよう。」「みんなおっはー!」「おはようございます。」「………はよ。」
みんなうるさいですね。こっちは眠いんですよ。静かにしてください。
着替えて、食堂まで歩いて……。起こしに来てくれたメイドさんが一緒に付いてきてくれなかったら今ごろ二度寝してたところですよ。
そう言えば、僕ってどうやって着替えたんですっけ?起きたところから記憶が曖昧なんですが……。
……そうだ。メイドさんが着替えされてくれたんでした。恥ずかしい。もうお嫁に行けません。およよ。
☆☆☆
ふーう。お腹いっぱいです。ごちそうさまでした。
いくら眠くても食事を摂ればそのうち目が覚めるものですね。
因みに食事はバイキング形式でした。修学旅行みたいにそれぞれの席に自分で食べたいものをよそって持ってくるやつです。メニューも特に元の世界とそこまで違うものは無かったです。さすがに飲み物のコーナーにジュースと並んでワインやビールがあったのには驚きましたが。てか水はないんですかね。
異世界なんだからヘタに水を用意するよりもアルコール類の方が衛生的で大量に確保できるところまで時代に忠実に再現しなくてもいいんですよ。(説明口調)
「勇者様方、おはようございます。よく寝れましたでしょうか?」
おや。王女さんですか。隣には……、だめだ思い出せない。軍服を着た中年のおじさんですね。腰に剣を差してて戦う人って感じがするので将軍(仮)さんとしておきましょう。
名前覚えるの面倒なので少しでも覚えやすい呼び方にしておかないと。
「はい。おかげさまで。あと、食事も美味しかったです。ご馳走様でした。」
おっ!さすが委員長。みんながどう答えようか迷ってる間にサラッと返してみせるとは。
「それはよかったです。作った者に伝えておきますね。勇者様のお気に召したと知ればその者も喜ぶでしょう。」
にこにこ顔の王女さん。可愛いですね。僕ほどではないですが。
ところで将軍(仮)さんはなんでそんな「お世辞はいいからとっとと話を進めろや」みたいな顔で2人を見てるんでしょうか。よく見ればシワが寄ってますしすごくイラついてそうですね。あまりストレスを溜め込みすぎるとハゲ───
「ソフィア様。どこの馬の骨とも分からぬ輩とわざわざ話す必要はございません。あなたは上に立つ者らしくお命じになればよろしいのです。」
───ま……すよ?やっぱそのままハゲてください。誰が馬の骨ですか!?こっちはあなた達に無理矢理連れて来られたんですよ!!
……権威を保つためとか色々理由はあるんでしょうけどね。わざわざ僕達《戦力》の前で言うのはホントに……ねえ?こちらには一人で無双できるスキルもあるしそちらに従う理由もないのに。
僕達はあくまで善意で大人しく従ってるのに……。
そんな風に扱うなんて───
───|オモわズコロしたくナルじゃナいカ《僕を舐めやがって、許さない》
☆☆☆
───彼らの行動は迅速だった。
彼らは確かに怒っていた。当然である。いきなりここに連れて来られて。それなのになんだその言い様はと。
……しかし、それと同時にその気持ちをグッと堪える程度の分別は持っていた。彼らも元の世界ではそろそろ大人なのだ。気にしてないと言わんばかりに澄まし顔を浮かべて受け流そうとした。
ところで、人は嫌なことがあった時その場から目を逸らすことが多い。だから彼らのうち、何人かはそいつから目を離して───
───そして怒りに震える少女を目撃する。
体は小刻みに震え、体の前に置かれた手は硬く握りしめられている。
そこから更に視線を上に向けると彼女の顔が目に入る。唇を噛み締め、鼻息は荒く、その目は血走り気味にそいつの顔に向けられている。そして彼女の横には空中に浮遊する食事用のナイフが今にもまっすぐ飛んで行かんと───
───やべっ。
誰がつぶやいたのか。彼らは顔も合わせず同時に、そして迅速に動き出す。
───光歪曲で彼女の視界を消失させた。
───毒素生成で彼女を眠らせる睡眠ガスを作った。
───大気操術で彼女に睡眠ガスを運んだ。
───重力制御で空中にスタンバイするナイフを叩き落した。
───念話はその状況と収束を必死に纏め、大急ぎで彼らのリーダーに伝えた。
………総勢5名による史上最も激しく、そして短い戦いであった。まさにギリギリもギリギリのタイミングである。
後もう少し気づくのが遅れていれば食事と対話の空間は殺人現場となっていただろう。そうなれば彼らの立場も余計に悪化していただろうし、最悪の場合、そのまま死体の追加が始まる可能性もあった。
………ともあれ。こうして殺人事件は未遂で終わったのである。目撃者と報告を受けた人間が黙っている限りは誰にも知られることはない。
……あとは机に顔から突っ伏して眠りに落ちている彼女がこちらの言う事を聞いてくれればだが……
今まさに自分が殺されかけたとも知らずこちらに偉そうに話しかけてくるアホとちょっと馬鹿にされただけで躊躇いもなく殺しにかかるアホを前に彼らは頭を抱えたのだった。
───朝礼って意外と大事