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掌の上の劇場  作者: マイク密


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不快感への誘い

夏がゆっくりと終わり、朝晩の空気が少し冷たくなってきた。

オフィスの窓から見える公園の木々のところどころに黄色が混じりはじめている。


午後のオフィス。

コーヒーでも淹れようと給湯室へ向かったとき、背後から社長に声をかけられた。


「キャンプ、行かない?」

「いきなり何ですか..っていうか、社長そういうの興味ないと思ってましたけど。どういう心境の変化ですか?」


確かに自分はキャンプが趣味で、どちらかといえばアウトドア寄りの人間だ。

逆に社長は典型的なインドア派で、キャンプのイメージなど一切ない。


「いやー、サキちゃんが行きたいって言っててさ」

社長は照れくさそうに笑う。


「で、俺さ、アウトドアとか全然ダメだから。で、三神さんの力が必要って感じ」

「全然良いんですけど……。二人の間に自分ひとり入るのって、どうなんですかね」

「いやいや、みんなで行こうって話だよ。合コンのときのメンツでさ」


嫌な予感がした。

胸のあたりに、ゆっくりと重いものが沈んでいく感覚。


「……それって、ノリ君もってことですよね。っていうかサキちゃんはともかく他の女の子たちは大丈夫なんですか?」

「女の子側はサキちゃんが何とかしてくれるってよ。三神は細かい心配せずに、得意のキャンプ力を発揮してくれればいいから」


キャンプ力って……。馬鹿にされてる気しかしないが。

苛立ちが顔に出そうになるのを、意識的に押しとどめる。


「そういえば、ノリ君と繭ちゃんはその後どうなったの?」

「知らないっすよ……。あーでも、デート決まったら良い店教えてくれって言われましたね。その後決まったって話は聞いてませんけど。あと、相変わらずオシャレアイテムの収集に精を出してて、部屋がえらいことになってます」

社長は吹き出した。

「ほんと笑えるな、ノリ君は」


キャンプは好きなので話的にはやぶさかでは無いが、ノリ君が来るとなると話は別だ。

正直断れるものであれば断りたいが……


「じゃ、諸々の手配含めてよろしくね」

「そういうのも自分がやるんですね……。泊まりですか?日帰りですか?」

「泊まりでしょ、もちろん」

「大ごとですね……。じゃあグランピングとかどうです?道具いらずで豪華なやつ」

「それ! そういうの希望!」


「じゃあ、近場で探しておきます。男部屋と女部屋で二棟。あと、自分はソロテント張りますんで、寝るときはノリ君と二人でお願いします」

「ほんと相変わらずだな、三神は。もう全部任せるよ」


そう言って去っていく社長の背中を見送りながら、並木繭的にはどうなのかが気になった。

――あの子は、この話をどう受け止めるだろう。



ノリ君にキャンプの話を振ってみたところ、あっさり「行きますよ」と返ってきた。

まるで、それが当然起こるべき出来事であるかのように。


仕事の進捗は、遅れがちどころか、はっきりと遅れている。

ただ、現状進めているの案件の担当はノリ君のファンで、しかも作家を持ち上げてくるタイプだ。

そのため、多少を超えたの遅れであっても比較的融通が利く。

下手なSNSの投稿さえ控えてくれれば、大きな問題にはならないはずだ。


しかも、進捗の遅れも、“こだわりの証”として都合よく解釈してくれる。

――それが、ノリ君をますます調子づかせる要因のひとつでもあるのだが。



数日後。

ノリ君の部屋には、以前のファッションアイテムよりも大きなサイズのダンボールがいくつも積まれている。

グランピングなので、特に用具の準備はいらないと話をしたはずなのに。


相変わらず、話を聞いてもらえていない。

キャンプという場で当日どんなふうに自分を見せるか――結局、それだけが彼の関心事なのだろう。

皆が手ぶらで来る中、自分だけが不要な荷物を抱えて来る。

それがどう見えるかに、想像が及ばないのだろう。


本人に自覚はないのだろうが、これはもう“コケ”にされているのと変わらない。

頭にくるのもどうかと思うが、どうしても不快感は拭えなかった。

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