第二章 逸脱
架空の国、架空の時代
9歳で叔父の裏切りにより国を追われた西乃国皇太子:劉煌は、亡き父の遺言である蒼石観音の秘密を解き、幼馴染たちの協力のもと22歳で敵を討ち祖国で即位した。
だが、12年想い続けてきた初恋の人:小春は、中ノ国の皇后となり、失恋の痛手から劉煌は祖国復興に邁進する。そんな中巡り合った女医に、劉煌は知らず知らずのうちに心ひかれてしまうが、彼女の正体は東乃国の皇女で、彼と同様国内の乱から逃れてきたことを知る。彼女の姿に過去の自分を見た劉煌は、彼女を安全に祖国に帰すことに成功するが、正式に彼女を西乃国の皇后と迎えるにあたり、思わぬ妨害が入ってしまった。
劉煌に向けられた刃を身を持ってかばった彼女は一度絶命し、フェニックスの叡智で蘇ったものの、何故か劉煌と劉煌にかかわる人たちに関する記憶を無くしてしまい、、、
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
そのまるで6歳児にでも戻ったかのような翠蘭のおねだりフェイスを見た劉煌は、笑いながら「勿論、君に立ち合ってもらわないと。一時期は君が彼女の主治医だったからね。それに朱さんの窓口も君だから、この経験が活かせるはずだ。」と告げると、翠蘭は髪を結わえなおしながら「主治医?朱さん?窓口?」と両眉をくっつけた。
「うん、3か国の祭典の時、君は皇后楼で彼女をつきっきりで診ていた。それから朱さんは京安のお産婆さん、来夏のベビーブーム対策に産科病棟を作っているのだが、そのソフト・ハードとも朱さんの助けを借りていてその窓口が君なんだ。」
劉煌の話を聞いて翠蘭の心は揺れた。
”そんなに私のこと信頼してくれていたんだ、、、”
劉煌、翠蘭と張浩が小春の部屋にやってきた時には、既に小春は劉煌の指示した麻酔薬で眠っていた。
東之国の御典医長と小資が彼らを見てお辞儀する中、劉煌は小春に声をかけたりゆすったりしたが全く反応がないことを確認してからお腹だけ露出させると、そこに酒をかけすぐにメスを下腹部に縦に入れた。
てっきり横に入れると思っていた翠蘭が「その向きだと取り出しにくいのでは?」と呟くと劉煌は面紗の下でニヤリと笑いながら「腱の走行は?皮膚は?」と質問に質問で返した。
皮下の解剖図が頭に浮かんだ翠蘭は「ああ。」と納得している間に、劉煌はメスを走らせ切開した皮膚を鉗子で掴んだ。
”なるほど、この器具は止血に使うんだわ。これは出血、感染症リスクを大幅に減らせるかも!”
そう翠蘭が感心している間に劉煌はもう胎児を取り上げていた。
張浩が摘出した胎児を洗っている間に、劉煌は素早く切開部を縫合していった。切開から摘出、そして縫合までのまさに神業のような速さと正確さの劉煌の技を、翠蘭は目を丸くしながら見ていた。
”凄い、こんなに早く、正確に、しかも、、、美しい、、、”
東之国の御典医長が感嘆しながら呟いた。
「なんと、素晴らしい。皇帝陛下の切開術は、、、」
それを聞いた張浩は間髪入れずにこう言った。
「まさに。陛下、この新しい術のことを帝王切開と名付けてはいかがでしょうか。」
「おお、それはまさしくそのものですな。その名称であれば絶対に忘れません!拙もその名称にしていただければと存じます。」
こうして、外野が妊婦に施す手術の名称を勝手に決めていた時、劉煌は、最後の処置である縫合を終え、すぐに小資と交代し、翠蘭を従えている?翠蘭が張り付いている?張浩と共に、あらかじめセットしていた箱の中に、赤子を入れた。
「陛下、これが例の人工子宮でしょうか?」
「そうだ。」
「恐れながらこの管は?」
「もし自力で乳を吸えなければ、腹に穴を開け、この管を胃にさして乳を直接入れる。」
「な、なんですと?!」
その場にいた他の4名の医師達は、みな自分の耳を疑い、驚愕して思わず皆口々に叫んだ。
「胎生齢から、自力ではまず無理だろうから持ってきた。だが取り上げた瞬間思ったんだ。この子の遺伝割合は99:1で小春だと。そうだとするともしかすると使わずに済むかもしれない。」
そう聞いた瞬間翠蘭はまためまいを起こした。
そして彼女は確信した。
劉煌、小高蓮だけでなく小春という名前も彼女のめまいの原因になることを。そしてそれは、劉煌と小春の間に流れるどんな大地震が起ころうとも壊れないであろうほど強く、果てしなく続く深海のように深い絆を感じたからに他ならなかった。
それが意味することは何か、、、
それは、皇女ともあろう自分が、普通の女のようにシットしているからに他ならなかった。
そしてそれは、自身の中で断じて受け入れることができない、彼女の影の一面であった。
翠蘭が勝手に自身が起こした乱気流の中でもまれている中、劉煌はすぐに彼女の肩を抱き、倒れないようにして囁いた。
「疲れが出たのだろう。もう戻って休まれたら。」
「だ、大丈夫です。それより人工子宮が見たい、、、」
その時彼らの背後からうーんといううめき声が響いた。
3人は慌てて振り返ると、ベッドの上で小春が覚醒しかけていた。
「気分はどうだ?」眉間にしわを寄せながら劉煌が、ベッドサイドで跪いて小春に話しかけた。
「れ、蓮、、、赤ちゃんは、、、赤ちゃんは、、、」
「大丈夫だ。元気な男の子だ。でかしたな。」
「どこに、、、見せて、、、ごたいまんぞくなの?」手を伸ばした小春は、そのはずみで腹の傷口が痛みうぐぐと唸ると思わず手を引っ込め腹を押さえた。
「慌てるな。腹を切って子供を取り出したからな。傷口が痛むはずだ。今連れてくるからそこで休んでいろ。」
そう言って小春を安心させてから劉煌は、立ち上がった。
彼が振り向くと、人口子宮の前には、張浩と翠蘭が文字通り張り付いていた。劉煌はその二人の間に割り込むと手に酒をかけ、手をこすり合わせてから人工子宮の中から赤子を取り出した。
劉煌は愛おしそうに小さな赤子を胸にしっかりと抱いて翠蘭の方を振り向いて言った。
「翠蘭殿、一緒に来てくださるかな。」
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