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掌の上の劇場  作者: マイク密


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シャンパンとデッキの外で揺れる影

ぼんやりと天井を見上げる。

ラグのやわらかな手触りも、寝具の温度も心地よすぎて、いつのまにか眠ってしまっていたらしい。

横を見ると、サキさんも遥香も、静かに寝息を立てている。


ふとスマホを見ると、十六時の少し前。

(夕飯の準備……十五時からって言ってたのに)


一気に胸がざわつき、私はそっとテントから抜け出した。

あたりは、昼とは違う匂いをまといはじめている。

木々の影は長く伸び、空気が少し冷えはじめている。


隣のテントのウッドデッキから、カチャカチャ、と金属が触れ合う音が聞こえた。

近づくと、三神さんが一人でテーブルに料理を並べていた。


テーブルの上には、すでに前菜の皿がいくつも並んでいる。

彩りのきれいなマリネ、ハーブの香りがふわりとするロースト野菜、クラッカーの上にチーズとドライフルーツを乗せた小さなカナッペ。


(……すご。これ全部)

「もうこんなに用意してたんですか?」


「うん。先にできるとこだけやっちゃった」

三神さんは責める様子もなく笑った。


「すみません、十五時からって話だったのに、私たちみんな寝ちゃってて……」

「全然大丈夫だよ。俺こういうのやるの好きというか趣味なんで。なんせ今回は佐々木スポンサー様提供の高級食材ばかりだからね。準備するのも楽しいよ」

三神さんはそう言いながら、並べた料理の向きを揃えるようにお皿の配置を整える。

その動作は淡々としているのに、どこか満足げに見える。


そこへ佐々木さんとnoRhythm(ノリズム)がテントから出てきた。


「俺たち手伝おうと思ったんだけどさ、足手纏いだから一人でやらせろって言うんだよ。三神ってそーいうやつなんだよ」

「マジで社長とノリ君は足手纏いなんですよ……一人でやった方が全然早いです」

「ほんと三神は仕事でもそうだからな〜」


軽口を叩き合う二人に、どう反応すれば良いか迷っていると、ちょうどそのタイミングで、テントからサキさんと遥香が出てきた。

二人とも寝起きの顔のまま、状況に気づいて申し訳なさそうにみんなのほうを見る。


「ごめんなさい、私たち寝ちゃってて……すぐ手伝いますんで」

遥香が深々と頭を下げる。


「いやいや、大丈夫大丈夫。自分こういうのやるの好きなんで。ほんと気にしないでください」

三神さんは、大げさなくらいの勢いで手を振り、首を横に振った。


「とりあえず、テーブルに前菜的なものを用意してあるので、先に始めちゃってください。飲み物はここにあります」

そう言いながら、三神さんはテーブル脇に置かれた大きめのクーラーボックスを開いた。

中には缶ビールが整然と並び、さらにワインが数本、そしてシャンパンらしきボトルまで。


「おっ、きたね三神セレクト」

佐々木さんが嬉しそうにクーラーボックスを覗きこむ。

そして迷いなく一本のシャンパンを取り出す。


「女性陣は奥のソファに座ってください。男どもは手前の椅子で」

と三神さんが皆に声をかける。


言われたとおりに奥のソファへ向かおうとすると、ふと違和感に気づく。

最初に来たときと、テーブルとソファーのレイアウトが微妙に違っている。

テーブルを中心に、女性陣が片側、男性陣が反対側――

ちょうど3対3で向かい合う形に整えられていた。


合コンのときは男女が交互になるよう座らされていた記憶がある。

今回はそうならないように、あえて席が分けられているようにも見えた。


ソファに座ると、テーブル越しに佐々木さん、そしてnoRhythm(ノリズム)が収まった。

こちらと向こう――まるで場を分ける境界線のように、テーブルと料理が静かに横たわっている。



2時間ほど前。


「ノリ君がなんかしら手に持ってウッドデッキをぶらぶらし始めるから」

という三神さんの予告を確かめるため、私たちはテントの入り口に集まっていた。


「静かにね、静かに」

サキさんが小声で言い、私たちはそっとテントの入口を数センチだけ開けた。


木の隙間から差し込む午後の光。

その真ん中――ウッドデッキの上をゆっくりと歩く人影。

手には、しっかり握られた 斧。


(……ほんとに斧持ってる)


「ちょ、て、ほんとに……」

サキさんが肩を震わせながら囁く。


遥香が腹を押さえ、唇を噛んで必死に笑いをこらえる。

私も込み上げる笑いを抑えようと、思わず目をぎゅっと瞑った。


noRhythmノリズムは斧を片手に、デッキの端から端まで意味もなく往復している。

ときどき「誰か見てないかな」とでも言うように視線を上げ、あたりをゆっくり見回している。


そのたびに私たちは顔をひっこめては、また小さな悲鳴のような笑いを押し殺した。


「……これが“撒き餌”ってやつ?」

「いや効果強すぎでしょ」

「気になりすぎて食いつくの我慢するの大変……」


三人のささやき声は、笑いの震えで完全に制御不能だった。


結局そのあと、noRhythmノリズムは斧を持ったまま、しばらくウッドデッキを散歩し続けていた。



テーブルの上には、前菜に加えて、新しい料理が次々と置かれていく。

マリネは柑橘の香りが爽やかで、ロースト野菜は噛むたびに甘みが広がり、チーズとドライフルーツのカナッペは想像以上に相性がよかった。


「美味しい!」と言い合う声が漏れる。

けれど三神さん本人は、椅子にほとんど座らない。

少しだけ腰をおろしても、すぐ立ち上がり、キッチン側のカウンターで何かを切ったり、火加減を見たり、ソースを仕上げたりして、出来上がった料理をテンポよくテーブルへ運んでくる。


その脇に遥香の姿があった。


「大丈夫ですから座っててください」と三神さんに言われてたが、「いえ、あの……手伝います」と返してから、そのままキッチン側に居続けている。

別に、悪いことをしているわけじゃない。

誰が手伝ってもいい。

それでも、遥香が淡々とそこに居続けている姿を見ると、違和感が小さな棘みたいに胸の奥に刺さる。


三神さんが皿を持てば、さっと場所を空け、食材を取りに行こうとすれば、先に冷蔵庫へ手を伸ばしている。

サキさんがシャンパンを注ぎながら、「遥香、なんか助手みたいになってるよ」と笑っている。


「三神の助手って、かつて務まったやつ一人もいないからなー。あいつに付けたアシスタント、今まで全員やめていってるからね。あいつ、我が社を代表するブラック社員なのよ」

佐々木さんがシャンパンを注ぎながら、しみじみとした感じで言った。


「えー、そんな感じなんだ三神さん。noRhythmノリズムさんも大変だねえ」

「え、あ……まあ……」

サキさんから突然話を振られ、noRhythmノリズムは手に持っていたグラスをわずかにずらしながら、言葉がうまく出てこない様子だった。


三神さんは聞こえているはずなのに、まるで気にしていないかのように、キッチンでソースを仕上げて皿に流し込んでいる。

そんな中、佐々木さんが遥香へ軽い調子で声をかける。


「遥香ちゃーん。あんま三神に関わるとぶっ壊されるんで気ぃ付けてねー」

遥香は手を止め、「えっ……そんな……」と曖昧に笑う。

「ちょっと社長、適当なこと言わないでくださいよ」

三神さんが苦笑しながら言う。


「だって真実だろ? お前に付けたアシスタント、みんなやめちゃってるじゃん」

「まあ、それはそうなんですけど……。あ、そうだ。次はメインでこれ出しますね」


話を切り上げるように、三神さんはカッティングボードをテーブルに置く。

その上には分厚い肉の塊。


「うわ、なにこれ! 絶対美味しいやつじゃん!」

サキさんが思わず歓声をあげた。


三神さんは笑い、noRhythmノリズムのほうに振り返る。

「どうせだったら炭火で調理したいんで、ノリ君ちょいと手伝ってくれないかな。自慢の斧でさ」


“斧” の二文字が出た瞬間、サキさんと遥香が顔を見合わせ、同時にニヤニヤしはじめた。


三神さんはウッドデッキ脇を指さした。

「あそこに薪があるから、薪割りしてくんない?三本でいいから。焚き付けに使う分だけでいいから、それ以上はやらないでね」


noRhythmノリズムは頷き、ウッドデッキ入口に立てかけてある斧を手に取り、薪のある場所へ向かっていく。

そこはウッドデッキの華やかな灯りが届かず、キャンプ場の静けさがそのまま残っているような薄暗い空間だった。

だけど――その場所に足を踏み入れたnoRhythm(ノリズム)の背中には、なぜか やっと出番が来たというような、妙な意気揚々さが漂っている。


「ノリズムさーん、かっこいー!」


サキさんがそう声をかけると、斧を構えていたnoRhythm(ノリズム)がビクッと反応した。

振り返ると、照れくさそうに笑いながら、こちらに小さく手を振ってくる。


そのあとしばらくは、テーブルのほうで料理の話や仕事の冗談で盛り上がり、誰もnoRhythm(ノリズム)のほうを見ていなかった。

笑い声やグラスの触れ合う音に紛れて、薪割りの乾いた音だけがときどき響く。


コンッ、パキンッ。


ふと視線を向けると、noRhythmノリズムは黙々と薪を割り続けながら、チラチラとこちらの様子を伺っていた。

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