第一章 思惑
架空の国、架空の時代
9歳で叔父の裏切りにより国を追われた西乃国皇太子:劉煌は、亡き父の遺言である蒼石観音の秘密を解き、幼馴染たちの協力のもと22歳で敵を討ち祖国で即位した。
だが、12年想い続けてきた初恋の人:小春は、中ノ国の皇后となり、失恋の痛手から劉煌は祖国復興に邁進する。そんな中巡り合った女医に、劉煌は知らず知らずのうちに心ひかれてしまうが、彼女の正体は東乃国の皇女で、彼と同様国内の乱から逃れてきたことを知る。彼女の姿に過去の自分を見た劉煌は、彼女を安全に祖国に帰すことに成功するが、正式に彼女を西乃国の皇后と迎えるにあたり、思わぬ妨害が入ってしまった。
劉煌に向けられた刃を身を持ってかばった彼女は一度絶命し、フェニックスの叡智で蘇ったものの、何故か劉煌と劉煌にかかわる人たちに関する記憶を無くしてしまい、、、
登場人物の残忍さを表現するため、残酷な描写があるのでR15としていますが、それ以外は笑いネタありのラブコメ
ボチボチ歩いて30分位したところで、二人は川沿いの茶屋に着いた。
行きは扉が固く閉まっていてよくわからなかったが、今はその茶屋の入口と思われる扉は開きっぱなしで、その代わりにエンジ色の厚手の布暖簾が扉にかかっていた。木造平屋の小屋タイプのその店は、東之国では珍しく無垢の木材の建物で、奥には川に向かって水車が1台あり、水車の水が川に落ちるザーザーという音と木の建造物がこすれるギーギーという独特の音を立てて、水車がクルクルと一定速度で回っていた。
馬を留めて先に劉煌が川沿いの茶店の暖簾をくぐった。
劉煌が奥から出てきた老婆にどんなお品があるのか尋ねると、ここには茶か蕎麦きりしかないと言われた。入ってきた翠蘭のために椅子をひいた劉煌は、老婆にそれらを2人前頼むと、翠蘭を見た老婆が、「お嬢さん、綺麗な福寿草を髪にさしているね。凄くお似合いだよ。」と言いながら、二人の前に御湯呑みを置いた。
劉煌は、さっそく御湯呑みを掴んで出てきたお茶を一口ゴクっと飲んだが、その奇妙な味に眉をしかめた。驚いて「これは何かね。」と御湯呑みを見つめながら聞く劉煌に、翠蘭は微笑むと、「陛下、それはそば茶ですよ。そばの実のお茶です。」と言って御湯呑みを手で隠して飲んだ。
劉煌は「なかなか面白い味だけど、どんなお茶も君が入れたお茶にはかなわないな。」と呟いた。翠蘭はそれを聞いて青ざめると「陛下にお茶を差し上げたことがあるんでしょうか。」と聞いた。
劉煌はそれまでずっとそば茶を見たり、口に含んで味や香りを研究していたが、それをやめて翠蘭を真剣なまなざしで見つめて答えた。
「ああ、何回もある。そのどれもとても美味しかった。心に染み入るようなお茶だった。」
翠蘭がそれにどう反応すべきか思案していると「おまちどうさま。」と言って、先ほどの老婆が『そばきり』なる物を二人の前に置いた。
見たことも聞いたこともない料理に、劉煌は翠蘭に「どうやって食べたらいいのか?」と尋ねると、翠蘭はまずつけ汁の『そばつゆ』について説明し、次に薬味について説明しはじめた。
「この緑色の物がワサビで、これも東之国にしかない薬草です。魚やそばの毒消し、、、」と言ったところで劉煌に目線を向けた翠蘭は、慌てて、「陛下、だめ!」と両手を出したが、既にその翠蘭の制止の前にわさびを少量だがそのまま口に入れてしまった劉煌は、すぐに山中に響き渡るような「ふああああああああああ!」という大きな叫び声をあげて、涙をボロボロ流しながら、顔中の穴という穴全てを全開にして、何度も口呼吸をしながら悶絶し始めた。
劉煌は慌てて、湯飲みを掴むと、茶を一気に飲んだが、それは全く逆効果にしかならず、「ひーひー」言い続けた。
劉煌の絶叫に、奥から先ほどの老婆と前掛けをした老人がすっ飛んで出てきて、ゆでだこのように真っ赤な顔の劉煌と涼しい顔の翠蘭にいったい何事かと尋ねた。
翠蘭は顔色一つ変えず劉煌を手で指し示して「生まれて初めてワサビを食べるのに、そのまま口にいれてしまったんですよ。人の話を最後まで聞かないで好奇心のままに行動するから。」と呆れ声で老婆達に伝えると、今度は劉煌に向かって「ワサビの刺激成分は揮発性で、擦ってから3-5分で無くなるはずだから、そのまま口を開けて待っていればいずれ消えるわ。大丈夫よ。」と涼しい顔で言った。
普通ならこれで安心するところなのだが、ナルシストの劉煌にしてみると、3-5分もの間、涙目で、男前の顔を歪めまくり、口は半開きの、思いっきり呆けた顔の状態を保たなければならない現実は、死の宣告に値するようなもので、「やめへー、ちーお、ひないで(やめて、朕を見ないで。)」と言いながら、首を横に振り続けて袂で顔を隠した。
そんな翠蘭と劉煌を見た老人は笑いながら、「これは、これは。男女逆転カップルだな。」と呟いた。
翠蘭はそれにカチンときて、いたいけな老人に向かって顔を真っ赤にして怒りながら、まだ顔を袂で隠している劉煌を指さして、「私たちカップルじゃないし、あっちはともかく、私は男っぽくありません!」と叫んだ。
その瞬間、翠蘭の脳裏に、小指を立てて、はにかみながらお茶を注いでいる劉煌の姿、給仕の耳を掴んで引っ張りながら鼻の穴を膨らませて怒っている劉煌の姿、慌てて取りなしている自分の姿が次々と浮かんできた。
翠蘭は、突然医師モードになると、これは失ったとされる記憶の断片であると判断した。
そして、周囲が言うように、やはり自分が記憶喪失になっているのだと確信した。
すると、翠蘭の顔は真っ赤から真っ青に変化し、彼女は自分の両手を震わせながらあげると、両手で頭を抱えて苦しそうにした。
それを見ていた老人は、「あれ、お嬢さん、大丈夫かね。」と心配そうに翠蘭の方に腰を屈めた。
その老人の声を聞いた劉煌は、ようやくワサビの揮発成分が全て蒸散したこともあり、元の顔に戻ると、ようやく袂を顔から降ろして向かいに座っている翠蘭を見た。
”また、パニック発作だ。”
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