第一章 思惑
架空の国、架空の時代
9歳で叔父の裏切りにより国を追われた西乃国皇太子:劉煌は、亡き父の遺言である蒼石観音の秘密を解き、幼馴染たちの協力のもと22歳で敵を討ち祖国で即位した。
だが、12年想い続けてきた初恋の人:小春は、中ノ国の皇后となり、失恋の痛手から劉煌は祖国復興に邁進する。そんな中巡り合った女医に、劉煌は知らず知らずのうちに心ひかれてしまうが、彼女の正体は東乃国の皇女で、彼と同様国内の乱から逃れてきたことを知る。彼女の姿に過去の自分を見た劉煌は、彼女を安全に祖国に帰すことに成功するが、正式に彼女を西乃国の皇后と迎えるにあたり、思わぬ妨害が入ってしまった。
劉煌に向けられた刃を身を持ってかばった彼女は一度絶命し、フェニックスの叡智で蘇ったものの、何故か劉煌と劉煌にかかわる人たちに関する記憶を無くしてしまい、、、
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
一方、川沿いの道をしばらく無言で歩いていた劉煌と翠蘭は、少し開けた土手を見つけると、そこで少し休憩していくことにした。
二人はお互い少し間を開けて川の方を向いて土手に座り込んだが、しばらくの沈黙の後、劉煌は立ちあがってその場から石を川に向かって投げはじめた。
石はノーバウンドで川まで届くと、そこで沈まずうまい具合にぴょんぴょんと水面を跳ね、川の真ん中辺りで沈んだ。
しばらくして、翠蘭がポツリ呟いた。
「私は何で〇5って思ったのかしら。自分でも全くわからないわ。」
それを聞いて、はあとため息をついた劉煌は、小石を川に向かって投げながら翠蘭に静かに語り始めた。
「君と朕は毎週水曜日司法解剖が終わると、京安の街中に行って一緒に食事をしていたんだ。朕は十数年ぶりに西乃国に戻って、町の様子も知りたくて、、、それで行った店がどこで、料理がどんなだったか、朕が記録をつけていたら、君が簡易的にその記録をつける方法を提案してくれたんだ。5段階評価で一番美味しいのを〇が5つにしていた。それを二人の間では〇5って呼んでいたんだ。」
翠蘭は、妙に納得して「なるほど、それで美味しさのあまりにそれが口からふっと出てきたのね。」と自ら結論づけた。
「でもなんで、他のことは自力で思い出せないのかしら。」
翠蘭はそう呟くとがっくりと肩を落としてしまった。劉煌はそれにはあえて答えず、川に小石を投げ続けていた。
そして今日、翠蘭が記憶の断片を思い出した時のことを考察した。
1回目は翠蘭が酷く怒った時だった。
そして2回目は五感が刺激されて感動した時だった。
そう振り返った時、劉煌は朱雀が授けてくれた知恵を思い出した。
『記憶に関する鍵は、常に感情にある。無くすのも戻すのもだ。』
確かにその通りのことが今日目の前で展開されたが、彼女の記憶に結びつくような感情は、劉煌が逆立ちしようが何しようが彼にはわからない、、、そう、彼女にしかわからないことだ。
劉煌は小石を川に投げるのをやめると、翠蘭の方に顔を向けて尋ねた。
「朕は君に記憶を取り戻してほしいと思っているけど、君はどうなの?思い出したいと思っている?」
翠蘭はこの質問に眉を大きく挙げて面食らってしまった。
”私は記憶を取り戻したいんだろうか?無くしたいから記憶を消したのかもしれないし。私はどうしたいんだろう?”
翠蘭はしばらくジッと考え込んでいたが、頭を横に振ると「わからないわ。どうしたいのか。」と正直に答えた。
劉煌はその答えに心の中で泣いていたが、顔には見せず「うん。」とだけ言うと、立ち上がって、静かに告げた。
「そろそろ都に帰ろう。暗くなると馬も大変だ。」
翠蘭はそれに頷いて、立ち上がろうとすると、劉煌は手を翠蘭の前にスッと出してきた。翠蘭はその手を見て、ちょっと考えてからその手を借りて立ち上がった。翠蘭は「ありがとう。」と言って手を離すと、劉煌は「うん」と言ってすぐ馬にまたがった。翠蘭も馬にまたがり「陛下、都への近道はこちらよ。」と言うと、そのまま真直ぐ川沿いを5分ほど走ってから、橋を渡って行った。
途中道幅の広い所で、思い切って劉煌が翠蘭の横につくと、翠蘭は嫌そうな顔をしないどころか彼にニッコリと笑いかけた。
「陛下は馬の扱いもお上手なのね。」
「そうかい?どうしてそれがわかるの?」
「実はその馬、雷寿丸って言うんだけど、ちょっと、、、個性的なの。凄くプライドが高くて、自分が気に入った人しか絶対乗せないのよ。私以外で雷寿丸に乗れたのは、あなたが初めてよ。」
翠蘭は劉煌を褒めたつもりだった。
しかし、それを聞いた劉煌は喜ぶどころか眉をしかめて口を尖らせた。
「それって、もしかして今朝朕を振り切る気だったのか?」
相手が千年に一人の天才ということも忘れている翠蘭は、苦笑いしながら慌てて弁解した。
「ごめんなさい。私は陛下のことを誤解していたみたい。あまりに記憶がないので、皆が私に嘘を言っているんだと思っていたの。あなたのことは、、、」
そこまで言うと、翠蘭は今度は思いっきり申し訳なさそうな顔をして黙ってしまった。
相変わらず劉煌は眉間にしわを寄せながら、明らかに不愉快そうに彼女に聞いた。
「朕のことは?続きを聞かせて。」
思いっきり大きなため息をついてから翠蘭は、ここでもまた正直に、でも小声で申し訳なさそうに呟いた。
「何か弱みに付け込んで、脅迫してきて、政略結婚を迫っているのかと思ってた。」
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