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Vol.1 第二章 1話 トレスちゃん 破門

モルト大公国 ビットブルガー

この国の最も西側に位置する小さな村だ。

豊かな緑色の木々に囲まれた街並みは素朴そのもの。

街全体を小山が囲むような地形となっており、中心街は美しく舗装された石畳で覆われている。

また、街の入り口に設けられた城壁は見事なもでブロック一つ一つが均一な大きさで統一されており一切の綻びがない。

自然と文明が一体化した街並みだが、一際目立つのは教会だ。

美しい小麦色の石畳と淡い紺色の屋根、そして天井に掲げられた巨大な木の像はこの街のシンボルの一つでもある。



「トレス貴様、いったい何度言えば分かるんじゃ!?」


モルト大公国、ビッドブルガー区

神樹教会の司祭ラーデベルガーは激怒していた。


「ここはあくまで神樹教会の教えを説く場所じゃ!何故に貴様は信者にクロウ教など下卑たカルト宗教を広めとるんじゃ!?説明せい!!」


ベルガー司祭の視線の先に居るのは、頬まで掛かった美しい白金髪の少年。

しかし、見たものを惑わす妖艶な顔立ちと尖った長い耳が人間とは異なる種族であることを証明する。


「教えて欲しい、と言われたから教えたまでですが?」


トレスは視線を斜め上に流し、右目を閉じながら気怠そうに回答する。

整った漆黒の装束に金色の刺繍。背丈は150センチ後半程度。

未だ成長途中と見られるその出立ちは、見た目の幼さに反し堂々とした歴戦の戦士を彷彿とさせる。


「ええか?教会は民の信仰による寄付金で事業を回すんじゃ。主のお陰でこの20年教会の権威は失墜するばかり、どう責任を取るつもりじゃ!?」


「ビールの製造を拡大しましょう。また、経営難の個人事業主には利益の20%の献上を条件に我ら教会の後ろ盾を」


トレスは淡々と改善案を提案する。

右手をポケットに突っ込みながら語る姿は生意気そのものだが、司祭はそれを咎めはしない。

人の不自由を責め立てるほど落ちぶれてはいない。


「ビールなら我らも作っておるじゃろう。それに、平民が作った酒には安全性に難がある。それは、認められん」


教会の財源には寄付金の他に、教会独自で製造するビールから得るものがある。

施設の管理や孤児の支援には、どうしても寄付金だけでは賄えきれない。

その点、ビールを教会で販売するのは非常に効果的だった。

最初は無料で民に配り、それをダシに教えを説く。

聖職者と言えども常に清廉潔白である訳ではない。

弱者を救済する為には、少々の意地汚さも持ち合わせなければいけなかった。


「安全なだけです。平民の作るビールは教会が出すものより遥かに安価で手も出しやすい。当然質の低い物もありますが、既に一部の企業は造酒産業で莫大な利益を上げています」


「何が言いたいのじゃ?」


「今までは、文字の読めない哀れな民から財産を巻き上げて何とか維持していましたが、造酒産業の活発化により民の懐は大いに潤っている。生活に困窮が無ければ、態々神に救いを乞う必要もないんですよ」


その時、司祭の顔が憤怒に歪んだ。


「ええい、この恩知らずめが!得体の知れぬ親子二人、一体誰が引き取りここまで育てて来たと思っとるんじゃ!貴様が今、こうしてこの場に立っていられるのは誰のおかげだと思うとる!?」


「ええ、感謝しています。本当に、ね」


トレスは瞳を閉じ、深々と一礼をする。


「…はぁ、分かれば良い。少し言葉に気を付けなさい」


「ですが、不思議ですね。読み書きを教えてくれたのも、食べ物を与えてくれたのも、住居を与えてくれたのも、全て母でした。血の滲むような労働を対価にしてね」


「…何じゃと?」


一人思い出に耽る少年を、前に再び司祭の顔が歪む。

場にピリピリとした空気が漂い、互いの意思が空中で火花を散らす。


「ここに来た時、民は貴方たち神樹教会の教えに従う者ばかりだった。何故、教会以外のどの人間も文字が読めず、満足に食事をする事もでき──」


「黙れ!!」


爆発した。

先程までの空気が一瞬にして凍りつき、沈黙が場を支配する。


「もう良い、貴様は破門じゃ。金輪際教会の敷居は跨がせん。ええな?」


「…承知しました」


トレスは踵を返し、ゆっくりと部屋を後にする。

扉を前にした彼はふと振り返り、優しく笑った。


「今まで、本当にお世話になりました」

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