第四話 陰陽師は産まれる
一方、多重結界の張られた家屋では若い女のうめき声が響いた。
外が死の修羅場だとすれば中は生の修羅場。
今まさに新しい時代を作る者が産まれようとしていた。
「あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!」
「もう少しですからね」
妊婦は痛みのあまり獣のように唸り声をあげ出産に挑んでいた。
それを助産師が声をかけ慰めている。
現代、産場へ夫が立ち入り寄り添うことも普通だが、今回そこに旦那や親族の姿はない。
別に情や愛がないわけではない。
呪術師の家系は少なくない頻度で禍津日の襲撃を受け、酷いものだと族滅した家系も存在する。
このため家族をその場より遠ざけることを選択していた。
『血脈と相伝の術を守る』ことこそ生きる意味だと信じているが故の行動だった。
「オンギャァァァァアアアアアアアアアアア!!」
「奥さま! お生まれになりました!」
「誰か電話でご連絡差し上げてください!」
「性別は!?」
「わ、わかりません! いいから手伝って……」
「早くぬるま湯を!!!」
「拭き物が足りないわ!」
ふむ。どうやら俺は転生したようだ。
それにしても今の俺は生前よりも呪力に溢れている。
これが冥王の言う加護というやつなのだろうか?
五感が鈍いものの、だからこそと言うべきか濃い陰の気をひしひしと感じる。そこそこ強い気もある……
この数の禍津日が集まるとは百鬼夜行だな……五行を用いた連環の術で防御・増幅を基礎にして、不動明王、摩利支天、鬼子母神などの神格由来の術で隠形をかけ、三重に八陣結界を敷いている……か。
ふむ、万全の防御と言っても差し支えないだろう。
日本で『百鬼夜行』、ヨーロッパでは『ワイルドハント』、
国際標準語で『スタンピード』と呼ばれるこの現象は、一個体に率いられた統制だったものと、その本能により参集し発生するものの二パターンが存在する。
通常、これだけ綿密に隠形と結界を張れば統制型は起こりえないのだが、俺の力が強すぎたため参集型の中にいた強者が統制をとった複合型となったようだ。
つまり将討ち取れば被害は軽く済む。 ふむ余裕だな。
そんなことを考えていると女に抱きかかえられた。
母は力強く抱きしめるとまるで懺悔でもするように泣き始めた。
それに釣られるように周りの人も泣き始めた。
「この子は日本を、いいえ、いずれ世界を背負う【適合者】になってくれるでしょう。
今日この子直毘人を守った人たちのためにも……」
「ええ、きっと……お坊ちゃんは偉大な術者になるでしょう」
ええ……今の陰陽師ってこの程度で危機なの?
と言うか今世の陰陽師って『阿天不多?』って言うのか……
幸い持ち越した『力』もあるし、一発やっちゃいますか!
あれ?制御ができない! ヤバいヤバい!
BOOONN !!
呪力込め過ぎた……俺は意識を手放した。
………
……
…
薄れゆく意識の中で男の声が聞こえた。
「全員無事です、生きてます!」
「治癒符の使用を許可する。全員死なせるな!」
「了解」
警護に当たった男女二十四名の【適合者】は、一人の死者も出さず千を超える禍津日を撃退して見せた。
雲間の間から顔を覗かせた満月に向かって、どこからともなく紫煙がもくもくと立ち昇った。
疲れからか地面に仰向けに倒れた彼らの瞳には涙が浮かび、満月を滲ませ声を上げて泣いていた。
実際には声を上げて泣くほどの体力は残っていなかったかもしれない。
それは新たな命への喜びか、偶然に助けられた天運への感謝か……それは本人たちのみぞ知ることだ。
この防衛戦は千余りの禍津日を、たった二十四名で撃退した戦いとして有名になった。
術者達は『二十四人の奇跡』としてマスコミに掻き立てられ、一躍時の人となるのだった。
ホントは護衛部隊はほぼ全員殺すつもりだったんですけど暗くなりすぎるので止めました。
直前に見たマブラブオルタネイティブの第一話が悪いんや……