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Vol.1 第二章 4話 テスラ・ステラスカイ

モルトの玄関

ビットブルガー区のやや寂れた住宅が集まる商店街だ。店には酒や穀物の他にも、新鮮な果実や野菜が並んでいる。

大公国の最西端にあるこの地域は、二つある国境警備隊の区画を除けば最初に商人が通る街の一つだ。

その為、外国の新鮮な輸入品が溢れており、田舎に分類される地域の中ではかなり栄えていた。

更に造酒産業が栄えてからは、この地を目当てに交易を行いにくる者も少なく無い。

寂れた家屋とは裏腹に、この地域の住民は活気と希望に溢れていた。



モルトの玄関のやや外れにある廃屋。

元々は養豚場であり、ボロボロの柵と床に散らばる餌の残骸が当時の名残として残っている。

壁はツギハギで風がヒューヒューと隙間から差し込み、今にも崩落しそうな頼りない住居。


その廃屋の奥に、ボロボロの小さなテーブルを挟み二つの丸太に座る二人の青年が談笑していた。

机上には気持ち程度に注がれたビールとソーセージが置いてあり、お互いまるで手をつけていない。


片方は白金色の髪の毛に黒い修道服。

そして、もう一方──


「なんやトレス君も前科持ちになったんかいな」


「一緒にするな、”破門”だ」


「同じ事やろ?ワイは嬉しいわ、やっと親友が同じ場所に来てくれたみたいやね」


人懐っこく笑う優しげな青年。

テスラ・ステラスカイ

トレスがかつて聖職者の卵だった時期にであった少年だ。

見た目は17〜20歳程度。鷹のように鋭く吊り上がった金色の瞳。

透明感のある水色の毛髪は晴天を照らし返す湖のようだ。

だらし無く着こなした白いシャツと黄土色のズボン。まるで浮浪者のような服装だが、不思議と清潔感があり、胸の開けたシャツは妖艶な色気を放っていた。

そして最大の特徴、尖った耳。

トレスのそれとは違い、彼の半分程度だ。

彼の種族ハーフエルフの特徴である。


「ほんで、計画はどうなったんや?」


「失敗だ。と言うか、お前はいい加減”密造”なんかやめて大人しく就職しろ」


「アホか!あんな搾りカスみたいな賃金で生活できる訳ないやろ!」


「だったら、まず娼館通いをやめろ腐れチ⚪︎ポ野郎」


彼の職業は、酒の密造。

父が元々造酒職人だった為、彼にも親から受け継いだ技術があった。

だが、技術はあっても資源がないし財源もない。

彼が辿り着いた結論は、闇ルートで手に入れた穀物による密造だった。


「もぉ薄情なんやから。オカンを救う為の必要経費やて。ワイって物凄く可哀想な男の子だと思うけど」


「こんな穢れた奴が息子なんて、お前のお母さんの方が可哀想だよ。真面目に捜索依頼出せばいいだろ」


「娼婦の捜索依頼なんか出せるかアホ!第一オカンにそんな羞恥プレイさせるなんて息子のやる事やないわ!」


彼は、とある街のエルフの娼婦と客の間に生まれた子供らしい。

母は息子を産んで、生活面や経済的な劣悪さから赤子の時に父親に押し付けたのだと言う。

だが、当の父親が想像を絶する毒親だった。

まず事業に失敗し、娼館やギャンブルにのめり込んでいた。その不貞の結果がテスラだ。

そんな彼に幼い息子を養える筈もなかった。

だが、父はテスラの母に深く惚れ込んでいた。

彼女を救い出す為、息子を連れ一発逆転を狙ってこの地へ来た。

だが、既にこの地の市場を独占していた企業に敗北。

父親はやがて息子に当たるようになり、酒に溺れて死んだ。

そして、今に至る。

彼の唯一の希望

それは、皮肉にも父の意思を受け継ぎ、自身を産んだ母を探し出す事。

そして、彼女を買い親子で暮らす事だった。

トレスは汚れた仕事を嫌ってはいたが、彼を見捨てる事が出来なかった。


「…確かにそうだな。悪かったよ」


「おう、ならええ。でも成功しとったらどエラい儲けになったやろうに…残念やな。教会に渡った金をトレス君が回収して、ワイは酒の儲けでウハウハ大作戦が…」


「バカ、そんな恥ずかしいマネ出来るか。その資金は本来の用途に、身寄りの無い孤児に使うんだよ」


「クソ真面目やなぁ。ええやん、ワイだって実質孤児や。波瀾万丈の人生の荒波を生き抜いたワイを見習って欲しいもんやね」


「お前見習ったらこの区画丸々ギャングシティだぞ?小規模だから見落とされてるだけで、保安警察にバレたらどうなるか…。最悪”特務”が出て来れば一貫の終わりだぞ」


特務。

神樹教会が抱える保安部隊。

中でも通称、黒い外套(ブラックコート)と呼ばれる部隊が出て来れば最悪だ。

基本的な業務は諜報活動や反体制勢力の粛清、神樹の騎士団が進んだ荒野の取り零しを処理する謂わば汚れ役だ。

しかし、その真の恐ろしさは隊員達の残虐性にある。

相手が悪人である事を免罪符に強姦や略奪なども平気で行う。

そして、あくまで法の執行者である事から裁く存在が居なかった。


「ひえ…連中だけは確かに勘弁やね…腐敗してガバガバ部隊なのがせめてもの救いや」


「分かったら今度こそ小悪党みたいな事しないで就職するんだな」


テスラはムスッとヘソを曲げ、自ら作ったビールを勢いよく飲み干す。

そして彼は、酔とどうしようもない鬱憤から絶対に出してはいけない話題を口にしてしまった。


「ええよな…お前は。あんな美人の母ちゃんが家で待っててくれるんやから」


雷にでも打たれたように、トレスの表情がピタッと止まる。


「…母さん、あぁ母さんか」


(あ、しもた。アホかワイは!!)


通常であれば、両親を失った孤児のドス黒い妬みと捉えられるだろう。


“通称であれば”


「フフ全くだ。母はいつも太陽の様な笑顔で出迎えてくれる。少し前にお前が作った酒を持って帰ったらとても喜んでくれてな。酒の勢いで抱きついてしまったが母は嫌がることも無く優しく俺を嗜めてくれた。世界一の母だ。だが心配だ。母は優しすぎる。変な男に引っ掛けられないかと思うと胸が締め付けられる。この間も臭いドワーフに言い寄られていたからあの腐れ親父に優しく制裁を加えてやったんだが母は自分の心配よりも相手の心配をしていた。あんな腐れ肉にも慈悲を与えるなど聖母かと思った。いや聖母そのもの女神だ。神樹の教えなど母の教えに比べれば便所のクソ以下の戯言だ。言うなれば母こそが俺の人生であり世界の法なの──」


テスラは、最大級の罵声を持って自信を責め立てる。

そして、深く、深く後悔する。


(水を得た魚、いやサメや!!コイツ、マザコンという名の狂信者兼犯罪者予備軍やったぁ!!!)

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