第二十一話 転生陰陽師は基礎魔術を習う
俺は特訓を始めた。
家によっては魔力に目覚める前や、七五三前から特訓を開始するようだが、吉田家は目覚めてから行うようだ。
と言ってもいきなり魔術は使わせず、物体に魔力を込める『魔力付与』は何度か低くいため、呪符を書かされている。
「呪符とは魔術の基礎であり奥義である。
呪符は道教に起源があり最古の呪符は後漢の時代、西暦122年と記録されている。
道教は我が吉田家に伝わる呪禁道につながるんだぞ?
儒教、道教、仏教が日本に伝来し、日本の魔術史は花開くことになる。日本だと600年頃の大阪市桑津遺跡に実物がある。まあ道教が成立する以前の原始文明の頃の壁画などに紀元が求められるだろうがな……」
奈良時代初期の書物である『備後国風土記』に、「蘇民将来子孫也」と言う七文字を記すことで疫病を免れると記録があるなんて話を思い出した。
日本だとおおむね600年頃に呪符は成立したのか……近い時代を生きたから知っていることは多いが、世界と比較した魔術史はこの時代でなければ知ることさえできなかっただろう。凄くワクワクする。
「わくわく……」
「説明を続けるぞ? 《《呪符は》》呪文を書き付けたもので、《《さまざまな文字や絵図を用いた魔術の増幅装置》》だ。
仏教では『大随陀羅尼経』の教えに由来し神道でも同じようなものがあるが、これも道教に由来すると言われている。しかし、日本のスタンダードはこれらを混ぜた陰陽道だ」
おおむね説明は正しい。しかし、子供向けの説明であるがゆえに大ごとなことを説明し忘れている。
《《術式を刻むことで呪詞や印相を省略できる使い捨て増幅器》》という注釈が。
「……」
「今から呪符を書くから見ていなさい。」
父が手本を見せてくれる。
座椅子に座ると、机の上に置いた呪符に文字を記していく……筆運びは丁寧で、書きなれていることが伝わってくる。
魔力を目に集めて注視してみると、丹田で作られた魔力が筆、墨を通じて呪符に付与されていくのをハッキリと感じ取れた。
呪符の作成は重労働である。
突き詰めると、日程や時間、素材で差ができる。
簡単なモノでも神事であるため、冷水で身を清め、心を込めて一筆、一筆書き記す必要がある。
そのため、一流の適合者が作成した呪符は現代でも大変高価なようだ。
「こうして呪符は出来上がる。さあ、やってみろ……」
赤い和紙に赤い墨で文字を書く。前世では書類仕事や呪符を作るのが主な仕事だったから慣れている。数年ぶりだが、体は覚えているようで……スラスラと筆が動いた。潔斎を行い、鎮宅霊符神(玄天上帝や妙見菩薩、天之御中主神)への祈願や供え物をしていないので効果は落ちるが、子供が書いた呪符としては破格の出来栄えだった。
「……」
父は俺が作成し終わった呪符を見ると、口をあんぐりと開け、ぼうぜんとしていた。
……やりすぎた。
文字や絵図が所々つぶれたりしているものの、呪符としての効果はしっかりとある。子供の短い指や手の割には会心の出来栄えだと思う。
呪符への魔力の移動は、体内から体外へ魔力を移すことになる。つまり、魔力を知覚し、自らの意思で移動させることで次に繋げる基礎修行になる。
「魔力付与はしっかりできてる……一発で成功させるなんて天才か? これなら二段階目の『充術』に移れるな」
それは名前が変わってないんだ……。
『充術』とは魔力が全身に流れる通路である経絡を使い、魔力を全身に行き渡らせることで、死にそうな病人でも常人のように動くことができる基礎技術だ。
しかし、三つの丹田と全身を行き交う経路に魔力を十分に流すようにできるのは、そこそこの難易度だ。
手本を見せられたので苦戦するフリをしながら『充術』を行う。
「……全身に魔力が行き渡っている……次は『纏術』だ!」
そして『充術』で行き渡らせた魔力を爆発させ、攻防力が上がった状態にする『纏術』までが基礎技術となり、合わせて『充纏術』と言う。
術式を使うのに比べ燃費が良く、魔力の少ない術者や武士から好まれていた。
吉田家は呪禁道の系譜とはいえ、ここ数百年は武士として生きてきたのだ。『充纏術』を重要視していることは十二分に考えられる。
「――これもできるのか……」
父は呆れたように呟いた。
通常数年かけて学ぶ術を数分足らずで習得したように見えればそりゃあ呆れもするだろう。
しかしここまでは魔力を物質に付与している範疇であり、対外へ放出し安定化させることで本当の魔術となる。
無論俺は前世で習得済みなので問題ない。
魔力の玉を手のひらの上に生成する。
基礎の呪弾――この時代に合わせるのなら魔弾になるのだろうか? 一度やってみよう。
「魔力弾まで……天才を超えた存在だ。魔力量、放出量、操作精度、早熟度合いどれをとっても不世出の天才だ!」
父よ。次男が産まれた時に可哀そうだから、それぐらいにしてあげて欲しい。




