確定した仮初《かりそめ》の未来
並木繭とのLINEのやり取りは、もはや紀彦の一方的なものになっていた。
即レスがくることはない。
期待して待った返事は、毎回同じスタンプ。
送れば送るほど、トークルームにはそのスタンプだけが整列していく。
「流石にしつこかったか?」「もう少し大人の余裕を見せたほうがいいか?」
そんなふうに自問しながら、紀彦は少し距離を置くことにした。
とはいえ、それは落ち着きを取り戻した末の冷静な判断というより、やりすぎたかもしれないという羞恥心から“気まずさを棚上げしている”──そんな状態だった。
そんなタイミングで、三神からキャンプの誘いが届いた。
参加メンバーを聞いた瞬間、胸の奥がざわつく。
――繭も来る。
やや諦めかけていた気持ちが、再び熱を帯びていく。
少なからず抱えていた反省の気持ちは、いつのまにか薄れていき、LINEでの反応の悪さも別の解釈へ。
――ただ忙しいだけ。
――返事がそっけないのは、気を許している証拠。
そうやって自分に言い聞かせるうちに、現実よりも、自分が描く“物語”のほうが真実味を帯びていく。
◇
紀彦はキャンプなど一度も行ったことはない。
地元にいた頃も、休みの日は部屋にこもって絵を描いたり、ゲームをして過ごしていた。
それでも「田舎育ち」という事実だけが、根拠のない自信を与えていた。
――前回は自分のフィールドじゃなかった。自然の中であればもっと距離が縮まる。
そんな無根拠な予測を、紀彦は疑いもなく信じていた。
「キャンプか……」
そうつぶやきながら、紀彦はデスクの前で腕を組んだ。
どうすれば、この機会に自分を“かっこよく”見せられるか。
「まずは服だな。あとはキャンプギア」
すぐにウェブブラウザーを開き、“キャンプ ファッション おしゃれ”で検索。
いくつかのキャンプ系サイトを開いては、写真を食い入るように眺めた。
「なるほど、こういうのが流行ってるのか……でも自分だったら、もう一歩先って感じにしたいな」
画面に並ぶ、長身のモデルが纏うキャンプコーディネート。
その中のひとつ、“ひとクセ”あるアイテムを身につけたモデル写真を見て、思わず独り言がこぼれる。
「この“ひと癖”も、ただのじゃ見た目なくて“取り入れる理由”を感じさせないとなんだよね。これはいまいち伝わってこないんだよ。……それを身につける理由っていうか、ストーリーが欲しいよね」
ダメ出しを入れつつ、頭の中では“当日の周囲の反応”が再生されていく。
「センスいいですね」
「noRhythmさん実はアウトドア派なんですね」――そんな声。
その光景を思い浮かべながら、ECサイトを開き、気になるアイテムを次々とカートに入れていく。
リネン素材のシャツ、撥水加工のカーゴパンツ、色味の落ち着いたベスト、そして用途もよくわからない小物類。
クリックを重ねるたび、当日の周囲の反応がより鮮明に浮かび上がる。
「さすが、noRhythmさんですね。普通と人とは一段階違います」
自分は穏やかに笑って「いや、まあちょっと」と答える――。
その光景は、もはや“想像”ではなく、“確定した未来”のように思えていた。
「焚き火を眺めながらコーヒーって良いな。こだわりの豆をその場で挽いて……あっ、焚き火ってことは薪割りしなきゃだな。ってことは……斧か。マイ斧って、なんか“デバイスにこだわる俺”っぽくていいじゃん」
アイテムのセレクトが洋服から“ギア”へと移行するにつれ、紀彦の想像は一気に熱を帯びていった。
まるで映像監督がシーンを組み上げるように、彼の頭の中では“理想のキャンプシーン”が構築されていく。
――焚き火の火が静かに揺れ、夜風が髪をなびかせる。その向かいに、笑顔の繭。
「椅子も、やっぱこだわったやつがいいよな。自分だけ良いもの使ってるのも感じ悪いし……繭ちゃんの分も買っとくか」
ショッピングカートに“チェア×2”の項目が追加される。
“彼女の分も選ぶ自分”というイメージに、紀彦の満足感はさらに深まっていく。
三神からは事前に、「今回はすべて現地で用意されているので、身ひとつでOK」と伝えられていた。
紀彦は、それを聞いていなかったわけではない。
実際、テントや寝袋といった“キャンプといえば”の必需品は、今回の購入リストには含まれていない。
つまり、彼なりに“把握はしている”のだ。
だが――それでも、アイテムのセレクトに余念がなかった。
「基本、身ひとつで行けばOK」という情報を把握していながら、その条件を踏まえることなく、いかに自分を特別に見せるかに全神経を注いでいた。
焚き火台の周りに配置された椅子。
こだわりのマグとコーヒーミル。
夜風に揺れる小型ランタン。
紅葉樹の薪、斧と革のグローブ。
各々のアイテムを使いこなし、それを用意した自分に対する羨望と感謝の声。
――焚き火台の前に座り、消えかけの炎に“慣れた風”に火吹き棒で息を吹きかける自分。
煙の向こうで、繭が小さく笑う。
その一つひとつのアイテムが、彼の頭の中で緻密に配置されていく。
まるで映画のワンシーンのように、光の当たり方、風の流れ、会話の間までもが計算され、“そうなることを信じて疑わない仮初の未来の構図”として、静かに完成していく。
それは、実際に運ぶ荷物となれば相当な量になるはずだ。
車を持たない紀彦にとって、“誰かに運んでもらわなくてはいけない”荷物になるが、当然のようにその運搬手段について一切考えていない。
「自分は特別である」という無意識の思い込みが彼を支え、そして――おかしな方向へ導いていく。
主役でありながら、誰かを思いやる優しさを持つ自分。
もてなされる側でありながら、もてなす気持ちを忘れない自分。
そんな“美しい矛盾”に酔いながら、紀彦はカートに積み上がっていくアイテムの数を、まるで自分の価値そのもののように眺めていた。




