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掌の上の劇場  作者: マイク密


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泥棒猫と前科者

車がキャンプ場を出て、行きと同じ道を走りはじめる。

街灯の数が少しずつ増え、木々の影がアスファルトの縁へ押しやられていく。

山道を抜け、コンビニの看板が見えはじめたあたりで、もう少し走れば高速に入る。

後部座席にはノリ君、助手席には並木繭。

行きと同じ並びだ。


料理も、段取りも、あの場で自分が求めていた形には、だいたい収まった。

来たからには自分のやりたいことはやろうと思っていたし、その点では、概ね満足している。


一点だけ心残りがあるとすれば、あの豪華なテントで寝られなかったことくらいだ。

正直、かなり魅力的ではあった。ただ、社長とノリ君と、三人で同じ屋根の下、という選択肢は最初からなかった。

そう考えると、ソロテントにした判断は、やっぱり正解だったと思う。


薪割りと火起こしの一件は、少しだけやりすぎたかもしれない、とも思う。

いじるつもりはなかったけど、結果的にはああいう形になったし、それは予測通りの展開でもあった。


ただ、そのあともノリ君は、車に置いてきたはずの小物類を、わざわざ持ち出してきて、さりげない顔でテーブルに並べていた。


……ああなると、もう呆れのほうが先に来る。

放っておこう、というより、正直、これ以上関わりたくないという気持ちに近かった。


その場にいた女性陣(伊丹遥香はいなかったけれど)の反応も、触れざる得ないといった感じで、あれだけテンションの高かった長尾サキですら、どこか困惑しているのが見て取れた。

たぶん、ノリ君は気づいてないだろうが。


気を回す訳ではなかったが、沈黙が続くのも居心地が悪く、ふと地元時代の話をノリくんに振ったところ、

山を走り回っていただの、

海に潜って魚を獲っていただの、

野宿は日常茶飯事だっただの——

嘘か本当か分からない話が、しばらく続いている。


フロントガラスの向こうでは、高速入口を示す緑の標識が近づいている。

(……まあ、いいか)



ノリ君の家に着き、ノリくんの持ってきた荷物をトランクから下ろす。

後部座席に積んだ荷物を抱え込みながら、ノリ君は車を降りていく。


「じゃ、ありがとうございました」


どこか満足そうな声だった。

大量の荷物と一緒に、その背中を見送る。


ドアが閉まり、車内が一気に静かになる。

次は、並木繭を家まで送る番だ。


「行きと同じ駅まででいいかな?」

そう聞くと、少し間を置いてから、助手席の並木繭が言った。

「えっと……じゃあ、家の前までお願いできますか。あの駅のすぐ近くなんで」

「問題ないよ」

「すみません。ちょっと疲れちゃって……このナビに住所入れればいいですかね」

ナビに住所が入力され、画面に新しいルートが表示される。


「今日は本当にありがとうございました。すごく楽しかったです」

改まって、並木繭が言った。

そういえば車に乗り込んで早々、ノリ君の地元話が始まってしまって、こういう社交辞令的なやり取りはしていなかった。


「いえいえ。佐々木スポンサー様のおかげということで。自分も楽しかったですよ」

「ほんとですか? なんか、ちょいちょいテンション下がってる感じしましたけど」

並木繭が、いたずらっぽく笑う。


「そういえば、noRhythmノリズムさん対策、バッチリでしたね。おかげで、もう変なLINEは来ないんじゃないかと」

「対策ってほどのことは結局できなかった自覚はあるよ。車に置いてきた荷物、引っ張り出してきたりもしてたし」

「あれ、やばかったですね(笑)。でも、意気込んで用意してきたのに、披露もなしで終わるのは可哀想だったので、あれはあれで良かったと思いますよ」

並木繭の声には、くすっとした笑いが混じっていた。


「さっきまで地元の話、楽しそうにしてましたし、noRhythmノリズムさん的にも満足のキャンプになったんじゃないんですか」

「ありがとう。満足の方向性が並木さんに向いてなければ、満足してもらうのは悪いことじゃないからね。……その点では、ギリギリかな。最後の地元話で、満足の方向が少し並木さんのほうに向いちゃったかも」

「やめてくださいよー」

繭がそう言って、軽く自分の肩を叩きながら笑った。


時折入るナビの案内音が、会話と会話のあいだを埋めるように響く。

沈黙になりきらない、その間隔が、二人の間にちょうどいいリズムを作っている気がした。

ただ同じ方向へ車を走らせているだけで、不思議と落ち着く。

その感覚が、心地よかった。


「だったら……もし noRhythmノリズムさんから連絡が来たとき相談したいので、三神さんの連絡先を教えてもらってもいいですか?」

「あー、そうだね。これでいいかな」

そう言って、LINEの連絡先追加用のQRコードを差し出す。

並木繭はすぐに読み取り、数秒もしないうちに、スタンプが送り返されてくる。


「でも、今思えば……連絡先も交換しないまま迎えに来てもらうって、なかなかないですよね」

少し間を置いて、いたずらっぽく続ける。

「やっぱり、妻子持ち的に、小娘ごときには連絡先教えられない、って感じだったんですか?」

並木繭は、はっきりとこちらを向いて言った。

こちらの反応を確かめているのが、なんとなく分かる。


「いやいや、そんなことないって。今回参加してる時点で、それはないでしょ」

「それは……そうかもですね」

並木繭が、くすっと笑う。


「でも並木さん、泥棒猫って話だからなあ」

軽く冗談を返すと、並木繭は少し慌てて

「あれはサキさんが勝手に……。冗談ですからね!」

「三神さんだって、前科持ちって話だったじゃないですかー」

そう言って、今度ははっきりと笑った。



車は再び高速に入り、今度は東京方面へ向かって走り出す。

街の灯りがフロントガラスに流れ込み、一定のスピードで白線が後方へ吸い込まれていく。

助手席の並木繭とは、音楽の話だとか、明日の予定だとか、本当にどうでもいい話を続けていた。

無理に間を埋めようとしなくても、沈黙が重くならない距離感。


ふと、昨日の社長の言葉が、何の前触れもなく浮かんできた。


「だってさ、三神。お前、前科ありありじゃん。嫌いとは言わせないよ」


——前科。

杏奈のことだろうか。

あの一件を指していると考えるのが、一番自然ではある。

杏奈が、自分のことを社長に話した?

……いや、あの杏奈だ。

話していないほうが、むしろ不自然か。

それとも。

自分が、やっていた行動——街灯の光が届かない、あの壁際の自分に気がついていたのか?


(……まさか)


アクセルを一定に保ったまま、頭の中だけが、少しだけ過去へ戻る。


並木繭の声が、助手席から聞こえる。

相槌を打ちながら、三神はその言葉に返事をする。


でも、社長の言った「前科」という言葉をきっかけに、自分の頭の中は、あの頃の記憶が勝手に掘り起こされていく。


杏奈と過ごした時間。

苦しみと比例するように強くなっていった執着。

苦しみが強いほど訪れる妙な高揚感。

あの感覚が、自分の中に強く残っていることだけは否定できなかった。


(……あれが、前科か)


ハンドルを握る手に、無意識に力が入る。


もう終わったことだ。終わったはずだ。

そう言い聞かせながらも、「前科」というたった二文字が、過去の感情までまとめて呼び戻してしまう。


助手席では、並木繭が何かを話している。

今は、過去を振り返る時間じゃない。

そう自分に言い聞かせて、視線をもう一度、まっすぐ前方に戻した。

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