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Vol.1 第二章 5話 永遠なる母

一体どれ程の時間が流れただろうか。

1時間、2時間、いやもっとか。


「それで、母は俺にこう言──おい、聞いてるのか?」


目の前には夜でも無いのにぐったりと気怠そうに目を顰める青年。

心なしか、その瞳の下にはクマが出来ている。


「おう、テスラもそう思うで」


(無心、無心やテスラ。アホやったのはワイや、はよ察して引き下がるのを待つんや)


目の前で怪訝そうにこちらを見詰める青年。

はぁ、と溜息をついた彼はようやく手元にあったビールを飲み干し、懐からタバコを取り出す。


「悪かった…少し熱が入り過ぎたよ、ごめん」


金色のケースに入った数本から彼は2本を器用に指に挟み、1本を差し出してきた。


「…やる」


「いらん、内臓が腐るからな」


彼には喫煙者という一面もあり、本来肉体的には吸うべきでは無い。

だが、この国にはエルフに対する法律が大雑把にしか無い為、特段罪には問われなかった。


「酒は飲むのにタバコは吸わないのか。不思議な奴だな」


そう言いトレスは、一本を箱に戻しもう一本をテーブルに先端を出すように設置する。


「やかましいわ、ホレ火付けてやるから」


そう言ってテスラは置かれたタバコを彼に咥えさせ、ポケットからマッチを持ち出し火を付ける。


「…ありがとう」


先端に火が灯り、チリチリと葉が燃え煙が立ち上がる。トレスは左手でタバコを挟み、大きく吸い上げ天井目掛けゆっくりと煙を吐き出した。


「お前だけだ、こうして俺の話に付き合ってくれるのも、こうして”ありのまま”頼れるのもな」


「…口説いてる?」


「くたばれ」


彼は生まれ付き右腕が動かない。

なんでも、感覚がないのではなく肉が固まって動かない様な、何とも言い表せない不快なものなのだとか。


「話変わるけどコレからどうする予定なん?当てはあるんか?」


テスラは最初に切り出そうと思っていた話題を持ちかける。

教会を破門された以上、彼はこれまで通り民に説教することも、その”祈り”の力を行使する事も許されない。


「傭兵か、フリーの魔族狩りだな。秘密警察から勧誘あったが、性に合わなくて断ったばかりだし」


秘密警察。要するに”特務”の事だ。

汚れ仕事であるが故に常に人員不足の彼らだが、彼らの勧誘が示すもの。それは、体よく身内を処分する左遷である事が多い。

恐らく教会内での立ち振る舞いや、彼の民衆からの人気が目障りだったのだろう。


「今サラッと、とんでもない事言ったね。一応聞くけど、何の仕事なん?」


「異端尋問者。神樹教徒は腐る程いるが、他宗教に関しては疎い者ばかりだ。俺は今まで色んな宗教に触れて来たから連中の目に留まったんだろ」


「天職やん!だって、ほらトレス君が本当に信仰しとるのは──」


「黙れ、軽々しく俺の神について触れるな」


彼が神樹教会に居ながらも、まるで信仰心がなかった理由。他宗教への抵抗意識がなかった理由。

それは、彼が崇める”唯一絶対神”の為だ。


「母の教えは──」


他者を決して否定するな。

否定する物を否定しろ。

どれだけ歪んだ思想であれ、他者に害を為さなければ外野が口を出す権利はない。


「だったね」


「フフ、なんだちゃんと聞いてるじゃないか」


この世に生を受けて百と数十年、耳が腐り落ちる程に聞かされ、不本意にも暗記してしまった彼の宗教にして力の根源。


永遠なる母


彼が崇める、彼だけに許された絶対神だった。

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