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掌の上の劇場  作者: マイク密


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笑い声の奥に沈むもの

「こっちのテントは男性用で、女性は隣になります。みなさん、自分の荷物を運び込んじゃってください。夕飯の準備は十五時くらいから始めるので、それまでは自由時間で」

三神さんがそう声をかけると、それぞれが自分の荷物を抱えて動きはじめた。


私は荷物を取りに車へ向かう。

すると、三神さんが運転席に乗り込み、エンジンをかけようとしているところだった。


「買い物とかに行くんですか?」

「あー、ごめん。並木さんの荷物、まだ積んだままだったね」

三神さんは車からおり、トランクから私の荷物を取り出す。

「俺、あっちのエリアにソロテント張るから、一旦車移動させるね。夕飯の準備までには戻ってくるから」

「みんなと一緒じゃないんですか?」

「あはは。ちょっとね……せっかくだから新しく買ったテント、試してみたくってさ」


そう言いながら、三神さんは目をそらすようにこれから自分が向かうであろう方向を見る。

その横顔には、照れではなく、どこか“この場から少し離れたい”と願っているような気配が漂っている。


テントを試したいというのは本音なのかもしれない。

でもきっとそれだけじゃない気がした。


「あー、そうだ。自由時間の間さ、ノリ君がなんかしら手に持ってウッドデッキをぶらぶらし始めるから、そこには近づかないようにね。多分……斧かな。ひょっとすると一人で薪割り始めるかも」

「……斧、ですか」

「うん。話しかけてもらえるための“撒き餌”をしはじめるよ。巻き込まれるとまたアレが始まっちゃうからさ」

「撒き餌って……」

私は苦笑しながら、なるほどと頷く。

「例の作戦ですね。了解です」

そう返すと、三神さんは小さく笑い、

「じゃ、あとで」と軽く手を上げた。


彼の車がウッドチップの上をゆっくり進み、やがて見えなくなる。

私は荷物を抱え直し、女性用テントへと向かった。



テントの中に入ると、外の森とはまた違う“整えられた空気”を感じる。

床には分厚いラグが敷かれ、中央には低めのベッドが三台、きれいに並んでいる。

どのベッドにも真っ白な寝具が丁寧にセットされていて、シーツの張り具合までホテルそのものだ。


私は荷物をベッド脇に置きながら、ふと外の気配に耳を澄ます。

聞こえてくるのは、遠くの川の音と、風に揺れる葉擦れだけ。

街ではありえない“音の少なさ”が、逆に心をほどいていくようだ。


「やばくない? 外もすごかったけど、中めっちゃオシャレだよ!」

サキさんが振り返り、少し興奮気味に手を広げる。

「ほんと……ここまでとは思わなかった」

遥香も感嘆の息を漏らしながら、ベッドの端にそっと腰を下ろす。

「ね、これキャンプって言っていいのかな……」

私も思わず顔がニヤけてしまう。


「これ完全に女子旅仕様だよね。夜に恋バナで盛り上がっちゃうやつだよね」

サキさんがニヤッとしながら遥香のほうを向く。

「えっ、なんで私!?」

とっさに否定した声が裏返ってしまい、遥香は慌てて口を押さえた。

その反応があまりにもわかりやすくて、サキさんが「ほら〜〜」と笑い出す。


そもそも遥香は、アウトドアのイメージがまったくない。

日焼けも虫も絶対イヤというタイプだと思っていたし、そもそもキャンプに興味を示すようなタイプではないと思っていた。

なのに――今回は誘われた瞬間、驚くほどすんなり「行きます」と返ってきた。

(あれ、なんか話したい恋バナがあったりするのかな)

ちょっとだけ納得するような、羨ましいような気持ちになる。


サキさんはベッドに腰を下ろすと、肘をつきながら遥香に顔を寄せた。

「で――誰のことだっけ?」

からかうような声音で、しかし逃がす気はゼロの表情だ。

「え、ち、ちが……! 誰とかじゃなくて!」

遥香は慌てて手を振る。

その仕草が必死すぎて、余計に怪しい。


サキさんがにやにやしながら言う。

「だってさ、遥香が来ると思わなかったもん。虫とか絶対ダメじゃん? 普段なら“無理です”って秒で断るよねぇ?」

「……っ、それは……」

反論しようとして、うまく言葉が続かない。

視線が宙を泳ぎ、耳の先までほんのり赤い。


サキさんは一瞬だけ口元を押さえ、

――観察するように遥香の表情をじっと見つめた。

「三神さん、でしょ?」

遥香の肩がピクリと跳ねた。

その動きがあまりにもわかりやすくて、私も思わず目を見開く。

「ち、ちがっ……ないです!」

否定の声が裏返り、ベッドの上で小さく跳ねるように身を縮める。


「やっぱりね」

サキさんが、まるで最初から答え合わせをしていたかのように言い切った。


(……そうなんだ)


胸の奥が、ほんの少しざわついた。


合コンのとき、遥香と三神さんの間に特別な空気なんて、私は感じなかった。

むしろ、互いにほとんど話していなかったように見えたし、連絡先だって交換していなかったはずだ。


(あれから……なにかあったの?)


二人が個人的にやり取りするような流れなんて、あの場にはなかった。

でも、遥香の態度を見ると、あの後何かあってもおかしくない気もしてくる。


いや、でも……どうやって?

考えれば考えるほど、霧のようなモヤモヤが胸に広がっていく。

――自覚の無い感情が、じわりと心の奥で形を持ち始めているような気がした。


「そういえばさっき、車が出ていく音したよね? 三神さんどこか行ったの?」

サキさんが枕を抱えながら、ふと思い出したように私へ視線を向けてくる。

「なんか……違うエリアに、自分用のテント張るって言ってましたよ」

私はできるだけ平静を装って答えた。

「えー、変わった人だね〜。こんな素敵な部屋があるのに別にテント張るって」

サキさんが感心とも呆れともつかない声を出しながら、ベッドの上で足をぶらぶらさせる。

そして、そのまま視線を横に流し――今度は遥香のほうをじろりと見る。

「でもさ、そういうところが好きなんだよね?」

「な、なっ……!」

遥香は半泣きのような顔で手をぶんぶん振る。

「ち、ちが……ないですってば!」


私は作り笑いを浮かべながら、その二人のやり取りを見ていた。

笑ってはいるけれど、胸の奥のモヤつきは、さっきより少し濃くなっている。


「てか繭ちゃん、長靴じゃなくて“ブーツ”のくだり見た? あれかなり面白かったんだけど」

「……見ました」

私は苦笑いで返す。

「『見た目ゴムっぽいですけど革製で〜』って。ゴムだろうが革だろうが、あれはブーツじゃなくて長靴じゃん」

遥香が堪えきれず吹き出す。

「しかも“野鳥の会の人?”ってまじでウケたんだけど」

ベッドに倒れ込むように笑うサキさんと、涙目で肩を震わせる遥香。


私もつられて笑った。

――けれど。

笑いながらも、胸の奥に沈んでいる“モヤモヤ”だけは、不思議と消えてくれない。


そんな自分をごまかすように、私は軽く息を吐いて、話題を変えるつもりで言った。

「そういえば……しばらくしたらnoRhythm(ノリズム)さんが、ウッドデッキの上を斧を持ってうろうろし始めるって、三神さんが言ってましたよ」

「え、何それ!? どういうこと!?」

サキさんが食い気味に乗ってくる。

目がまんまるになって、興味と爆笑の準備で満ちている。


――言った瞬間、私はハッとした。


これは、“三神さんと私にも個人的なつながりがある”ことのアピールのように聞こえないだろうか。

そのつもりはない。

本当に、ただ話題を出しただけ。

なのに、言葉が口から出た瞬間、胸の奥のモヤが、ゆっくりとした重さで沈んでいく。


サキさんは「何それウケる!」と笑っているけれど、

隣の遥香は――ほんの一瞬だけ、目の奥が揺れた気がした。


私の胸のモヤは、またすこし形を変えて膨らんでいった。

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