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掌の上の劇場  作者: マイク密


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場を乱さず、自分を乱さない為に

十五時の少し前、テープルの上に並べた食材を確認しながら、ひとつ深呼吸をした。


テントから人が出てくる気配は、まったくない。


本当は、キャンプの夕食なんてわいわい言いながら皆で準備するべきなのかもしれない。

「それ取って」「それ切るよ」と言われたりしながら、少しずつ役割を分けるのが“正しい”のだろう。

けれど——正直、それが苦手だ。


今回は社長の金で揃えた高級食材。

どんな料理に仕上げるかの想定は、すでに自分の中に決まっている。

そこに複数人が入ると、必ずどこかで妥協が生じる。

せっかく立てた自分の段取りが崩れることはストレスにつながる。

だったら、全部ひとりでやってしまったほうがいい。

そのほうが結果的に滑らかに進むし、余計な摩擦も起きない。


そんな願望がそのまま表に出たのか、できるだけ音を立てないように、包丁や器具をそっと扱いながら準備を始めた。

できれば、静かなまま仕込みを終えたい——


キャンプといったらBBQ。

おそらく皆も、それを期待しているのだろう。


網に肉を並べて、煙を浴びて、「外で食べるとなんでも美味しいよな」と言い合う——だいたいそんな流れになる。

そして実際、それが正解なのだと思う。わかりやすいし、盛り上がる。


ただ、今回はそれをやる気になれなかった。

自分がそのパターンに飽きているのもあるが、このメンバーでそれをやりたいとは思えなかったという理由が大きい。

整った料理を淡々と仕上げていくほうが、この場所において今の自分が求めている“理想の形”に近いということもある。


そもそも、このキャンプ自体あまり乗り気ではない。

それでも来た以上、周りがどうであれ、自分が楽しいと思えるやり方でやろうと思っていた。



しばらくすると、社長とノリ君がテントから出てきた。


「いやいや、お疲れでしょうから休んでてください。準備は全部自分でやりますから」

そう言ったのだが、二人とも「手伝う」と言い出した。

正直、いちばん来てほしくない流れだ。


仕方なく少し強めに返す。

「美味しいもの食べたいなら、お風呂にでも入ってきてください。そっちのほうが確実です」

少し強めにそう言うと、社長とノリ君は一瞬ぽかんとした顔をして、それから小声でひそひそ話し始めた。

「……三神、こうなっちゃったらそっとしとくしかないな……」

「ですね……」

その会話は丸聞こえだったが、別に訂正する気にもならない。

事実その通りだからだ。

二人は小さくため息をつき、「じゃ、風呂行くか……」と観念したようにテントへ引き返していった。


(助かった)


女性側のテントはまだ静かなまま。誰も出てくる気配がない。

できれば、このままもう少し出てこないでほしい。



あたりが少し暗くなってきた。

森の影が長く伸び、ウッドデッキに落ちる光も、さっきよりやわらかい。

デッキの中央には白いソファと木目のテーブル。

テーブルの上では、ノリ君が持ってきたランタンがやたらと明るく光っている。

ひとつだけ色温度の違う白さで、そこだけ妙に主張が強い。


テーブルとソファの位置は少し前に変えておいた。

男女が自然と分かれるような配置に。

ノリ君が勇気を出して並木繭に近づく可能性は——万が一で、正直かなり低い。

並木繭に“ノリ君対策”なんて口にしてしまった手前、最低限の保険はかけておこうと思った。


食卓は社長と長尾サキを中心に盛り上がっている。

社長の昔話に長尾サキが大げさに反応し、それにつられて周囲も笑う——その繰り返しだ。

ノリ君は、話を聞いているふりをしながら、ときどきスマホをいじっている。

事前に社長には、「できるだけノリ君のスイッチは入れない方向で」と伝えておいたが、今のところスイッチが入る気配はない。


(この感じなら、しばらくは安心だな)


自分もたまにその輪に加わるが、頃合いを見計らってキッチンに戻る。

“料理役”という役割を確保しておくことで、そこにい続けなくてもいいという算段だ。


だが、なぜかキッチンに戻るたび——伊丹遥香がついてきた。

「大丈夫なんで、皆と一緒に食事しててください」と言っても、「三神さんばかりにやらせて悪いですから」と返され、なかなか席に戻ってくれない。

仕方なく簡単なことを頼んでみたものの、頼んだ作業に対する動きが、全体的にぎこちない。

あまり料理をする習慣がないのはすぐにわかった。

もっとも、仕込みの部分はすでに終わっているので、段取りが崩れるようなことは特になかったが。



ノリ君が持ってきた荷物の確認をしたとき、まず椅子やテーブルといった完全に不必要なものが目に入った。

用途の分からない飾りのような物も、場の雰囲気を壊しかねないので車に置いてきてもらった。


ただ、それ以外の道具

——よく分からないデザインのランタン、斧、火吹き棒、ファイヤースターターなどは、正直いらないと言えばいらないのだが、持ち込みを許可した。


これらをそのまま持ち帰っても、どうせあのゴミ屋敷のどこかに埋もれて終わるのが目に見えている。

自分の話を無視した結果ではあるが、ノリ君なりに“キャンプを楽しむため”に揃えた品だというのは分かるので、できる限り許可した物の使い道を作ってあげようと思っていた。


“活躍の場”というほどではないが、ノリ君なりにアウトドアに楽しさを感じるかもしれない。

そこで何か芽生える可能性だってあるかもしれない。

ノリ君の世界が少し広がって、ぐだぐだの仕事も今よりマシになるかもしれない——そんな淡い期待が、まったくないわけではない。


分厚い肉の塊を乗せたカッティングボードを手に、テーブルへ向かう。

百グラム数千円の高級肉だ。

流石にこれをフライパンでは情緒に欠けるので、どうせやるであろう焚き火を使って調理でもと考えていた。


肉を置きながらノリ君のほうへ顔を向けた。

「ノリ君、ちょいと手伝ってくれないかな」

スマホをいじっていたノリ君が、顔だけこちらへ向ける。

「あそこに薪があるから、薪割りしてくんない? 三本でいいから。焚き付けに使う分だけで十分。それ以上はやらないでね」

言い終わる前に、ノリ君はすでに立ち上がっていた。


ウッドデッキに立てかけてあった斧を迷いなく手に取り、薪の置いてある場所へ向かっていく。

そこは、デッキの外側でランタンの光も届かない。

ほんの少しだけかわいそうな気もしたが、ノリ君に出番を作るには収まりがいい場所だと思った。


ノリ君がいなくなった食卓は、何も変わらず社長と長尾サキの掛け合いが続いている。

とりあえず、すぐにやるべき調理もひと段落したので、しばらくは料理から手を離して食事と酒を楽しむことにしよう。

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