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掌の上の劇場  作者: マイク密


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37/39

ぼやけた隣の輪郭を作る

「個展をやることになりました!詳細決まったら送りますので絶対きてね!!」

送信。


既読。


画面の下に、小さく表示がつく。

紀彦の指が止まる。

その瞬間、頭の中の光景がわずかに書き換わる。

白い壁に並ぶ作品。

スポットライトに浮かび上がるキャンバス。

静かに行き交う来場者。

視線は作品に向き、やがて作者へと集まる。

その光景の、すぐ横に。もう一人の姿が置かれる。

繭だ。


さっきまで空白だった場所に、当然のように配置される。

やはり、繭はそこにいる。

だから既読がすぐついたのだ。

以前のように、何時間も放置されることはない。

繭の意識はまだ自分に向いている。

そうでなければ、既読はつかない。


紀彦はLINEを閉じ、Twitterを開く。

指はいつものように自分の名前を打ち込む。

——ノリズム

——noRhythm

検索結果をスクロールする。

だが、今はどの言葉も頭に入らない。

通知欄を開いては閉じる。

再びタイムラインに戻る。

視線は画面を追っているが、意識は別の場所にある。


かつて頻繁にLINEを送っていた頃、繭からの返信は日ごとに遅くなり、やがてほとんど同じスタンプだけが返ってくるようになっていた。

「流石にしつこかったか」

「もう少し大人の余裕を見せたほうがいいか」

そんなふうに考え、紀彦は一度距離を置いた。


今回は違う。

成功の報告。

成功者の証明。

選ばれた側が選んだ相手に送る報告。


距離を置いたのは正解だった。

しつこくしなかったのは正しかった。

だからこそ、すぐに既読がついた。


現実としては、まだ何も決まっていない。

打診があり、一度打ち合わせをした。三神が先方に検討するための資料の提示を求めた段階にすぎない。

開催の可否はこれから判断される。

条件も、日程も、規模も、現段階ではなにもかも白紙の状態だ。

だが紀彦の中では、個展の開催はすでに決まっている。

決まるかどうか、ではない。

決まったことになっている。

“開催されない”という未来は、彼の思考には存在しない。


既読がついた、その事実だけで、 紀彦の思い描く光景の中に繭が配置された。

祝福の言葉を受け取りながら、静かにうなずく自分。

そのすぐ横に立つ繭。

細い輪郭。

揺れる髪。

だが、その像は曖昧だ。

焦点を合わせようとすると、輪郭が揺らぐ。

笑っているはずの表情が、はっきりと結ばれない。

繭がそこにいること自体は、もう確定している。

ただ、その繭はまだぼやけている。


輪郭を定めるには、彼女の言葉が必要だった。

たった一通の返信。

それだけでいい。


紀彦の中では、返ってくる内容まで決まっている。

「おめでとうございます」

「すごいですね」

「素敵です!」

「行きます」

その一文が届いた瞬間、ぼやけていた像は結び、繭ははっきりと自分の隣に立つ。

返信が別の内容であるという想定は、彼の中にない。


紀彦は待っている。

くるかこないかではなく、すでに確定しているはずの、彼女の言葉を。



――ピコン。

「来た」


紀彦は、このところ見せたことのない満面の笑みを浮かべる。

確信は裏切られなかった。

指がわずかに震えながら、メッセージを開く。


そこにあったのは、「おめでとうございます」のスタンプが一つ。

他には、なにもない。

一瞬だけ、笑顔の端がわずかに揺れる。

——それだけ?


だがすぐに思考が動く。

送ってから約二十分。今までの中では、かなり早い返信だ。

スタンプだけだが、既読スルーではない。

無視ではない。

「すごいですね」「素敵です!」「行きます」の言葉は入っていないが、内容は想定とずれてはいない。

今は平日の夕方前。繭は仕事中のはずだ。

その合間に、わざわざ返してきたのだ。

むしろ、忙しい中での即時反応だ。

それは前向きだ。

十分に前向きだ。


そう結論づけた瞬間、迷いは消える。

紀彦の中で、光景が再び書き換わる。

ぼやけていた繭の輪郭が、ゆっくりと結び直されていく。

視線がこちらに向く。

微笑みが形を持つ。

祝福の空気が、確かな温度を帯びる。


繭は、そこにいる。

今度こそ、はっきりと。

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