少しだけ可愛い朝
「ねぇ、繭。キャンプ行かない?」
昼休みのカフェスペースで、サキさんがスマホを見せながら言った。
画面には、夜の森をライトで照らしたような、やたらおしゃれなテントの写真が映っている。
「これってグランピングってやつですか?」
「そうそう。佐々木さんが、とっておきの場所に連れてってくれるって。しかも、今回もお金は一切かからないよ」
サキさんはいつもの調子で、軽やかに笑う。
意外だったのは、隣で聞いていた遥香があっさり「いいじゃん、行こうよ」と言ったことだ。
たぶん、断る理由が思いつかなかっただけだろう。
私にとっても、サキさんからの誘いは断りづらい。
あの合コンのときもそうだった。
佐々木さんとなると、例の合コンのメンバーになるのだろう。
noRhythm――正直、冗談じゃないレベルだ。
とはいえ、あれから三ヶ月。
彼からのLINE攻撃もだいぶ落ち着き、ここ二週間は一通も来ていない。
やっと私に気がないことに気がついかのか――そうであってほしい。
正直、グランピングにはちょっと興味がある。
私だって今どきの女子だ。インスタもやっている。
しかも、サキさんが言う「佐々木さんのとっておき」なら、相当すごい場所に違いない。
……まあ、行くだけ行って、早めに寝ちゃえばいいか。
「うん、行く」
気づけば、そう答えていた。
◇
当日の朝。
秋の気配がはっきりと感じられる。
空気は“爽やか”というより、少し冷たかった。
玄関の姿見の前で今日の服装を確認する。
ショートパンツに派手目の柄のスパッツ、薄手のフリースベスト。
日焼け対策も兼ねた大きめのつばの帽子をかぶり、足元は少しボリュームのあるスニーカー。
キャンプはいつかやってみたいと思っていたが、これまで機会がなかった。
なんとなく物欲に任せて“キャンプに行くなら”と買っていた服を、ようやく着る日が来た。
外に出る予定もないままタンスの奥に眠っていた服たち。
今日はそれを着られただけでも、少し嬉しかった。
我ながら――可愛いと思う。
今日は自宅まで迎えに来てくれるという話だったが、なんとなく家の前まで来られるのに抵抗があり、適当な理由をつけて、自宅の最寄り駅まで来てもらうことにした。
まず私を拾い、そこからnoRhythmを乗せて現地へ向かうらしい。
迎えに来るのは、あのとき――連絡先交換のタイミングで、まるで計ったように席を立った男。
自分で言うのもどうかと思うが、私もサキさんも遥香も、見た目はそれなりに良い方だと思う。
そんなメンバーとの連絡先交換を、あっさり無碍にする男。
しかも、自分の会社の社長が主催する場で、それをやってのける三神という男に、少しだけ興味があった。
noRhythmも同じ車なのか……。
思わずため息が出た。
あの不毛なLINEが再発しないように、
できれば今回で「私はあなたには興味はない」とはっきり認識してもらいたい。
まずは座席だ。
三神が運転するということは、私が後部座席に座ればその隣にノリズムが座るかも。
それだけは避けたい。
車酔いするから――そうでも言って、なんとか助手席を確保しようと思った。
◇
待ち合わせの場所で立っていると、ちょうど約束の時間に、黒くて大きい車が目の前に滑り込むように停まった。
「これかな……?」
いかにもキャンプ好きが乗っていそうな、車高が高くタイヤが大きい車。
こういう車に乗る人間は、きっと“アウトドア”を本気で楽しめるタイプだろう――そう思った瞬間、運転席のドアが静かに開き男が出てきた。
カーキのシャツに、黒のアウトドアパンツ。
寝不足を隠すためかのようなサングラスに、足元はなぜかサンダル。
まるで意気込みを感じない格好なのに、センスの良さが滲んでいる。
見た瞬間に――この人、相当慣れてるな、と直感した。
「おはようございます、並木さん。早速乗ってもらっていいですか」
低く落ち着いた声。
そう言って助手席のドアを開け、軽く手で促した。
「ありがとうございます」
そう返しながら、私は軽く会釈をして助手席に乗り込んだ。




