第二十四話 転生陰陽師は牛鬼を祓う
◇十二年後
それはスマホのアラームが鳴るのと同時だった。
行政の防災無線が禍津日の顕現を報せ、けたたましいアラートを鳴らし無線で避難を訴える。
スマホをスライドさせ電話に応じた。
『こちら武蔵野司令局です。現在近隣で禍津日の顕現が卜占で判明しました。
穢度は推定6.0妖気から判断するに恐らく水属性の獣型です。吉田直毘人・特級魔術師。出動願えますか?』
若い女性管制官の声は、少しだけ上ずっていた。
経験が浅いからか、特級と言う存在に緊張しているのか、はたまた穢度6なんて言う大災害に怯えているのか、否その全てだろう。
現在の魔術では『卜占』や『星読み』などと呼ばれる占いは、禍津日の予報に用いられている。
通常漠然とした予言しか残さず読み手に委ねる部分が多いこれらの方法を複数回、行うことで予報の精度をあげている。
「穢度が6.0なら大禍津日級か……日本の東京の結界はどうなっている……」
『直ぐに他の適合者を向かわせ――』
俺はその言葉を遮った。
「俺一人で問題ない」
『ですが……』
「大禍津日には一人で対処します。穢度が6.0なら大禍津日に当てられた雑魚が来るとおもうから、それの対処に人を回してくれ、それと霊脈の使用を申請する」
『……承知しました。神田明神――大己貴命の巫女が承認します。ご武運を……』
東京の守護神である三神の一柱である大己貴命の巫女が霊脈の使用を許可を告げた。
伝統的に禍津日管制室は、土地の守護神の神威を借りることで高い感知能力と即時対処を可能としている。
そして個人的に因縁がある神物も祭られているので複雑ではあるが……
背後には『魔法陣』を背景に、『鳥居の絵図』と神田神社を表す『流れ三つ巴』が現れ、少し遅れて判を押したように『承認』と言う文字が現れた。
魔法陣を確認すると、即座にステップを踏んで『禹歩』を発動させると霊脈に潜って高速で移動する。
ザッ!
霊脈が乱れていたせいで、『禹歩』から外に出る時に姿勢を崩し変なポーズを取ってしまう。
思わず眉を顰めたくなるほどに瘴気が漂っている。
「霊脈乱れまくってるな……チっ! しかも現場は電波干渉されてて通信は使えないか……」
周囲への被害を和らげる結界すら真面に張れていないのは問題だ。
「千年前は気にしなくても良かったのに……めんどくさいなぁ~」
パンパンと柏手を打って結界を形成する。
「これでよし……」
すると大声が聞こえた。
「牛鬼だ! 牛鬼が出たぞ!!」
声のする方を見ると牛のような顔をした多足のバケモノが、アスファルトを割り走ってくる。
牛鬼とは牛の頭部に鬼の身体を持った怪物、あるいは牛の頭部に蜘蛛の身体を持った怪物とされるものの。伝承によって様々なバリエーションを持つほど幅の広い禍津日だ。
大きさは3,4メートルと言った所か……
「脚を止めるぞ!」
例え結界内でも頻繁に禍津日が発生する東京では、禍津日を修祓する光景はそう珍しいものではない。
俺の連絡前に現場に急行していた適合者達は、民間人の避難を優先し足止めに徹してた。
「「「臨兵闘者皆陣列前行。木行符よ。悪鬼羅刹を絡め取れ! 急急如律令!」」」
『臨兵闘者皆陣列前行』に代表される【九字】は魔力を持つ言葉だ。
意味は『臨む兵、闘う者、皆、陣列べて前を行く』となる。
『武家』系の魔術師は、陰陽師が用いる『急急如律令』と同じようにこれを使い。
またそれを【摩利支天の法】と呼び区別する。
地面が揺れ太いツタが出現すると、牛鬼の手足を絡めとる。
木気を用いた術を使い。あくまでも足止めに専念してくれているようだ。
不動明王金縛りではなく、木気の術を使い足りない魔力を補っているのは高評価に値する。
呪文から察するに彼らは『武家』系の魔術を使う。
総じて魔力量が少ない傾向にある『武家』系にとって、拘束術でもあれだけの規模となれば魔力の少ない彼らには荷が重い。
「オンアクウン!」
大独股印を結び、真言を唱え術を発動させる。
先ほどよりも早い速度――まるで瞬間移動のような高速で移動して牛鬼の眼前に移動する。
本来ならば対応する印を結ばなければ、発動しない術だが俺レベルになると省略できる。
「大威徳明王の真言、それを使いこなすなんてあの少年は一体……」
「石は流れ木の葉は沈む、牛は嘶き馬は吼える――――」
口づさみながら鞘から抜き放った剣を下段に構える。
すると、木気によって生じたツタから逃げ出さんと藻掻いていた牛鬼が少し大人しくなった。
「鬼が大人しくなった? 言霊の類? でもあの言葉には特に何の意味もないハズ………それなのにどうして………」
勉強不足だな……柊の葉と鰯の頭を鬼が嫌うように、概ね伝承と同じ弱点を禍津日は有している。
牛鬼の場合がコレなだけだ。
適合者は困惑したように呟いた。
古都と呼ばれる場所は伝統的に水と縁が深く水気の禍津日が沸きやすい。
そして『牛鬼』は俺の時代からいるメジャーな大禍津日だ。
「アレは下段……土行の構え! 土剋水で弱点を突いて修祓を狙っているのか!!」
お、感のいい奴がいるようだ……
呪符を取り出し術を発動させる。
妖怪変化の類はその本質を見定められる事に弱い。
今回唱えているのは、いづれも伝承の中で牛気除けとして語られるモノだ。
「しかしそれでは……相乗効果を生み出せない……」
「臨兵闘者皆陣列前行。
木行符よ、貝の音を鳴らし鬨の声を上げよ 南無八幡大菩薩 急急如律令!」
刹那、どこからともなく法螺貝の音が周囲に鳴り響く。
古くから貝の音には破邪の効果があるとされており、また愛媛県の大洲市に伝わる伝承ではホラ貝の音と真言で怯んだとされる。効果は絶大だ。
「水生木で木気を重ね高め比和された!?」
「しかし相手は水気の禍津日……木気で水気弱めることはできても、代表的な攻撃魔術は火気が多く効果は薄い……」
「そうか! 木生火から火生土に繋げて土剋水で一気にダメージを与えるつもりだ!!」
「なるほど……木生火急急如律令」
ツタに炎が迸りやがて業火に変わる。
準備が整った。
「臨兵闘者皆陣列前行。五行の断りをもって火生土・五行連環。土剋水急急如律令!」
下段から斬り上げ牛鬼の体を断ち切る。
そういうと拘束に使っていた木気の術を解いた。
刹那。
鬼は前足を振りかぶる。
短い祈りの言葉を唱え剣を逆袈裟に振るい穂先のように鋭い右前足を斬り飛ばした。
返す刀で袈裟斬りを放ち十二年前までは触れなければ発動できなかった斬撃を飛ばす。
「南無八幡大菩薩天呪・『皓刃銀』!! 飛刃」
斬撃は牛鬼の右足を全て切り落とす。
「天呪! 天呪だと!?」
「そういえば噂で聞いたことがある……最年少で特級魔術師となった神童がいると……」
「知っているのか!」
「終わりだ!」
幾千もの不可視の刃が体内から牛鬼を攻撃し殺傷した。
残心をとき愛刀を鞘に修め結界を解除する。
「ああ彼は吉田家の御曹司、吉田直毘人。羅刹の如き強さを持つ。人呼んで『疾風迅雷』最年少の『使徒』候補です!」
「強力な天呪にあれだけの魔力と知識……世界最強の『使徒』候補というのも納得できる……」
禍津日は塵となって消えた。
霊脈の使用シーンは、川上稔先生の著書『境界線上のホライゾン』第一期のOPのイントロ部分がイメージとして近いです。




