第三話 陰陽師は加護を受ける
人が死ぬとどうなるのか?
これは人にとっての永遠の命題である。
仏教では生前の業により六つの世界を行き来するとされている。
短期留学生として唐国で学んだ者の記録によれば、三夷教とされ弾圧を受けたキリスト教では、人は死後天国か地獄へ行くと言うが……
低い声が冥府に響く。
『陰陽師よ。共に四道将軍大毘古命と、その子建沼河別命を祖とする安倍の末にて、妖狐葛葉がひ孫、安倍朝臣四郎春秋よ。
帝への忠義、並びに幼子の身代わりとなる心意気、真に天晴である!。天位の清明と、我と同じ王 泰山王の嘆願もあるが……』
神仏が放つ膨大な気を孕む言の葉に只々平伏し、従う。
魂となった俺はその圧だけで飛ばされそうなる。
『安寧の世への転生だが、そんな世はない。
ただ今回の心意気、その働きに報い我が加護を与える。
己を律し行を修めよ! さすれば神仏の一柱への道もあり!
懸命に励むがよい!』
「は、ははあー!」
あらんかぎりの謝意を込めて、返事をする。
冥王の言葉を最後まで聞き届けると、俺は意識を手放した。
………
……
…
古式ゆかしい武家屋敷を守るように配備された【適合者】の一団の頭上に満月が姿をみせる。
当初恥ずかしそうに薄雲を纏ったそれは血のように赤かった。
西洋占星術由来の言葉でスーパームーンと呼ばれ、この世のものではない魔の物の陰気を増幅させる。
【適合者】達は怖気を感じ、ぶるりと体が震えた。
精神をも汚す不気味な咆哮を上げ、百鬼夜行を形成する魔物――禍津日、その数千余り。
そんな一団が、屋敷を正に今襲おうとしていた。
対する【適合者】は二十四人。
なんとも心許ない数である。
高い魔力を持つ子の誕生時にその無防備な魔力に引かれ、小規模な襲撃が起こる事は別に珍しくない。
いつもなら数人でも多い程度のお手軽な任務なのだ。
慢性的な人材不足の【適合者】にとって事実上の休暇と言えるものであったはずが、今回は違った。
命の危機を感じさせる修羅場と化していた。
「尊勝陀羅尼を書き込んだ注連縄を虎テープ見てぇに張り巡らせたってのに、『百鬼夜行』を形成するなんておかしいんじゃねぇのか!?」
ヤンキー風の男は自らの置かれた絶体絶命の状況にテンションが上がっているのか、キャンキャンと吠える。
『今昔物語集』や『江談抄』、『付喪神絵巻』『大鏡』と言った概ね1100年頃の記録では、陀羅尼を唱えたり護符で難を逃れたという。
すると若い女がヤンキー風の男を窘めた。
「母体、それも魔力を持つ母子なんて、奴らにとって絶好の獲物なのは常識でしょ?」
「――にしても多すぎんだろ、これ!」
「確かにね。普通これだけすれば大丈夫なんだけど……」
不動明王、摩利支天、鬼子母神などの破魔・対魔、母子安全のご利益がある神仏の加護、その全てを試してこれだ。
幾ら名門の子とはいえ、集まる禍津日が多すぎる。
「どうだ?」
「隊長! まずいっスね……」
「最後は【百鬼夜行避け】で時間を稼ぐしかなさそうだな……」
【百鬼夜行避け】とは、若かりし頃の安倍晴明とその師匠である賀茂忠行が百鬼夜行を退けた術とされている。歴史と実績のある術だ。
如何にも苦労人な隊長がおもむろに煙草に火を付けた。
別に不謹慎ってわけではない。
米大陸シャーマン仕様の悪霊払いグッズの方だ。
ただ哀愁漂うおっさんの姿が実にサマになってるだけである。
「まずは結界を起動する!受肉している奴らは面倒だ!」
「五行結界の上から三重に八陣結界を展開する。配置に付け!」
彼らは母屋を取り囲むように立つと無垢の木の鞘を取り出し、鞘から払い、短刀を地面に勢いよく振り下ろした。
「「「「「「「「急急如律令」」」」」」」」
刹那。
刀身が青白い閃光を発し、オーロラのような光のベールが床から浮かび上がると八枚の板が三重に形成され、中心にいる母屋を取り囲んだ。
「霊的防御は十二分……あとはあの禍津日どもを蹴散らすだけだ。本部への応援要請は!?」
「応援は呼んでいます!
……が陸路にしろ空路にしろ時間がかかるそうです」
「だ、そうだ……」
「軽く言ってくれますね……」
「雑兵ばかりとは言え千を超える百鬼夜行ですよ?」
「剣の宗家のご子息のためだ、致し方あるまい」
禍津日どもの目的は霊力の高い人間を食らい自らの位階を高めることと、肉体を持たぬ者は肉体を手に入れ受肉することにある。
成人や成獣でも問題はないのだが、若い個体の方が力がなじむとされている。
それは人間でも同じで、魔に落ちるのは若い人間が多い。
「ま、未来の平和のため、いっちょ頑張りますか……」
隊長と呼ばれた男は煙草を地面に捨て、靴底の裏でグリグリと踏みつけた。