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掌の上の劇場  作者: マイク密


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23/33

少しだけ可愛い朝

「ねぇ、繭。キャンプ行かない?」


昼休みのカフェスペースで、サキさんがスマホを見せながら言った。

画面には、夜の森をライトで照らしたような、やたらおしゃれなテントの写真が映っている。


「これってグランピングってやつですか?」

「そうそう。佐々木さんが、とっておきの場所に連れてってくれるって。しかも、今回もお金は一切かからないよ」


サキさんはいつもの調子で、軽やかに笑う。

意外だったのは、隣で聞いていた遥香があっさり「いいじゃん、行こうよ」と言ったことだ。

たぶん、断る理由が思いつかなかっただけだろう。


私にとっても、サキさんからの誘いは断りづらい。

あの合コンのときもそうだった。


佐々木さんとなると、例の合コンのメンバーになるのだろう。

noRhythmノリズム――正直、冗談じゃないレベルだ。


とはいえ、あれから三ヶ月。

彼からのLINE攻撃もだいぶ落ち着き、ここ二週間は一通も来ていない。

やっと私に気がないことに気がついかのか――そうであってほしい。


正直、グランピングにはちょっと興味がある。

私だって今どきの女子だ。インスタもやっている。


しかも、サキさんが言う「佐々木さんのとっておき」なら、相当すごい場所に違いない。

……まあ、行くだけ行って、早めに寝ちゃえばいいか。


「うん、行く」


気づけば、そう答えていた。



当日の朝。

秋の気配がはっきりと感じられる。

空気は“爽やか”というより、少し冷たかった。


玄関の姿見の前で今日の服装を確認する。

ショートパンツに派手目の柄のスパッツ、薄手のフリースベスト。

日焼け対策も兼ねた大きめのつばの帽子をかぶり、足元は少しボリュームのあるスニーカー。


キャンプはいつかやってみたいと思っていたが、これまで機会がなかった。

なんとなく物欲に任せて“キャンプに行くなら”と買っていた服を、ようやく着る日が来た。


外に出る予定もないままタンスの奥に眠っていた服たち。

今日はそれを着られただけでも、少し嬉しかった。

我ながら――可愛いと思う。


今日は自宅まで迎えに来てくれるという話だったが、なんとなく家の前まで来られるのに抵抗があり、適当な理由をつけて、自宅の最寄り駅まで来てもらうことにした。

まず私を拾い、そこからnoRhythmノリズムを乗せて現地へ向かうらしい。


迎えに来るのは、あのとき――連絡先交換のタイミングで、まるで計ったように席を立った男。

自分で言うのもどうかと思うが、私もサキさんも遥香も、見た目はそれなりに良い方だと思う。

そんなメンバーとの連絡先交換を、あっさり無碍にする男。

しかも、自分の会社の社長が主催する場で、それをやってのける三神という男に、少しだけ興味があった。


noRhythmノリズムも同じ車なのか……。

思わずため息が出た。


あの不毛なLINEが再発しないように、

できれば今回で「私はあなたには興味はない」とはっきり認識してもらいたい。


まずは座席だ。

三神が運転するということは、私が後部座席に座ればその隣にノリズムが座るかも。

それだけは避けたい。


車酔いするから――そうでも言って、なんとか助手席を確保しようと思った。



待ち合わせの場所で立っていると、ちょうど約束の時間に、黒くて大きい車が目の前に滑り込むように停まった。


「これかな……?」


いかにもキャンプ好きが乗っていそうな、車高が高くタイヤが大きい車。

こういう車に乗る人間は、きっと“アウトドア”を本気で楽しめるタイプだろう――そう思った瞬間、運転席のドアが静かに開き男が出てきた。


カーキのシャツに、黒のアウトドアパンツ。

寝不足を隠すためかのようなサングラスに、足元はなぜかサンダル。

まるで意気込みを感じない格好なのに、センスの良さが滲んでいる。

見た瞬間に――この人、相当慣れてるな、と直感した。


「おはようございます、並木さん。早速乗ってもらっていいですか」


低く落ち着いた声。

そう言って助手席のドアを開け、軽く手で促した。


「ありがとうございます」


そう返しながら、私は軽く会釈をして助手席に乗り込んだ。

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