第三章 因果
架空の国、架空の時代
9歳で叔父の裏切りにより国を追われた西乃国皇太子:劉煌は、亡き父の遺言である蒼石観音の秘密を解き、幼馴染たちの協力のもと22歳で敵を討ち祖国で即位した。
だが、12年想い続けてきた初恋の人:小春は、中ノ国の皇后となり、失恋の痛手から劉煌は祖国復興に邁進する。そんな中巡り合った女医に、劉煌は知らず知らずのうちに心ひかれてしまうが、彼女の正体は東乃国の皇女で、彼と同様国内の乱から逃れてきたことを知る。彼女の姿に過去の自分を見た劉煌は、彼女を安全に祖国に帰すことに成功するが、正式に彼女を西乃国の皇后と迎えるにあたり、思わぬ妨害が入ってしまった。
劉煌に向けられた刃を身を持ってかばった彼女は一度絶命し、フェニックスの叡智で蘇ったものの、何故か劉煌と劉煌にかかわる人たちに関する記憶を無くしてしまい、、、
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
3人の否定の合唱に、小春はまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして小さな目を見開いて清聴を凝視した。
「それは、、、」清聴が説明しようとしたまさにその瞬間、天井からぴょんと人が飛び降りて口を開いた。
「それはね、お鈴はあたしの弟子だったからだよ。」
うすうすそうではないかと勘繰っていた劉煌はそこで「やっぱり」と漏らした。
お陸はニヤリと笑った。
「さすがお嬢ちゃん、あたしの弟子の中でもあんたがピカ一だったからね。あたしが死んだらあたしの名前を襲名するのはお嬢ちゃんしかいない!」
「そんな名前いらないわよ!第一もう皇帝なんだし。」
「そんな名前なんて、失礼な!お嬢ちゃん!忍者界でくノ一のお陸って名前は最も権威があるんだよ!だからお嬢ちゃんは二代目くノ一のお陸になるって決まってるんだ!」
「勝手に決めないでよ!絶対イヤよ!二代目くノ一お陸の襲名なんて断固拒否する!それにそもそも朕は男です!」
「いいじゃないか。西乃国には女将軍だっているんだ。くノ一も男女差別なくして男がなっても!」
「ちょっとぉ!くノ一ってジパング語で女って字をバラバラにしたんだから女に決まってるでしょっ!」
「違う!くは鎖鎌、ノは弓、一は棒手裏剣の形を表している、つまり忍者の七つ道具のことだ!」
「七つ?三つしかないじゃない!」
「だから、女に限らないってことなんだよ!」
「こじつけじゃない!」
涼しい顔のお陸と真っ赤になって怒っている劉煌が完全に脱線している間に清聴は、呆気にとられている小春にトクトクと説明し始めた。
彼女が昔、くノ一として仕事をしていたことを。
それでもその話が信じられない小春に、万蔵が口をはさんだ。
「あんた、そのパチンコの腕。よすぎるって思わないか?そんな体型なのに反射神経いいだろう?くノ一の娘だから筋がいいのさ。」
そして清聴がダメ押しした。
「じゃあ聞く。どうして私が名門貴族の御曹司だった仲邑備中と出会える?言っとくけど私ゃ遊女はやってないよ。」
するとここで、突然劉煌がお陸を見捨てて乱入した。
「も、もしかして宰相のセクハラが酷くて辞めたくノ一ってままのこと?」
それを聞いた清聴はサーっと青ざめ、今までの勢いがなくなり小さな声で呟いた。
「れ、蓮、、、なんでそんなことを?」
「忍者研修生の試験に行った時、黒装束の人が言ってた。」
今度は青ざめている清聴と劉煌に向かって万蔵が口をはさんだ。
「それはな、備中殿に頼まれてわしが流した噂だ。」
「へ?」清聴は呆けた。
万蔵は無意識におくれ髪をふっと手でかきわけてから続けた。
「備中殿は、心底お鈴に惚れてたんだ。だからお鈴を娶りたくてな。でもあっちは皇族とも姻戚関係があるほどの家柄で、既に貴族のご令嬢の花嫁候補がいたんだよ。それがどこの馬の骨かわからない女を、しかも正妻にしたいなんて無茶な話をしたもんだから仲邑家としてはお鈴は邪魔者以外の何者でもなかった。」
「はあ?正妻?あたしゃ第二夫人としか聞いていないよ。」清聴は困惑気に答えた。
「それは後からの話だ。備中殿はお前さんを正妻にって一歩も譲らなくて御前様とそれはおおもめにもめたんだ。」
「知らなかった。。。」清聴は混乱していた。
そんな彼女の状態を気にすることもなく万蔵は語り続けた。
「そりゃそうさ。備中殿もおまえさんにぬか喜びさせたくなかったからな。」
清聴の頭の中に、二十数年前の出来事が次から次へと浮かんでいた。
「じゃあ、もしかしてあの時襲ってきたのも?」
「そうだ。仲邑家の御前様が放った刺客だ。」
「それで慌ててあの人飛んできたのか。」清聴の記憶の中で、今は亡き仲邑備中が短い足をフル回転させて彼女の家に飛び込んできたあの出来事が、蘇っていた。
清聴の頭の中で起こっている記憶という名のトルネードの存在を知らない万蔵は、さらに続けた。
「そうだ。だが、お前さんを助けるまでもなかった。おまえさん身重とはいえ、お陸姐さんの愛弟子だったからな。あの後、備中殿は御前様と対峙したんだ。御前様もいくら父親とはいえ、裏で息子の恋人を暗殺しようとしていたことがバレた後ろめたさがあって、しぶしぶ第二夫人ならって認めたんだ。」
清聴は、なぜあの時、仲邑備中が、彼女に第二夫人になってほしい等と、世にも奇妙なプロポーズをしたのか、二十年以上経って初めて知ったのだった。
「ところが、御前様は第二夫人ならと表向きは認めたが、その裏でおまえさんの命をまだ狙っていた。おまえさんが備中殿の申し出を断ったのにな。」
「へ?刺客は一回しかこなかったよ。」
「そりゃおまえさんが知るはずもないことさ。備中殿が念には念を入れてってわしに守らせていたからな。備中殿は再度刺客が来た時、また御前様ともめたんだ。だが、第二夫人にしていいと認めているのに刺客を送るわけないだろうとしらばっくれられてな。だから彼は悟ったのさ。お鈴を守るためには、お鈴を彼の側においてちゃいけないってな。当時わしはまだ(骸組の)頭領になったばかりで、先代の御大の勢力がまだ残っていた。御前様と御大は旧知の仲だったから、備中殿は骸組内に妙な噂を流させたのさ。そしてその後お鈴は出産で命を失ったことにした。」
清聴はここで初めて故仲邑備中の彼女に対する深い愛情を知ったのだった。
”だから小春のことも命がけで救ってくれたんだねぇ。”
そんな彼の命を投げ出してまで救った小春に、また命の危機が迫っている。
”何が何でもこの子を、私とあの人の孫をまもらなきゃ。”
清聴は決意を新たにした。
清聴は話を変えて小春に向かって話しかけた。
「たしかに私だけじゃ心もとないと思うだろうけど、ね、お頭もいるから、、、だから大丈夫よ。それにしても、お頭の顔がこんなに変わっているとは思わなかった。」
「それを言うならお鈴だろ。いくら眉を剃っているからって雰囲気が変わりすぎだ。それにわしはもうお頭じゃない。骸組の頭領はまた御大に戻った。」
「え?!どうして?」
「知らない方がいいこともあるって、お鈴ならよくわかっているだろう?」
万蔵のその一言で、清聴は万蔵が知ってはいけないことを知ってしまったのだと悟った。
「それで顔を?」
「まあな。」
「まったくこの稼業は因果な商売だよ。今日の味方が明日の敵ってこともあるからねぇ。」
「だからおまえさんが抜けたのは正しかったんだよ。」
仲間に命を狙われた経験を共有する二人がしみじみ思いを語り合っているのを見て、劉煌が複雑な顔をしていると、いつの間にかお陸が側に来て彼に話しかけた。
「お嬢ちゃん、わかったね。百蔵も万蔵も売っていいんだよ。」
相変わらずお陸はにこやかに自分のことを棚に上げて劉煌に実しやかに語ったが、彼女の目は全く笑っていなかった。
劉煌は愁いをおびた目でお陸を見た。
だがお陸は全く表情を変えることなく、劉煌を見つめ返した。
”師匠は大義のためなら自らを捨てろと言っているのだ、、、”
なんだかんだ言っても、国を追われ、命を狙われながらも国を取り返すべく奮闘している時の方が、今に比べれば格段に気が楽だった。
まさか、国を取り戻し、国主である皇帝になってからの方がよっぽど苦渋の決断をせまられるようになるとは、彼は思いもしていなかった。
劉煌は複雑な気分でその場を無言で後にした。
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