第一章 思惑
9歳で叔父の裏切りにより国を追われた西乃国皇太子:劉煌は、亡き父の遺言である蒼石観音の秘密を解き、幼馴染たちの協力のもと22歳で敵を討ち祖国で即位した。
だが、12年想い続けてきた初恋の人:小春は、中ノ国の皇后となり、失恋の痛手から劉煌は祖国復興に邁進する。そんな中巡り合った女医に、劉煌は知らず知らずのうちに心ひかれてしまうが、彼女の正体は東乃国の皇女で、彼と同様国内の乱から逃れてきたことを知る。彼女の姿に過去の自分を見た劉煌は、彼女を安全に祖国に帰すことに成功するが、正式に彼女を西乃国の皇后と迎えるにあたり、思わぬ妨害が入ってしまった。
劉煌に向けられた刃を身を持ってかばった彼女は一度絶命し、フェニックスの叡智で蘇ったものの、何故か劉煌と劉煌にかかわる人たちに関する記憶を無くしてしまい、、、
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
これにはその場にいた全員が茫然とし、劉煌の顔から血の気がどんどん引いて、彼の顔は死人のように真っ青になった。
簫翠蘭は不安そうな顔をして、あたりをきょろきょろ見回した。
”ここはどこ?私は何でここにいるの?何でこんなにたくさんの人に囲まれているの?”
そう思いながら見回している彼女の瞳に、彼女の医術の師匠である張浩の姿が映った。
「父様、いったい何が起こったの?何故私は知らない人達に囲まれているの?」
声の上ずり方からパニック気味になっている彼女への返答に張浩が困っていると、
”””女神、女神、ずっと探していたよ。”””
という声が翠蘭の心の中に響いてきた。
翠蘭はその声を聞くと、突然目が虚ろになり、ボーっとしながらスクっと立ち上がって、まるで夢遊病者のように人垣を掻き分け、朱雀の元に吸い寄せられるように歩いていった。
翠蘭は、朱雀を見上げ、その首を優しく撫でながら囁いた。
「お逃げなさいって言ったのに、また戻ってきたの?今度は捕まらないようにね。」
朱雀は、目を細めて、翠蘭の愛撫に身を委ねていたが、突然閃いたように、”””女神、何で人間なんかになったんだ?”””と聞いた。
翠蘭はボーっとしながら首を傾げて「ある人に会いたかったから。でもそれが誰なのか思い出せない。」と答えると、朱雀から手を放して、自分の頭を両手で押さえ、そこにうずくまってしまった。
東之国の皇帝は、慌てて翠蘭の前にサッと出て跪くと「蘭姉ちゃんは、今日、あまりに酷いことを経験し過ぎた。とにかく休養が必要だ。さ、蘭姉ちゃん、屋敷に帰って休もう。」と言って、彼女を抱き起こした。
翠蘭は周囲に礼儀正しく会釈しながら、そのまま無言で東之国の皇帝、簫翠陵と張浩に付き添われて御用邸に向かって歩き出した。
途中、東之国の兵士の前で後ろ手を縛られている成多照挙の存在に気づいた翠蘭は、成多照挙に一応お辞儀をした。そしてまた歩き出すと、歩きながら「中ノ国の皇太子がなぜここに?それに何で縛られているの?」と東之国の皇帝に聞いた。
それが聞こえた成多照挙は、勝ち誇ったように、劉煌に向かって「どうだ!劉煌!彼女は朕のことは覚えているじゃないか。これが彼女の回答さ。お前はお呼びではないのだ!」と叫ぶと、また狂ったようにハハハハハハと大きな高笑いをし続けた。
李亮は、すぐに劉煌の元に駆けつけると、「絶対一時的な混乱だ。気にするな。」と言ったが、劉煌は頭の前で、迷いを手で払うような動作をしてから静かに重い口で答えた。
「こういうものには代償が必ずつくものなんだ。彼女が生きているだけで100点満点さ。」
それから彼は、白凛に向かって、「御用邸に戻って蘭蘭の世話を頼む。」と依頼してから、今度は木の上に向かって「お陸さんも蘭蘭をよろしく。」と命じた。
そして一度下を向いて呼吸を整えてから、劉煌は李亮の方を振り向き、落ち着き払って淡々と彼に伝えた。
「小春の体調が心配だ。宿舎にエスコートして中ノ国の御典医の診察を受けさせてやってくれ。その後、東之国の皇帝のところに行き、劉煌が「成多照挙の件は、東之国の皇帝に一任すると言っている」と伝えてくれ。」
李亮はこんな時でも感情を挟まずしかも的確に指示できる劉煌に、さらに畏敬の念を深めながらも、絶対に無理をしているはずの大親友の心中を察すると、劉煌の顔をまともに見ることができなかった。李亮は、なんとか劉煌にお辞儀をしながら「御意。」とだけ言うと、木練が介抱している腰を抜かして動けない小春の元へ向かった。
劉煌は朱雀と二人っきりになると、再度朱雀の前にひれ伏して、粛々と礼を言った。
「彼女を助けていただきありがとうございました。」
朱雀はそんなことどうでもいいという顔をしながら、”””時々いるんだ、こういう女神が。”””と吐き捨てるように言った。
「こういう女神とは?」と劉煌が驚いて聞き返すと、
”””格下の人間なんかに降臨してしまう女神さ。そういう女神は、たいてい、人間の男が好きになって、その男と出会えるように、同じ時期に人間に化身するんだよ。体裁を気にする男神では絶対ありえないことだ。”””
”””あの女神は、千年前のあの時、きっと中ノ国の皇帝に恋したんだよ。そういえば、あの時、彼女は君にだけは天罰を下さなかったじゃないか。”””
”””それを私も見逃していて、こうなってようやく気が付いたよ。まったく神界のどの層にも彼女が見つからなかったはずだ。”””
朱雀は劉煌をしげしげと眺めると、不思議そうに彼に聞いた。
”””私に彼女の記憶も蘇らせるよう頼まないのか?”””
劉煌は首を横に振り「あなたには十分すぎるほど施しを受けた。これ以上望んだら撥が当たる。それに朕を忘れるというのが彼女の選択なら、それを尊重してあげたい。」と静かに言った。
そう言いながらも、身体は震え、拳を握り、唇を噛みしめ、目から涙が怒涛のように流れている劉煌を、朱雀は不思議なものを見るような目でみつめた。
”””これまた、人間とは思えないほど利他的な人だ。なるほど、君の場合、これが人間としての最後の輪廻転生なのだろう。この生を全うし、神界に昇ったら、そこでまた会おう。”””
それから朱雀は、両羽を大きく広げて、羽の状態をチェックしてから、飛び立つ前にもう一度劉煌をチラッと見ると目をつむってため息をついた。
少しの間をあけてから朱雀は、劉煌に語り掛けた。
”””私には記憶を蘇らせることは何をどうしたってできないが、知恵は授けられる。君が気に入ったので、それを置き土産に授けよう。いいか、起こった事象には、それと対をなす原因が必ずあるものだ。何故君に会うためにわざわざ人間になったのに、君を記憶から消す選択を彼女がしたのか、そのことをよく己で考えてみるといい。そして記憶に関する鍵は、常に感情にある。無くすのも戻すのもだ。幸運を祈る。”””
そう言うや否や、羽を広げてはためかせ、朱雀は垂直に高く高く天に向かって飛び立っていった。
劉煌はしばらく朱雀の姿を見送っていたが、隣にお陸がやって来ると、お陸の気を読み取ってため息をついた。
「お陸さんのことも覚えていないのか。」と彼は語尾を下げて言った。
お陸は珍しく本当に悲しそうな顔をして、「お嬢ちゃんに結びつく人のことは誰も覚えていないようだ。白凛まで忘れているのにはあたしも愕然としたよ。」と申し訳なさそうに言った。
そこへ、李亮と白凛が連れ立って戻ってくると劉煌は二人を見て、彼らに話しかけた。
「新婚早々、とんだ旅行になってしまって申し訳なかったな。」
すると白凛は、何故かとても怒りだすと大声で叫んだ。
「太子兄ちゃんの悪いところを教えてあげる!太子兄ちゃんはいつも他人の事ばかり考えてあげ過ぎなのよ。いつになったら自分を優先するの!」
李亮はしまったという顔をして白凛を後ろから抱きしめて暴れないようにすると、劉煌に向かって「申し訳ない。凛も混乱しているんだ。何しろ張麗さんは凛のこともすっかり忘れていて、酷くショックを受けている。」と申し訳なさそうに言った。
李亮の的外れな回答に更にいらだった白凛は、「私は大丈夫よ!大丈夫じゃないのは太子兄ちゃんよ!!それなのに、なんでいつも一人で大丈夫なふりをするのよ!まるで私たちが側にいても、お前じゃ何の役にもたたないって言われているような感じにしか思えない。五剣士隊なのに、酷いよ。太子兄ちゃんのどうしようもなく悪いところよ!」と泣き叫んだ。
李亮は白凛をドウドウと言って、まるで暴れ馬を落ち着かせるように扱い、劉煌の方を振り返ると彼の見解を東乃国に来て初めて友達モードで伝えた。
「悪いが、確かに凛の言うことも一理ある。もっと俺たちに言えよ。水臭いぞ。言っておくが、最初に俺たちがお前に仕えるって言ったら、お前が友達がいいって言ったんだからな。そして皇帝になっても変わらず、ずっと友達でいて欲しいとお前が言ったんだからな。俺たちを友達って思っているんだったら、皆は一人のためにいることも忘れないでくれ!」
その一言は、劉煌がなんとか保っていた心の中のダムを完全にぶち壊し、劉煌は顔を酷く歪め突然「うわあーーー!!!!!!!!」という大声を出すと、そのまま叫びながら海に向かって一直線に走り、全く減速することなく真冬の海に飛び込んだ。
劉煌のロケット爆発を見た白凛は、すぐに泣き止んで口をぽかんと開けて海の方を見つめた。そんな白凛に李亮は、「ここで待てるな?」と聞くと、あまりのことに茫然自失となった白凛はただうんと頷いた。李亮は「よし。」と言って白凛の頭をポンポンと叩くと、彼女をそこに置いて劉煌の後を追って海に飛び込んだ。
やおらお陸は白凛の隣につくと、真冬の海風が吹く中、海を泳いでいる二人の男を白凛と共に見守った。
李亮は、波を掻き分け泳いで劉煌に追いつくと、すぐに劉煌は海上で李亮に抱きついてむせび泣いた。李亮はそんな劉煌をただただ無言で抱きしめた。そして、どうして神も仏も、この素晴らしい男に、それほどまでに試練を与えるのかと、大親友の人生に降りかかる災難の数々を本当に恨めしく思った。
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