待って、回収する
コンッ、パキンッ。
ウッドデッキの外、ランタンの光が届かない場所で、noRhythmが薪を割る音が、一定の間隔で続いている。
始めてから、もう二十分くらい経っただろうか。
(三本だけでいい、って……三神さん、言ってなかったっけ?)
一方で、三神さんは席についたままだ。
ひと通りやることがなくなったのか、立ち上がる気配はない。
食卓では相変わらず、佐々木さんとサキさんのやりとりが続いている。
昔話に、少し大げさなリアクション。
笑い声が一定のリズムで転がっていく。
三神さんも、そちらに視線を向けている。
口元には、軽く笑っているような表情。
でも——なんとなく分かった。
あれは、ちゃんと聞いている人の顔じゃない。
興味がないことを、周りに悟らせないための対応。
(……器用だな)
コンッ、パキンッ。
その音が続く中で、ふいに、三神さんが席を立った。
三神さんは、食卓から外れるように歩き、そのまま noRhythmのいる暗がりのほうへ向かう。
(あ、止めに行くんだ)
そう思ったけれど、怒っている感じはしなかった。
どちらかというと、タイミングを見計らっていただけ、そんな歩き方だった。
私は、会話の輪から意識を外し、三神さんとnoRhythmのやりとりに耳を澄ました。
「ノリ君、そこまででいいよ」
薪割りの音が、そこで、ぴたりと止まった。
「ていうか、何本割ったのさ。俺、三本でいいって言ったよね……」
確かに、そう言っていた。三本だけでいい、と。
それ以上はやらないで、とも。
noRhythmは悪びれた様子もなく、ただ斧を持ったまま立っている。
(……noRhythmはこの手のタイプか)
会社にも同じタイプがいる。人の話が全く聞けないタイプ。
本人は「ちゃんとやっている」と思っているけれど、周りからの評価は、だいたい別のところに落ち着く。
「もういいから、今度は火おこししてくれないかな。そのつもりなんでしょ」
三神さんはそう言って、noRhythmの足元に置かれていた道具のほうを指で示した。
noRhythmは一瞬きょとんとした顔をしたあと、何も言わずに頷いて、その道具を持って焚き火台に向かう。
三神さんはnoRhythmが割った薪を集めている。
なんだか、予測通りの行動をそのまま辿っているように見えた。
そういえば、三神さんが「ノリ君って、だいたい俺の予測通りの動きするから」って言っていたのを思い出す。
私はランタンの明るさと、暗がりで火を起こそうとするnoRhythmの背中を見比べながら、少しだけ不思議な気持ちになった。
(……三神さん、どこまで見えてるんだろう)
三神さんが、何事もなかったようにテーブルへ戻ってきた。
「ノリ君、どうだった?」
佐々木さんが、面白がるような口調で聞く。
「どうもこうも……相変わらず、人の話ぜんぜん聞いてないですね」
少し呆れたように言いながらも、声のトーンは思ったより軽い。
「あはは。そういうとこ、安定してるよなーノリ君は。で、これから何始めようとしてるのさ?」
「火おこし道具用意してたんで、火を起こしてくれって頼みました」
「え、ノリ君にそんなことできるの?」
佐々木さんが即座に突っ込む。
「うーん……ノリ君が持ってきたやつ、けっこう上級者向けなんですよね。ファイヤースターターでも、割と本格的なやつで。正直、自分がやっても結構手こずるタイプです」
「じゃ、ダメじゃん」
「まあ、しばらく様子見ます。ダメそうだったら、着火剤ポンしますよ」
そのやり取りを聞いていたサキさんが、声を落として言った。
「え、それって……撒き餌? 撒き餌なの? 誰か食べてあげないと可哀想じゃん」
サキさんは笑いを堪えながら、暗がりのほうを指さす。
「ねえねえ、これ完全に観察プレイじゃない? 失敗したら着火剤ドーン、みたいな」
そこまで言って、どうやらツボに入ったらしく、サキさんはもう笑いを堪えきれなくなっていた。
「サキちゃん、それくらいで勘弁してあげて」
佐々木さんが苦笑しつつ止めると、サキさんは「はーい」と軽く手を上げた。
そこから、十分くらい経った。
暗がりのほうからは、金属が擦れるような音と、ときどき小さな息の音が聞こえてくるだけで、火がついた気配はない。
三神さんは、しばらくその方向を見ていたが、ふっと小さく息を吐くと、静かに立ち上がった。
何も言わずに、noRhythmのほうへ向かう。
それから——一分もしないうちに。
ぱちっ、という乾いた音がして、次の瞬間、焚き火台から炎が立ち上がった。
三神さんは特に誇らしげな顔もせず、元の席に戻ってくる。
(これも予測通りなんだろうな)
そう思いながら、私は揺れる火を、しばらく眺めていた。




