Vol.1 第二章 3話 知らない方が良い
「く…クビ!?トレス様が!?」
ブラウンは幼少期から碌に使ってこなかった喉を全力で震わせる。
「あぁ、もう神樹教会で説教することは出来ない」
「どうして…」
思い当たる欠点が何もない。
親がまだ健在だった頃から彼はいる。
決して人を傷つけない、聖人という名がそのまま人の形をしているような方だ。
確かに、亜人や魔族の襲撃に際しては冷酷とも受け取れる残忍さを見せることはあった。
だが、それはこの街を守る為。
何より、誰よりも彼は優しかった。
他の神父はとてもじゃないが信用出来ない。
話半分でしか人の話を聞かず、返答も皆一様にテンプレ化されたものだ。
挙げ句の果てに、告解の内容を身内で酒のつまみにしているのだという。
彼が居なくなれば、この地の教会などただの金銭泥棒の集まりだ。
「実は前々から言われててね。”お前は親身になり過ぎて時間を無駄にしているだの、教えなくとも良い宗教を勝手に教えるな”だのって。難しいものだ、教会もあくまで人の組織なんだと痛感したよ」
「…そんなの、ぜっ──」
「時に、”テスラ”はどうしてるかな?」
何かを察したのか、彼はブラウンの発言を遮る。
「週初めにお酒を納品して以来ですね」
テスラ。この区域では珍しいハーフエルフの青年だ。
歳はトレスとほぼ同じで、彼とは幼馴染らしい。
二人がどうやって知り合ったのか、なぜ彼の事を聞いてくるのか、知りたいことは山程あるが今は胸の内に仕舞い込む。
「そうか、後で謝らなくちゃな…」
「何か約束事でも?」
「こっちの話さ。男の野暮用なんて碌なもんじゃ無い。”知らない方がいいよ?”」
そう朗らかに彼は告げる。
「そうですね…貴方が言うなら、そうなのでしょうね」
知らない方がいい。
そう言われるのは2回目だ。彼女の喉にいつまでもつかえる棘。
彼の出生理由を聞いてしまった時。
身勝手な好奇心によって、彼を大きく傷つけてしまったトラウマが彼女の興味を押し殺させた。
「ありがとう。じゃあこれで」
そう言って彼は扉をゆっくりと開け、店を去ろうとした。
「あの!」
「何だい?」
彼がふと振り返る。
「…また、来てくださいね!!」
「あぁ、必ず」




