第一章 思惑
9歳で叔父の裏切りにより国を追われた西乃国皇太子:劉煌は、亡き父の遺言である蒼石観音の秘密を解き、幼馴染たちの協力のもと22歳で敵を討ち祖国で即位した。
だが、12年想い続けてきた初恋の人:小春は、中ノ国の皇后となり、失恋の痛手から劉煌は祖国復興に邁進する。そんな中巡り合った女医に、劉煌は知らず知らずのうちに心ひかれてしまうが、彼女の正体は東乃国の皇女で、彼と同様国内の乱から逃れてきたことを知る。彼女の姿に過去の自分を見た劉煌は、彼女を安全に祖国に帰すことに成功するが、正式に彼女を西乃国の皇后と迎えるにあたり、思わぬ妨害が入ってしまった。
劉煌に向けられた刃を身を持ってかばった彼女は一度絶命し、フェニックスの叡智で蘇ったものの、何故か劉煌と劉煌にかかわる人たちに関する記憶を無くしてしまい、、、
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
御用邸内の宴会場は、奇しくも、鳳凰殿という名前で、建物の前後左右に朱雀が何羽も飾り彫りされている縁起の良いとされる建物の中にあった。
会場の広間は、入口から向かって右側が西乃国、左側が東之国の席となっており、場所が五霊なので、ここでの絶対権限を持つ簫翠蘭が劉煌の真向いの上座に座った。
翠蘭は、席に着くと ”みんながいう自分の婚約者だという男” が、横を向いている間に彼のことをしげしげと見つめた。
彼女は、表情一つ変えていなかったが、心の中では仰天していた。
”ええーー!!まさか、この人が婚約者なの?めっちゃハンサムじゃない!小顔だし、鼻高いし、目は大きいのに切れ長で、それにあの唇、、、ハッ!簫翠蘭、はしたない!あなたは巫女になるんだから。殿方をそんな目でみてはいけません!”
自分に突っ込みを入れると、翠蘭は俯いて膝に置いている両手の先をテーブルの下でこすり合わせた。
全員が席に着くと、劉煌が話し始めた。
「以前翠蘭殿に東之国のマナーを教わりまして、料理は各自がお菜箸で銘々皿に自分の分の料理を取ると聞いています。実は西乃国では、料理は親しみを込めて他の人の皿に盛ってあげます。今日は私の無礼を許してください。」
劉煌は菜箸で料理をつまむと、各自の皿に「はい。」と言って料理を置いていった。
そして、翠蘭の皿にも劉煌は「はい。」と言って料理を置くと、翠蘭は目を大きく見開いて、「前もこうしてくださいましたか?」と皿を凝視しながら言った。
劉煌は椅子に座ると、彼女の記憶の断片が蘇ったことに心を躍らせていたが、平静を装って「ああ。」と答えた。
翠蘭は顔を上げて正面を向くと、劉煌をジッと見た。
彼の横顔も素敵だったが、正面から見ても非の打ち所がない顔であることに気づくと、段々と翠蘭は自分のほっぺたが熱くなってくるのを感じた。翠蘭は自分の意思とは裏腹の生理現象に恥ずかしくなって、また俯くと両手の先をテーブルの下でこすり合わせた。
しばらく恥じらっていた翠蘭だったが、突然自分が他の人を忘れるならともかく、こんな素敵な人を忘れるはずがないと思いはじめた。
”え?待てよ。こんなハンサムを本当に忘れるかしら。しかも婚約者なのに…そんなこと絶対ありえないわ。そうだわ、きっとみんなグルになって私のことを騙しているんだわ。麟麟が袁袁のふりをしているのがバレて、政略結婚を迫られたんだわ!きっとそうよ!そうに違いないわ!”
そう結論づけた翠蘭は顔を上げると、今度はキッという顔をして正面の劉煌を睨んだ。
劉煌は、頬を染めて俯いたと思ったら、今度はキッとして自分を睨んでいる翠蘭に、内心
”朕、何かまずい事言ったかしら?”
と焦ったが、久しぶりに翠蘭が睨んでいるのを見て、西乃国で再会したころのことを思い出し、思わずふっと笑ってしまった。
それを見た翠蘭は、ますます睨みの目力を強くすると東之国の面々がオロオロしているのをよそに「何がおかしいんです!」と語気を強めて劉煌を諫めた。
劉煌は「失礼、失礼。」と詫びると、「いやあ、君と初めて西乃国で会った時のことを思い出してしまって。」と苦笑した。
翠蘭は今度はふくれっ面になって「いつのことよ。私は覚えていないわ。いい加減なこと言わないで!」と叫んだ。しかし、劉煌がにこやかに「今年の春のことだよ。君は張麗と名乗っている町医者で、医師の継続研修で毎週水曜日に靈密院に研修で来ていたんだ。その日も君は時間ギリギリに走って研修室に飛び込んできたんだ。」と言うと、途端に翠蘭は今度は青ざめトーンダウンし「なんで知っているの?」と小声で劉煌に尋ねた。
劉煌は微笑みながら「だからそこで会ったからだよ。君は他の受講生と違ってオートプシアも積極的にやってくれて、本当に助かったよ。」と、食事中なので、敢えて全員が理解できる解剖という言葉を使わず、西域の医療用語で言ったのに、翠蘭は知っているはずのないことを知っている相手にパニックになって「なんで私が解剖が好きだって知っているのよ!」と大声で叫んだので、その瞬間、その場の全員の箸の動きが完全に止まり、皆食欲が一気に失せてしまった。
劉煌はそれに怯むことなく翠蘭を優しい眼差しで見つめて「毎週水曜日、オートプシアが終わってから、二人で京安の町の料理屋に食事に行っていたんだ。私は2月に12年半ぶりに西乃国に戻ったばかりで、京安の町の様子を知りたくて、君に案内してもらっていたんだ。その時は君が東之国の皇女だとは思ってもいなかったよ。」と呟くと、視線を下に移し、酒器からおちょこに酒を手酌で注いで、おちょこをみつめ、それを手でしばらく弄んでから、遠い目をしてぐいっと一気に酒を飲んだ。
劉煌の全身から溢れる”深い悲しみ”を感じた翠蘭は、”なんとなく、この人は本当のことを言っている気がする…”と思い始めた。
すると翠蘭はジッと、自分の皿に劉煌が盛ってくれた料理を見つめたまま、黙ってしまった。
劉煌は気を取り直して、ボーっとしている翠蘭に、彼女が好きな野菜の煮物の盛られた器を取って彼女の前に差し出すと、「そういえば朕がこれを食べさせてあげるって言った時、そんな変なことしたら許しませんよ!って君は怒ったんだよ。」と言うと、翠蘭は顔をあげて劉煌の目をしっかり見ながら「本当に私のことを知っているのね。」と囁いた。
劉煌は彼女から目線を離さず大きく一回頷くとと単刀直入に翠蘭を誘った。
「明日デートしよう。」
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