第一章 思惑
架空の国、架空の時代
9歳で叔父の裏切りにより国を追われた西乃国皇太子:劉煌は、亡き父の遺言である蒼石観音の秘密を解き、幼馴染たちの協力のもと22歳で敵を討ち祖国で即位した。
だが、12年想い続けてきた初恋の人:小春は、中ノ国の皇后となり、失恋の痛手から劉煌は祖国復興に邁進する。そんな中巡り合った女医に、劉煌は知らず知らずのうちに心ひかれてしまうが、彼女の正体は東乃国の皇女で、彼と同様国内の乱から逃れてきたことを知る。彼女の姿に過去の自分を見た劉煌は、彼女を安全に祖国に帰すことに成功するが、正式に彼女を西乃国の皇后と迎えるにあたり、思わぬ妨害が入ってしまった。
劉煌に向けられた刃を身を持ってかばった彼女は一度絶命し、フェニックスの叡智で蘇ったものの、何故か劉煌と劉煌にかかわる人たちに関する記憶を無くしてしまい、、、
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
そう思った劉煌の雰囲気が、横でスーッと変わったことに気づいた翠蘭は、劉煌にわざと冷たい態度をとり続けるつもりだったのをすっかり忘れて、すぐに「陛下、どうなさったの?」と、とても心配そうに聞いた。
劉煌は、翠蘭を見下ろし「一昨日、君の御所の外回廊に鳩の巣箱を設置させてもらったことは覚えているかな?」と聞くと、翠蘭はゆっくりと首を横に振った。
やっぱりなとがっかりしながら劉煌は「それは伝書鳩の巣箱なんだ。今飛んでいったのは多分それじゃないかと思うんだ。」と言うと、馬に飛び乗った。
それを見ていた翠蘭は言われる前にやはり馬に飛び乗ると、チャッと言う掛け声をかけて馬を皇宮めがけて走らせ始めた。劉煌もそのすぐ後に続き、馬を走らせ、皇宮の大手門に到着すると、翠蘭の顔パスで二人はノーチェックで門内に入り、そのまま東尋御所まで一直線に馬を走らせた。
馬から飛び降りた劉煌はそのまま巣箱のところまで走り、巣箱の中をくまなくチェックした。そして手紙を持ってきた鳩をみつけると、鳩の脚から通信管を取り、その中から小さな小さな巻紙を取り出した。
翠蘭は東尋御所の護衛兵に、2頭の馬の手綱を渡すと、暗いところで紙を見ている劉煌に向かって声を掛けた。
「陛下、そこは暗いですから、どうぞここの中でお読みくださいませ。」
まさか今日翠蘭が彼女の住まいに自分を通してくれるとは思っていなかった劉煌は、とっても嬉しそうな顔をして微笑んでから「それではお言葉に甘えて。」とチャンスをものにすると、翠蘭の後に続いて御所に入っていった。
応接に通された劉煌は誰もいなくなると、すぐに巻紙を伸ばして読み始めた。
それはやはり一昨日通信管にメモを入れて放った鳩で、しっかり西乃国の巣箱に戻り、それを読んだ孔羽から、今度はメッセージを携えてここに戻ってきたことがわかった。
内容を読み進めるうちに、劉煌の顔は思いっきりほころんだ。
”これで経済的な心配は全く無くなったな。”
”張浩先生さえ来て下されば、医療系の問題もなくなる。食糧問題も思いがけず解決しそうだし、国内問題は来年の出産ラッシュだけだな。ただ新たに大きな問題ができてしまった。一難去ってまた一難とはまさにこのことだ。戦争は回避したいが、成多照挙が龍を覚醒させてしまったからには中ノ国との問題はは一筋縄ではいくまい。”
劉煌が中ノ国のことで溜息をついていた時、水屋でお茶の準備をしていた翠蘭は、どうして西乃国皇帝を自宅御所に入れてしまったのかと自分自身に突っ込みを入れていた。来年巫女になりその後は五霊に留まることになっている彼女は、西乃国の皇帝とは、これで、、、
”もう永遠にお別れなのに…”
そう思うと、彼女の心は例えようもないほど苦しくなり、彼女は思わず布巾を強く握りしめ”このまま時が止まってくれたら。”と強く願ってしまった。
すると彼女の脳裏に、見たことのない薬草が群生している丘の上で、泣いている自分が誰かの大きな懐の中にいて、その誰かが自分をギュッと抱きしめてくれている姿が映り、それはギュッと抱きしめられている身体の物理的な感覚と、それによって自身がどんどん安心していくという生々しい感覚まで呼び起こしてしまった。
”あれは誰なのだろう?何であの人のことも忘れているのかしら。”
翠蘭は頭を横に2.3回ほど振ってから大きな息を一回吐くと、気を取り直してお茶の準備を続けた。
劉煌が読み終わった巻紙をろうそくの火にくべ、燃やしていたところに、翠蘭が、お茶を持って応接に入ってきた。翠蘭が湯飲みを手渡そうとお盆をテーブルの上に置いた瞬間、劉煌は何も言われていないのに、すぐに一番大きな湯飲みをとってぬるい白湯を一気に飲んだ。
それを見た翠蘭は非常に驚いて「なぜそれを飲まれたの?」と聞いた。
「前に君が教えてくれたからだよ。」
劉煌は、またすぐに中くらいの湯飲みの白湯を少しずつ飲み、最後にお茶の茶碗を手に取ると、鼻のところまで持ち上げて、鼻からスーッとお茶の臭いを胸いっぱい吸い込んだ。そして一口、口の中に含ませると目をつぶって舌の上でお茶を十分に味わってから喉を通過させ、はああと幸せそうに吐息をついた。 劉煌は目をゆっくり開けると何か閃いたように「明日、買って帰るものがもう一つ増えた。お茶の葉だ。」と言った後、今度はとても悲しそうな顔をして力なく呟いた。
「もっとも、君のようにうまくお茶をいれられる人はいないが。」
翠蘭が何か言う前に、劉煌は真剣な顔をして彼女を見つめながら続けた。
「君は朕のプロポーズに返事をする前に、巫女にならなければならないことを酷く気にしていた。皇女としての責務と自分の感情の間できっと凄く苦悩していたのだと思う。それでも、最終的に朕の皇后に、西乃国の皇后になることを望んでくれた。だから、あともう少しだけ、時間を朕にくれないだろうか。君が20歳になるまで、今迄どおり、毎日君に手紙を送らせてもらいたい。君からの返事は、くれたら嬉しいけど、無理強いはしないから。」
翠蘭は劉煌の視線に耐えられず俯いてフーと大きく息を吐くと、申し訳なさそうに呟いた。
「でも陛下、そんなにしていただいても、私の記憶は戻らないかもしれないのよ。」
劉煌は俯いている翠蘭の頭を見つめながら、静かに述べた。
「君の記憶が戻らなくても構わない。大事な事は過去ではないから。」
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