Vol.1 第一章 9話 夢の祖国
午後21:00
妖精達が寝静まる時刻がやってきた。
大地に落ちた星々がポツリ、ポツリと消えていく。
やがて灯りは完全に消え、夜空を舞う野生の蛍や月光蝶の舞踏会が始まる。
大地の灯りが消えた事で、星々の煌めきが一層増す。
温かく優しい風が樹洞へ入り込み、部屋で寝静まる親子の頬を撫でる。
小さい樹脂の布団に二人肩狭そうに包まりながら、少年はポツリと問いかけた。
「お母さん、今日は何してたの?」
「うーん。今日はね、西側の偉い人と交易だったわ」
ここより西側のモルト大公国と言う国。
母はその貿易を一手に担っていた。
エルフは文明から閉ざされた森で生活する種族。
故に、外の文化に疎く積極的に関わろうとしない。
母の様な異民族は貴重な存在だった。その為、この国の外交官にあたる勤めを果たしている。
「なにをもらったの?」
「新鮮なお野菜と武器かな。それと、こっそり燻製肉も貰っちゃった」
「…おにく?」
「そ!今日のご飯に使ってたソーセージがそれよ」
モルト大公国は熱帯にあたるアルフヘイムと違い、大陸性気候の国だ。大麦やじゃがいもを中心とした農業を行っているが、土地が痩せており作物が育ち易い環境ではない。
その為、雑草などを餌とした畜産業が最も盛んである。
「お母さんはそこで育ったの?」
「ううん。私はね、ここよりも東にあるラシルって国に住んでたの」
「大きい国?」
「うん!世界最大の国よ。広過ぎて私も行った事ない場所沢山あったわ」
母は楽しそうに故郷を語る。
大国ラシル。彼女の育った偉大な祖国の話を。
「まぁ、中つ国の連中に侵略されてもう無いんだけどね…」
「……そう、なんだ」
「あ、ごめんね!ブルーな話しちゃった。気にしないで!気にして…るけど気にして無いわ!」
わざとらしく母は笑う。
どっちだよとツッコミたくなったが、内に留める。
「それに、広くても森林ばっかりだし、クソ寒いし、魔獣はいっぱい居るしで…」
母は場を和ませようと若干の自虐ネタを挟むも、話す度に寂しそうな表情になってゆく。
「面白そう!いいなぁ、僕もそこに生まれたかったなぁ…」
「…そうね。トレスちゃんと暮らせたらどれだけ素敵だったかしら」
「お母さんと二人きりがいいな!森の中に小さな小屋作って、たまに二人で狩りに行って、それでお野菜育ててのんびり暮らすの!」
「あら、二人きりだなんて。トレスちゃん子供なのにおませさんね」
ふふふ、と母は朗らかに笑い表情が明るくなる。
すると母はトレスの身体をゆっくりと抱きしめ、その柔らかい白金の髪を優しく撫でる。
「いつか、きっと連れてってあげるわ。私達の故郷に」
トレスの額に柔らかくしっとりとした感触が伝わる。母が毎日してくれる、お休みのキス。
気付いたらトレスは、母の腕の中でスヤスヤと寝息を立てていた。