第2話 ここからが始まり
異世界に来た僕達と最初に接触したのは青い髪をなびかせる美少女さんでした。本人曰く、王女である彼女は僕達に近付くなり開口一番助けを求めてきた人です。あの、よく分からない空間からよく分からない場所(今度はちゃんと物質として存在している)に飛ばされた僕達は不思議さんのお陰である程度事情を把握していたのでそこまで大きく混乱することなく、落ち着きを保つことができたわけです。
……これいきなり教室から異世界に召喚されてたら混乱で相手の話を聞くどころじゃなかったでしょう。僕達のいる周りをよく見ると殺気立ってる剣を持った鎧さんや杖を持ったローブさんがいっぱいいるので、もし混乱で収拾がつかなくなったら彼らの持ち物が真価を発揮していた可能性がありますね。こうして考えてみると不思議さんがワンクッション挟んでくれたことって相当ラッキなーことでは?いや、そもそもよく分からない空間で止められるならそのまま元の世界に返してくれればいいのでは。
……危ない危ない、なんか不思議さんを好意的に見てしまうところでした。あいつはただの誘拐犯です。好意なんて感じるわけもないでしょう。
そんな被害者の僕達に誘拐犯な王女さんが話します。
「神に仕えられし使徒たる勇者様方。どうか我々をお助けください。現在、我が国では──」
……なるほど、これが俗に言う召喚系というやつですね。ライトノベルの類は一応一通りは触りで読んだことがあるのである程度は知識があります。このセリフもそういった小説の中の特に召喚系と呼ばれるものの中にあった気がします。
その小説では確か召喚されたあとすぐにスキルを調べるのですが主人公のスキルが弱く、国から追放される身となるという話だったはずです。そんな理不尽な目にあった主人公は自身のスキルを覚醒させ、新たにできた仲間と共に異世界を冒険する……という物語の展開が面白かった記憶があります。
それはさておき
流石にここは現実なのでそんな物語のようになればあっさりと死んでしまいます。なので、可能な限り彼らに友好的な関係を築く必要があります。
幸い、この世界ではスキルの存在は知られていないらしく、一通りの説明を受け、とりあえず協力に応じることにした僕達はそのまま今日はゆっくりとすることになりました。
因みに、王女さんからの説明によると──
・この国はユニレ王国と呼ばれている。
・ユニレ王国が属する大陸はレムリア大陸と呼ばれている。
・レムリア大陸には多くの国が群雄割拠しており、ユニレ王国は隣国──ビギーニン公国──からの侵攻を受けている。
隣国の侵攻初期に中核戦力を失った王国軍は一か月で領土の半分を喪失。
一刻も早く戦力を補充する必要があった王国側は大規模な動員の傍ら、数合わせの雑兵だけでは時間稼ぎしかできないと考え、動員とは別の手段で強力な戦力を調達することを模索。そんな中、王国軍が伝承にて伝わっていた勇者召喚の儀に注目。古の時代に存在していた魔王すら倒した勇者という存在であれば現状の国難も解決できるという考えのもと、多くの資源を投じて儀式は実行され、僕達が呼び出されたというわけだそうです。
ここまでの説明でわかったことは2つ。
1つ目は僕達が早々に雑な扱いを受ける心配はないということ。
僕達は所謂切り札のような存在であり、滅びの道を辿りつつある王国にとって現状を打破する唯一と言っていい存在です。なので、自分達が助かるためには僕達に手伝ってもらわないと行けないわけです。
そして2つ目は、王国は正常な判断ができないほどの、想像以上の末期ということです。
先ほど王国は滅びの道をたどっていると述べましたが、それでも逆に言えば国土の半分が残っている上に、大規模な動員で兵数を揃えられるくらいには国力的にも軍事的にも余裕があるということです。
それだけのことをできるなら、わざわざ伝承を頼って無駄になるかもしれない勇者の召喚をしなくても、他国から援軍を要請したり、傭兵を雇ったりと確実な戦力確保の手段を取れたはずです。にもかかわらず、わざわざ勇者の召喚に賭けて僕達を呼び出したのはそれができない事情があるのか、それとも
────その程度のことが考えられないほど狂気に陥っているということでしょう。
☆☆☆
王女さんに協力を約束した僕達は今日はお疲れでしょうということでそれぞれ別々の個室に案内されました。聞くところによるとこれから前線に出るまでの間、寝泊まりする場所とのことで食堂と大浴場、それから訓練場にも直接行けるようになっているとのこと。建物内で不自由なく過ごせるようになっているのはありがたいですが、やっぱりこれ逃げないように囲われていますね。さっそく不穏な気配が漂っていますが何もしないわけにもいかないので、他のクラスメイトに話しに行きますか。
「………なるほど、つまり丁重に扱われてるからといって調子に乗ってると何されるかわからないということか。」
「そういうことです。僕的にはしばらく状況が分かるまでは従って置くべきだと思いますね。」
今話してるのは白石和真。隣の部屋にいたクラスメイトです。まだ、僕は使っていませんがスキルを持ってこの世界に召喚されたクラスメイトの中で比較的信用できる人です。
「とはいえ、このままずっと飼われ続けて必要なくなったらポイなんてごめんだな。」
「いえ、ポイだけでは済まないかもしれません。最悪の場合、放逐ではなく処分される可能性もあります。」
そう、ここで一番困るのは戦争に放り込まれることではなく、情報統制を受け続けた状態で戦争が終わった後に殺されてしまうことです。僕達は召喚された際、不思議さんの加護によってスキルや基礎能力の強化を受けているので早々命の危険にさらされることはありません。
実際、召喚されてから今に至るまで身体的な疲れは殆どありませんし、精神的にもみんな落ち着いています。これらが基礎能力の強化という特典の影響であるなら不老のほうも機能しているはずです。
では絶対に死なないのか──と言われればそうではありません。不老ではありますが不死ではない僕達は、血を流したり、毒を喰らえば死んでしまいます。まあ、治癒能力や解毒能力も基礎能力として強化されてたり、それに加えてそれぞれが持つスキルもあるので簡単に死ぬわけではないですが。
「そのあたりのことは追々やっていくしかないな。……ところで、お前のスキルは何か教えてくれないか?」
「いいですよ。けど先にそちらのも教えてください。」
さすがにこちらのスキルだけを知られるわけにはいかないですからね。あくまでも信用できるだけで信頼しているわけではないんですよ。
───他のクラスメイトと同様に
「そうだな。確かにこっちだけ知るのもおかしいか。俺のスキルは《発火能力》。炎を操る能力だ。」
そう言いながら、人差し指を顔の前に差し出すと、指先から炎を出しました。
「……ロウソクみたいですね。」
「そうだな。使ってみた感じ、出力の調整には結構融通が利くらしい。今のところガスバーナーレベルまでなら出せるぞ。」
ほれ。そう言って見せてくれたのは真ん中がドロドロに融解してひしゃげた燭台でした。溶接現場で役立ちそうな能力ですね。それはそれとして……
「後で怒られませんかね。」
「ハッハッハ。……正直俺もやらかしたと思ってる。」
「僕は知りませんからね。…………はぁ、教えてもらったのならこちらも言いましょうか。僕のスキルは《念動力》。文字通り念動力が使えるようになる能力です。まだ試したことはありませんが。」
「ほう?ならここで試してみろ。そうだなぁ……」
そう言うと何かを思いついたように窓を開け僕に向かってこう言います。
「窓の外にさっき溶かした燭台を念動力を使って放り投げてくれ。」
「いいんですか。勝手に備品を外に投げて。下に人がいるかもしれませんよ。」
ここは窓の外を見る限り4階。下に人がいた場合、当たりどころによっては死にかねません。そう問うと、そんなことは分かってるとばかりに白石くんは頷いて答えます。
「気にしなくてもいいだろ。────だって死ぬのはこの世界の人間だぜ。」
───確かにそうですね。