共犯
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
軽く頭を下げると、三神さんが笑って答えた。
「こちらこそよろしくね。っていうか、なんだか申し訳ない感じもあるんだけど……今日来るの、嫌じゃなかった?」
いきなり、そんな切り込み方をしてくる。
ひょっとして、私がnoRhythmのことを嫌がっているのに気づいてる?
――そう思ったけれど、それにしてもストレートだ。
「いや、全然楽しみでしたよ」
そう返しながら、軽く笑って言葉を継ぐ。
「三神さんこそ大丈夫ですか? サングラスの奥の目、ちょっと眠そうですよ」
「はは、バレました?」
三神さんは苦笑して頭をかいた。
「昨日あんまり寝てなくて。でも運転は大丈夫ですよ。レッドブルしこたま飲んできましたんで」
その言い方がなんだか可笑しくて、思わず小さく笑ってしまう。
どこか無邪気で、肩の力が抜けていて――今まで私が持っていた三神さんのイメージとは、あまりにも違っていた。
合コンのときの彼は、自分から進んで話すことはほとんどなく、ただ場に“いる”だけの人だった。
そっけないわけではないけれど、積極的に楽しもうという気配はまるでなく、どこか「仕事で参加してます」とでも言いたげな雰囲気だった。
けれど今日は、眠たげな目でふっと笑って、普通の人みたいに肩の力が抜けている。
「並木さんって、キャンプよく行ったりするんですか? 格好がそれっぽいというか……こなれた感じがするんで」
ハンドルを軽く切りながら、三神さんがちらりとこちらを見た。
その言い方があまりにも自然で、営業トークのような軽さがない。
思わず返事のタイミングを逃した。
「い、いや、行ったことないです。今回が初めてです」
「そうなんですか。てっきり慣れてるのかと。なんか、今日の感じ、すごく似合ってますよ。軽くテンションあがっちゃうくらい可愛いと思います」
いきなりの褒め攻撃だ。
けれど、口調も表情も軽すぎない。
どこか冗談めいているのに、不思議と嫌な感じがしない。
――この人、やっぱり慣れている。
そう思った。
「まずノリ君拾ってから現地に向かいますね。多分、お昼過ぎには着くかと思います」
そう言って、三神さんはウインカーを出しながら車を滑らかに高速へと乗せた。
「あの、交通費とかは……」
「あー、全然気にしないでください。そういうのは全部、佐々木持ちなんで」
「え、そうなんですか?」
「うん。今回は場所代も飯代も全部佐々木持ち。だから“金に糸目をつけない”を趣旨に手配したんで、期待しててね」
「ごちになります」
思わず口をついて出た自分の言葉に、三神さんはハンドルを握ったまま笑った。
「あはは、いいね並木さん」
軽い笑い声が車内に広がる。
さっきまで感じていた緊張が、少しだけほどけた気がした。
◇
車は高速道路を千葉方面に向かっている。
どうやらnoRhythmの家は千葉にあるらしい。
ハンドルを握る三神さんが、少し声のトーンを落として言った。
「ちょっとぶっちゃけた話していいかな?」
「なんですか?」
「並木さん、ノリ君のことどう思う?」
どう思うって……いきなりすぎる。
確か、三神さんはnoRhythmのマネージャーだったはずだ。
そんな人に、正直に話していいものなのか迷う。
「ほんと、ぶっちゃけちゃっていいよ。これ俺的には必要な情報なんで」
「ぶっちゃけちゃっても……いいって言われても……」
「なんか無理強いしてるみたいでごめんね。並木さんの答え次第なんだけど、嫌な思いをしないように――フォローできることもあると思うんだ」
嫌な思い。
――やっぱり、この人は気づいている。
「あーえー……ちょっと迷惑。だいぶ、かも」
「やっぱりかー」
笑い飛ばされるかと思った。
けれど三神さんは、意外にも真剣な顔をしてる。
前を見つめたまま、ほんの短く息を吐く。
「なんかご迷惑かけてるみたいでごめんね。あれでしょ、返答に困るLINEが頻繁にくるとか、謎に靴の写真送りつけてくるとか」
思わず笑ってしまった。
「まさにそんな感じです。……なんでわかるんですか?」
「もう、5年以上一緒にいるんでね。なんとなく彼の傾向はわかっちゃうというか」
三神さんは、苦笑しながらウインカーを出す。
「放っておいてもそれ以上の害はないと思うんだけどね。だけど、受ける側的にはきついよね、ああいうの」
「すみません。きついです」
思わず素直に返してしまった。
「だよね。そんな感じなのに来てくれてありがとね。今日は全力でフォローするんで安心して」
その言葉に、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。
冗談っぽいのに、なぜか本気で言っているように聞こえた。
「じゃあ、早速noRhythm対策しましょうか」
「お願いします」
気が重かったことなどすっかり忘れ、なんだか楽しくなってきた。
「基本、ノリ君は俺の予測通りの行動するからさ。都度それを並木さんに伝えるんで、先回りして回避作戦っていうのはどうだろう」
「なんですかそれ。……というか、そんなことできるんですか?」
「それが、できるんだなあ」
三神さんは少し得意げに笑って、視線を前に戻す。
「ノリ君は捻くれたところがないというか、基本“純粋ピュア人”だから。ほんと、こっちの予測どおりに動くんだよ」
その“純粋ピュア人”という言葉の言い方が妙にツボで、また小さく笑ってしまった。
「まず手始めに――もうすぐノリ君の家に着くからさ。家の外で待ってるか、中で待ってるか。どっちだと思う? ちなみにいつもは中ね」
「だとすると……中ですか?」
「残念。今日は絶対、外」
三神さんは即答した。
「これも絶対なんだけど、大量の荷物が周りに置いてある。だから外っていうのもあるけど……今日に関しては、残念ながら並木さんがいるからです」
「残念ながらって……。荷物って、今回なにも持ってこなくて大丈夫って話じゃなかったでしたっけ?」
「そうなのよ。それ、しっかり伝えた上で、わざわざ買い揃えてくるのがノリ君なんです」
「……」
「ほぼ全部不要な荷物なんだけど、今日はあえて積み込みするんで。後部座席に積み込めば、流れで“隣に座る”ってことにはならないでしょ」
後部座席に荷物を積む――その作戦を聞いて、思わず感心した。
座る座席の位置、それこそが私が一番懸念していたことだった。
「あと、せっかくなんでクイズ対決。今日のノリ君の格好はどんなでしょう?」
noRhythmの……格好?
頭の中に浮かんだのは、あの奇怪な柄のパンツと、どこかのデザイナー気取りみたいなシルエットのジャケット。
「なんか……フランスのサブカル民的な格好ですかね?」
三神さん、爆笑。
ハンドルを軽く叩きながら、笑いをこらえきれない様子。
「それ良すぎ。ほんとそれで焚き火とかしてほしい。でも――おそらく正解は、『日本野鳥の会』ルックなんだよな」
「日本野鳥の会……ですか?」
「うん。望遠鏡はないにしても、首からカメラは下げてるかも。あと、ポケットがいっぱいついたベストに長靴ね」
三神さんが説明した格好をするnoRhythmを想像して、私も笑いが堪えれれなかった。
「……あの角を曲がるとノリ君の家だよ。さて、正解はどうでしょう」
ハンドルを切り、車がゆっくりと曲がっていく。
角を曲がった先――塀の脇に、山のように積まれた荷物。
そのすぐそばに
――『日本野鳥の会』の人が立っていた。
首にはカメラ、足元は長靴。
まさか、ほんとに正解。




