Vol.1 第一章 1話 トレスちゃん 目覚める
朝だ。
また、この時が来てしまった。
物心ついた時から、僕にとって眠りから覚め朝を迎えることが、人生でもっとも嫌なこととなっていた。
「おはようございます、トレス様。」
使用人の女性だ。
朝起きて、目を開けた瞬間にメイドが自分に挨拶をする。
それが、僕の1日が始まる合図だった。
「うん…...おはよう…..」
いつも通りの返事を返す。
辛い、イヤだ、逃げたい。
お願いだから、今日はお休みくださいって言って欲しい。
「はい早速ですがお父上、”王”がお呼びです」
その思いは、無常にも打ち砕かれる。
理解していた。
今の自分には必要な事だ。
言いたく無い、返事なんかしたく無い。
承諾の言葉が喉に詰まり、ムカムカと尋常では無い不快感に襲われる。
「わかった」
まるで、吐瀉物を吐き出した様な感覚だ。
一瞬だけ気が楽になる。
しかし、待って居るのは
ここから先にある永遠にも思える一日。
「じゃあ支度するね。服だけ置いてちょうだい?後は自分でやるからさ….」
「承知しました。では、ここにお薬を。いつも通り3錠、食後に必ずお飲みください」
「….うん」
使用人が懐からいつもの薬を3錠出す。
手足の痺れを軽減する薬。
精神を落ち着かせる薬。
そして、痛み止めだ。
「では、こちらに朝食を。決して残す事の無いように」
少々棘のある言い方だ。
使用人の目は冷たい。まるで感情のないガラスのような視線。
彼女だけでは無い。この、アルフヘイムの樹洞
ここに住まうエルフ達からは、一様に同じ蔑視の視線を浴びせられていた。
「….うん」
そそくさと、使用人はその場を後にし、少しばかりの静寂が訪れる。
この時間が、今の自分にとってもっとも心休まる時と言っても過言ではない。
「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!」
心に秘める胸の内。
肩を震わせそれを、虚空に全て吐き出す。
怖い、辛い、寒い、キツい、寂しい。
「はぁ….もう、やだな」
そんなことをぼやきつつ、片手で差し出された食事に手を付ける。
そっと右下に目線を落とす。そこには、力無く垂れ下がる左腕と比べ不自然な程にか細い腕。
この足手纏いさえ無ければ、父に、母に、みんなに認められる存在になれたのに。