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掌の上の劇場  作者: マイク密


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31/33

諦める人を見て、安堵した

テーブルに、焚き火で焼かれた分厚い肉が、食べやすくカットされた状態で並べられた。

ひと切れ口に運ぶと、噛んだ瞬間に旨みが広がる。


(……おいしい)


高級だと言っていたけれど、たしかにそれが分かる味だった。

焚き火の雰囲気も、外の空気も、多少は影響しているのかもしれない。

でも、それを差し引いても、ちゃんとおいしいと思えた。


お酒がだいぶ回ってきたのか、サキさんはいつにも増して上機嫌だ。

佐々木さんの背中をバンバン叩きながら、声を上げて笑っている。

そのたびに、場の空気も一段明るくなる。


今日は、このままサキさんを中心に進んでいくんだろうな。正直、私にとってはそのほうが都合がいい。

お陰でnoRhythmノリズムのターンが来る気配はない。


「ちょっと、noRhythmノリズムさん、飲んでる?」

サキさんが、笑いながら声をかける。

noRhythmノリズムは、手元からゆっくり目線を上げて、「あー、飲んでますよ」とだけ答えた。

ちょっと驚いたような顔で、どこか申し訳なさそうでもある。


たぶん——テーブルの下で、携帯をいじっていたんだと思う。

こういう場で携帯を触るのがよくないことくらいは、本人も分かっているということか。

だからこその、その反応。


サキさんはお構いなしに話を続けた。


「ねえねえ、noRhythmノリズムさんと三神さんって、女性関係どうなってるの?」

……余計なことを。私がnoRhythmノリズムの事をどう思っているか、ちゃんと伝えていたはずなのに。


一瞬、テーブルの空気が止まった気がした、その直後。

「ちなみに繭は泥棒猫だから、あんまおすすめはしないよ」


(……ちょっと待って)


言ってまずいと思ったのか、サキさんはすぐに「あ、今のナシね」と笑ってごまかそうとした。

でも、だからって。泥棒猫って。


「……泥棒猫って、なんなんですか。もう」


思ったよりも、声がはっきり出てしまった。

冗談で済ませていいラインを、サキさんはたまに軽々と越えてくる。

それが悪意じゃないってことも、分かってはいるんだけど。

……分かっては、いるけど。


これは私に対してnoRhythmノリズムをブロックすると同時に、遥香へのプッシュなんだろうか。

そう考えると、少しだけ納得がいく。だけど……泥棒猫は。


「えー、泥棒猫大歓迎だよな、三神」

佐々木さんが、完全に面白がった調子で言う。

「……好きも嫌いもっていうか、社長に自分のそういう話、したことないと思うんですけど」

三神さんが、はっきりと怪訝な顔をする。

「だってさ、三神。お前、前科ありありじゃん。嫌いとは言わせないよ」


「ん? どういうこと?」

サキさんが、きょとんとして聞き返す。


「いやいや、でもさ、奥さんと子供に悪いから三神はやめてあげてね、繭ちゃん」


一瞬、時間が止まった。


「……ん? どういうこと?」

サキさんが、今度ははっきり首を傾げる。

「三人とも独身って、言ってなかったっけ?」

その言葉が落ちた瞬間、佐々木さんの視線が、行き場を失って宙を泳いだ。


「……だから言ったじゃないですか」

三神さんが、ため息まじりにそう言った。

「すみません。自分、妻子持ちです。改めて切り出すタイミングもなくて……そのままになってました」

言い訳めいた響きはない。

事実だけを、必要な分だけ並べた、そんな言い方だった。


テーブルの上に、また短い沈黙が落ちる。

ふと隣を見ると、遥香は目を見開いたまま、真正面を見つめて止まっていた。

瞬きもせず、表情だけが固まっている。

驚いた、というより——受け止めきれていない、そんな顔。


次の瞬間、遥香は何も言わずに立ち上がり、そのままテントのほうへ戻っていった。

呼び止める声も、追いかける気配もない。


「……やっちまったな」

ぽつりと、佐々木さんが言う。

「何をやったんですか。そもそも、余計な嘘つくからいけないんですよ」

三神さんの声は低く、淡々としている。

責めているというより、起きた事実をそのまま指摘しているだけ、という感じ。


「……やっぱり、遥香ちゃんでそういうことなの?」

佐々木さんが、探るように聞く。

「当たり前でしょ! あれだけ分かりやすい行動してたら、見れば分かるでしょ!」

サキさんの声が少し大きくなる。

「いや、でもさ……結果的には、不倫を事前に防いだってことで——」

「そういう問題じゃないから!!」

サキさんが、食い気味に遮った。


「……まあ、遥香はあとで私がフォローしとくから。まだ傷は浅いと思うし、大事にはならないと思う」

「よかった。じゃあ、よろしくね」

佐々木さんが、ほっとしたように言う。


「よかったじゃねーよ!! まったく、あんたって人は……三神さんも悪いんだからね」

「はい。最初の自己紹介の時にでも話しておけばよかったです、ほんとすみません」

三神さんはそう言って、素直に頭を下げた。


「……私に頭を下げられてもね。でも、遥香に下げるのも、それはそれでおかしな話だし」

そう言ってから、サキさんは佐々木さんを指さす。

「やっぱり、あんたが全部悪いわ」


そんなやり取りをしているうちに、さっきまで張りつめていた空気が、少しずつ緩んでいくのを感じた。

険悪になりそうだった場が、ぎりぎりのところで踏みとどまった感じ。

たぶん——サキさんは、そこまで本気で怒っているわけじゃない。


「あー……もうちょっと飲むわ。お酒」

サキさんが、そう言いながらグラスを差し出した。

佐々木さんは、頭を低くしながら「はいはい」と言いながらボトルに手を伸ばす。



「三神はやめてあげてね、繭ちゃん」


冗談めいた口調だったけれど、

あの言葉がでてきたのは——多分サキさんが、私の過去を佐々木さんに話しているということだろう。


二年ほど前、私は会社の上司と不倫をしていた。

その人は奥さんと別れ、すでに会社にもいない。


「泥棒猫」


そう呼ばれても、否定はできない。

事実だからだ。


三神さんに妻子がいると知っても、私は、ほとんどショックを受けていない。

それどころか、遥香がきっと諦めるだろうことに、少しだけ——ほっとしている自分がいる。


そのことに気づいた瞬間、胸の奥に、言葉にできない感情が溜まった。


安心とも、後ろめたさとも違う。

ただ、自分が思っていたより、自分はずっと厄介な人間だという自覚だけが、静かに残った。

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