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掌の上の劇場  作者: マイク密


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踏み出す距離

先日の打ち合わせで、NOISE / RATIO のもぎに打診したノリ君の個展企画書が上がってきた。

期限がある話でもなかったので、早くても数週間はかかると思っていたが、打ち合わせからわずか二日での提出だ。


添付ファイルを開く。

ページをめくるたび、眉がわずかに上がる。


会場構成。

演出プラン。

外部クリエイターや有識者とのコラボ案。

限定プロダクト展開。

動画配信連動。

スポンサー候補のリストアップ。


――豪華だ。豪華すぎる。

ここまでやるのか、と素直に思った。そして同時に、別の感情が浮かぶ。

本当に、こんなことをやるつもりなのか。

自社でやるなら、ここまではやらない。

やれない、ではない。やらない。


コストの積み上げが、頭の中で勝手に始まる。

会場費、施工費、人件費、演出機材、広告関連の費用....

感覚でわかる。採算が取れるはずがない。


ターゲットの記述を読む。

「既存ファン層+ライト層への拡張」

便利な言葉だ。

ノリ君の既存ファンが、どれくらいの数になるかわかっているのか?

しかも、個展に足を運ぶ層となれば、相応の執着があるファンに限られる。

ライト層に拡張は良いが、何をもって拡張するのか。

確かにHeartBeaterは売れたコンテンツだ。だが、いまも同じ力があるのか。

ノリ君の名前に、そこまでの瞬発力があるのか?

ある、と言い切れないことを、自分は知っている。

かつてはあった。だが、今はどうだ。


スポンサー候補のリストアップ。

この企業群に協賛してもらえれば、確かに実現は可能かもしれない。

だが、今のノリ君の個展に、彼らが乗る理由はあるのか。

この企画書は、もぎ的に無謀かどうかという次元ではなく、うまくいくかどうかなどは全く考えていない企画なのだろう。

よって、多大なコストかかかることに対する覚悟があるわけではなく、おそらく単に”やりたいこと”を詰め込んだに過ぎない企画だ。


ページの最後に、こう書かれていた。

“HeartBeaterの世界観を、現実空間で完全再現する“

小さく鼻で笑う。

完全、とは何を指す?

演出か? 音響か?


HeartBeaterが刺さったのは、作品のクオリティーではない。

あの頃のAKIエーケーアイ君の勢いと、ノリ君の切実さの副産物だ。

まだ何者でもない者が、何者かになれそうな感覚。何者かになりたいという欲求。

そして、そうした熱を消費すること自体が、価値だった時代。

その追い風が、作品の熱を押し上げていた。

作品自体は古びることなく、これからも評価され続ける作品だろう。

だが――いま同じものを出しても、同じ評価を受けるとは限らない、いや受けることはないだろう。

HeartBeaterを再現しても、喜ぶのはかつて好きだった層だけだ。

“熱”は再現できない。

特に今のAKIエーケーアイと、noRhythmノリズムでは。


とはいえ、今回はこちらから金も人も出すつもりはない。失敗してもらっても別に構わない、という立場だ。

先日、社長と話してまとめたこちら側の希望条件だけを返しておく。



――ピコン。


画面に並木繭の文字が表示される。

……ノリ君から、何か連絡があったのか。

ふと頭によぎる。なるほど、おそらくこの個展の話でもしたのだろう。

まだ何も決まっていない。そもそも、社外秘として扱うような段階の話ですらないので特に問題はないが、もしそうであれば、いかにもノリ君らしいなと思った。


先日のキャンプで連絡先を交換して以来、並木繭から直接連絡が来るのは初めてだった。

少しだけ間を置いてから通知を開いた。


——「ノリズムさんからLINEが来たので、念のため報告しておきます。個展を開催する、という内容でした。」

——「それと、三神さんに会いたいです。」


……ノリ君、本当にどうしようもないな。

スマートフォンの画面を見下ろしたまま、小さく息を吐く。


文章をもう一度読み返す。

報告に加えられた一文……まあ、そういうことだろう。


悪い気はしない。

だが、額面通りに受け取るほど若くもない。

単にそういう気分になれないという理由もあるが、そもそも自分は既婚者だろう。

その瞬間、思わず苦笑する。

散々好き勝手やってきて、今さら何を言っている。

……杏奈との一件で、自分の中で何かが変わったのだろうか。


とはいえ、ここで拒否感を出すのも妙な話だ。

相談として受け取れば、それで済む。


——「まだ何も決まってないので話半分で.....」

——「了解です。いつでも大丈夫ですよ。」


送信。

そのまま画面を閉じる。

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